239 / 259
第六章 お飾りの王太子妃、未知の地へ
245 客人(2)
しおりを挟む私は廊下で隣を歩くブラッドを見上げながら思った。
――ブラッドって、やっぱり大きいのね。
ブラッドの上着は私が着るとまるでワンピースを着ているようになる。しかも袖は長くてとても手が出ない。
そして気づいた。
これって、まさか彼シャツならぬ、彼ジャケでは!? もしくは彼服!!
男性に服を借りるというのは恋愛イベントの定番中の定番だ。
私はブラッドの顔を覗き込んだ。
表情に特に変化はない。
「……なんだ?」
ブラッドは私を不審そうな目で見ながら言った。
この目付き……とても、恋愛イベントが発生している雰囲気ではない。
「いえ、私がブラッドの服を着ているのを見てどう思うのか気になったの」
折角、憧れのイベントに遭遇したのだ。
できればブラッドの感想を聞きたいと思ったのだ。するとブラッドