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第六章 お飾りの王太子妃、未知の地へ

251 新しい朝

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 レオンが日課の訓練をするために甲板に出ると、アドラーが剣を振っていた。
 雲が晴れ、月が見えるようになり辺りを明るく照らす。
 そんな中、一心不乱に剣を振るアドラーはとても美しくも恐ろしくもあった。

 剣の風音が遠くまで聞こえる。
 アドラーは表情を消しひたすら見えない敵を見据えていた。
 その切羽詰まった様子に普段なら稽古中には絶対に声をかけないレオンだが、つい声をかけてしまった。

「側近、お前がこの時間に稽古をしているのは珍しいな、いつも早朝に副団長と稽古しているだろう?」

 アドラーは、手を止めてレオンを見ながら答えた。

「明日の朝ももちろんします」

 レオンはアドラーに近づきながら言った。

「明日も? さっきのクローディアたちの会話、クローディアが王太子に別れたいと言ったのではないのか?」

 アドラーが目を大きく開けながら尋ねた。

「……聞いていたのですか? 気配を感じませんでした」

「聞いてはいない。例え聞こえたとしても言葉がわからない。見ていただけだ。俺は目がいいからな」

 レオンの言葉にアドラーはさらに驚いた。

「聞いていない? ……ではどうして、クローディア様が別れを告げたと思うのですか?」

 レオンが切なそうに言った。

「以前、クローディアに迫って断れた時の顔と同じ表情をしていた……それにその後の王太子の絶望した顔を見れば一目瞭然だ。だが、指導係もつらそうな顔をしていた。クローディアは誰かを選んだわけではないのだろう?」

 アドラーが納得したように言った。

「なるほど……表情でそこまで……そうですね。クローディア様は殿下に対してと告げてはいらっしゃいましたが、誰か特定の人物の名前を口にしたわけではありません」

 レオンは、口角を上げながら「やっぱり」と言った。
 そして上機嫌にアドラーを見ながら言った。

「それならなぜ、お前はそれほど焦っている?」

 アドラーが剣を握りしめたまま震えるように言った。

「……クローディア様には、国内に敵がいる様子……」

 レオンはアドラーをじっと見ていた。アドラーはさらにつらそうに顔を歪めながら言った。

「私は元図書館司書です……歴史に関しては詳しいと思っていました。しかし……これまで知識が現実に活かせていなかった……知ったつもりで結局、私はクローディア様を危険にさらしていたのです」

 レオンがアドラーを見ながら声を上げた。

「待て、側近。話が見えない。どういうことだ?」

 アドラーはレオンを見据えながら言った。

「……クローディア様はイドレ国に狙われるだけではなく、ハイマとダラパイス国の……歴史からも狙われているのです」

 レオンが眉を寄せた。

「歴史から狙われるか……決まり事というのは時や人が変わるにつれて……歪むこともある。正直、あの閉鎖的なハイマが、ダラパイス国王家の血の入った娘を王家に迎え入れるのは兄上も驚いていた。それに多くの国に囲まれ、これまで中立を保って来たダラパイス国王家が王族をハイマに嫁がせただけではなく、その孫をハイマの王家に嫁がせた。これにより完全に力の均衡が破れたと危惧していた。だから私は、ダラパイスとハイマ訪問したいうのもある」

 アドラーは真剣な顔をしながら言った。

「私はクローディア様を絶対に死なせたくない。……あの方の背負った運命は……――過酷です」

「歴史のシワ寄せがあの王太子とクローディアに集中しているわけか……まるで生贄のようだな」

 レオンの言葉にアドラーがつらそうに眉を寄せた。

「生贄……そんなことは……許さない……絶対に」

 レオンは震えるアドラーの肩に片手を置いて言った。

「焦るなよ、側近のお前が焦ったらクローディアを危険にさらす」

 顔を上げたアドラーを見ながらレオンが楽しそうに言った。

「皮肉だがイドレ国という敵のいるおかげで、これまであの二人だけが抱えていた歴史の闇を、今は多くの国の多くの人間が共に支えることができる。そして、お前ができることはたった一つだ。……最後までクローディアを裏切らない。それだけだろ?」

 レオンの言葉に、アドラーも口元を緩めた。

「そうですね、それについては問題ありません」

 レオンがアドラーの肩から手を離すと、近くにあった木刀を持ちながら言った。

「眠れないのだろう? 俺と手わせするか?」

 アドラーは剣を鞘に収めると、いつもの隙のない微笑みを浮かべ頷いた。

「ぜひ」

 そしてアドラーはレオンから木刀を受け取ったのだった。 







 次の朝、私はリリアに手伝ってもらって朝の支度を済ませた。
 そして食堂に向かおうとしているとノックの音が聞こえた。
 リリアが「確認いたします」と言って扉を開けると、「兄と……フィルガルド殿下がお越しです」と言った。

「え? 殿下が? すぐにお通しして」

 私が返事をするとすぐにアドラーと、共にフィルガルド殿下が入って来た。

「おはようございます、クローディア様」

 まずアドラーがあいさつをしたので、「おはよう、アドラー」と言うと、今度はフィルガルド殿下が口を開いた。

「おはようございます。昨日、寒い中連れ出してしまったので、どうしても心配で……」

 私はフィルガルド殿下を真っすぐに見つめなら言った。

「おはようございます、フィルガルド殿下。ご心配頂きありがとうございます。体調に問題はありません」

 フィルガルド殿下は心底ほっとしたような顔をすると柔らかく微笑んだ。

「ではご一緒に食事に行きませんか?」

「ええ……ぜひ」

 私はフィルガルド殿下と一緒に食事に向かうことにした。
 不思議だった。
 これまであいさつはしていたはずなのに、なぜかこれまでよりもしっかりとフィルガルド殿下の存在を感じることが出来た。

「クローディア様、おはようございます!! 朝一番に、クローディア様にあいさつが出来るなんて幸せです」

 廊下に出た途端、溢れる笑顔のレガードがあいさつをしてくれた。

「ふふふ、おはよう、レガード」

 レガードにあいさつをすると、見張りの兵の二人もあいさつをしてくれた。

「クローディア様、おはようございます!」
「おはようございます」

 こうして私の一日が始まった。
 いつもと同じ朝なはずなのに、いつもと違うように思えたのだった。









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次回更新は10月24日(木)です☆





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