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第六章 お飾りの王太子妃、未知の地へ

245 客人(2)

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 私は廊下で隣を歩くブラッドを見上げながら思った。

 ――ブラッドって、やっぱり大きいのね。

 ブラッドの上着は私が着るとまるでワンピースを着ているようになる。しかも袖は長くてとても手が出ない。
 そして気づいた。

 これって、まさか彼シャツならぬ、彼ジャケでは!? もしくは彼服!!
 
 男性に服を借りるというのは恋愛イベントの定番中の定番だ。
 私はブラッドの顔を覗き込んだ。
 表情に特に変化はない。

「……なんだ?」

 ブラッドは私を不審そうな目で見ながら言った。
 この目付き……とても、恋愛イベントが発生している雰囲気ではない。

「いえ、私がブラッドの服を着ているのを見てどう思うのか気になったの」

 折角、憧れのイベントに遭遇したのだ。
 できればブラッドの感想を聞きたいと思ったのだ。するとブラッドが少し考えた後に言った。

「歩きにくくないか?」

 うん、まぁ、そうだよね。現実はそんなものよね……私、何を期待したのかな……?
 むしろここは『汚さないようにしろ』など言われなくてよかったと思うべきかもしれない。
 
 ブラッドの反応が通常通りだっため私は小さく息を吐いた。

 まぁ、上着はあたたかいしそれが目的だしそれ以外なんて……ブラッドに限って、ないよね……
 私は力なく笑って見せた。

「大丈夫よ。とてもあたたかいわ、ありがとうブラッド。でもやっぱり、ブラッドって大きいのね……こうしてみると実感するわ」

 私が全く手が出ない袖を持ち上げなががら言うと、ブラッドが無表情に言った。

「大きいか……それを言うのなら、あなたの存在だって私にとっては大きい。あなたのことはどこにいても目に入るし、私の頭の中にはいつもあなたがいるように思う。私の上着の中にそんなにすっぽりと収まってしまうのが不思議な気分だ」
「……――え?」

 私は思わずブラッドを見つめた。
 するとブラッドと目が合ってブラッドが口角を上げながら言った。

「私があなたを隠してしまえば、他からは見えないのだな……隠すと言えば……――」

 そしてブラッドが私を見ながら言った。

「ガルドには実践で教えたのだろ? 私にも教えてくれないか?」

「え? 何を?」

 ブラッドの教えてほしいということが本気でわからない。
 それよりもなんだかブラッドがいつもより距離が近い気がする。

「……――壁ドン」

「か、か、壁……ガルドったらそんなことまでブラッドに報告するの!?」

 思わず恥ずかしくて顔に熱が集まり、大きな声を上げると、アドラーも首を傾けた。

「壁ドンとは何でしょうか? 何かあった時にクローディア様を隠せる技ですか? ぜひ私にもご教授ください」

 さらにリリアまで目を大きく開けながら言った。

「あのガルド様にクローディア様がお教えした技、ぜひ私も知りたいです!」

 ああ……リリア絶対、なんらかの剣術とか武術とかの技だって勘違いしてる。
 どちらかというと、戦闘関係じゃなくて恋愛関係なんだけど……

 私は息を吐きながら言った。

「え~と、じゃあ、アドラーで実践するわ。アドラー、そこの壁に両手をついてくれない?」

「はい」

 アドラーは素早く壁に両手を着いた。
 
「じゃあ、入るわね」

 私は少しだけ頭を下げてアドラーの腕の中によいしょと入った。

「これが、壁ドンです」

 やっぱり近い!! アドラーの綺麗な顔が近くで恥ずかしくなる。

「……これが壁ドン。なるほど自分の背中や腕でクローディア様を隠すように庇うのですね……咄嗟の攻撃などに有効かと思います」

 リリアが真面目に分析していた。
 だがアドラーは真顔で私を見つめていた。

「アドラー?」

 名前を呼ぶとはっとしたように私から離れた。そして顔を真っ赤にしながら言った。

「クローディア様、教えて頂いてありがとうございます。これは……有事の際に使うことにします」

 ブラッドは私を見て眉を寄せながら言った。

「なぜアドラーで実践するのだ?」

 ブラッドの問いかけに答えてくれたのはアドラーだった。

「それは私がクローディア様の側近だからです。それにこれをブラッド様に実践するのはいささか危険かと……」

 ブラッドとアドラーは無言で見つめ合うと、ブラッドが私を見ながら言った。

「私は二人の時に実践することにする……行くぞ」

「は?」
「え?」
「な!?」

 私だけではなく、リリアやアドラーもブラッドの発言に驚いていた。
 私たちは驚きながらもスタスタと歩き始めたブラッドを追って食堂に向かったのだった。





 その後、私たちは食堂に入った。
 食堂はとても暖かくて、ほっとした。

「クローディア様、まだ上着は必要ですか?」

 食堂に入った途端、アドラーがすぐに声をかけてくれた。もしかして、アドラーも私が大きな上着を着て転ばないか、心配していたのかもしれない。

「あ、もういいわ」

 アドラーの声で、私は上着を脱ぐとブラッドに渡した。

「ありがとう、ブラッド」

 ブラッドは私から受け取った上着を再び羽織った。
 するとアドラーが真剣な顔で言った。

「クローディア様、次からは甲板に出られる時は、必ず予備の上着を持参するように致します」

 普段はそうでもないが、今日のように風が出て来ると寒く感じる。
 だが、アドラーもそこまで責任を感じることもないのに……

「いつもありがとう、アドラー」

 それから、私たちは椅子に座ってみんなを待っていた。
 
 その後、少し遅れてフィルガルド殿下とレガードが入って来た。
 フィルガルド殿下は、私の隣に座ると真剣な顔で私を見ていた。
 だが、殿下は何か言いたげなのに、話しかけられることはなかったのだった。



 フィルガルド殿下たちの入ってきたすぐ後に、ガルドとアリスも食堂に戻って来た。
 ガルドたちから水賊のアジトが囮だと聞いて、フィルガルド殿下が眉を寄せた。

「船でただ立ち寄っただけでこれだけ……スカーピリナ国は随分と荒れているのだな……」

 そう言われて気づいた。
 確かにただ立ち寄っただけの港町でさえ、これほど荒れているのだ。
 他の場所だって危険はあるだろう。
 私はブラッドを見ながら言った。

「やはり、ここまでスカーピリナ国内が荒れているのは、ゼノビアのせいなのかな?」

 ブラッドは眉間にシワを寄せながら言った。

「彼女一人でここまで国を荒れさせたというのは、無理があるように思う。彼女はこの荒廃具合を何らかの目的で利用した……と私は思っているが……」

「利用した……」

 私も思わずブラッドの言葉を呟いていた。
 確かにゼノビア一人でというのは考え難い。でも、利用というなら納得だ。
 
 でもゼノビアの目的って何……?

 私がゼノビアのことを考えていると、ノックの音が聞こえて視線をドアに向けた。



「クローディア!!」

 その後扉が大きく開いて、レオンが入って来た。

「おかえりなさい、レオン」

 私がレオンに声をかけるとレオンが私を見ながら言った。

「賊の首領を捕まえた。お前に会わせたいと思っているのだが……ここに連れて来てもいいか?」

 ブラッドが眉を寄せながら言った。

「首領をここへ? なぜクローディア殿に会わせる必要がある?」

 ブラッドの言葉に、レオンは困ったように言った。

「俺も少し話をしたのだが……どうやら連中は俺たちが持ち得てない情報を持っているように思う。それに……ハイマの王太子や、指導係じゃなく、クローディアが話をした方がいいと思ったのだ」

 レオンの言葉に、ブラッドがフィルガルド殿下を見ながら言った。

「私は、皆の立ち合いの元なら会わせてもいいように思う。どうだ?」

 フィルガルド殿下は私を見た後に言った。

「クローディアは? いかがですか?」

「私は会いたいと思います」

 フィルガルド殿下はブラッドに「許可します」と答えた。
 レオンは「連れて来る」と言って食堂を出て行った。

 そして今度はレオンとすれ違うようにラウルが入って来た。

「クローディア様、賊を一箇所に集めています。ガルド殿の連れて来た者が『なんでも話をするが恐らく首領が乗り込んでくるので、その人と話をした後に自分たちに尋問をしてほしい』と言っています。レオン殿の連れて帰った……少年……いえ……首領だと連れて来られた方との話を望んでおりますが、いかがいたしましょう?」

 私はブラッドとフィルガルド殿下を見て頷いた後に言った。

「ええ。実はレオンからも『会ってほしい』と言われたの。これからその方に会うわ。ラウルも同席してくれる?」

「はっ!!」

 ラウルが返事をして、皆で首領を待ったのだった。




――――――――――――――――







次回更新は10月10日(木)です☆






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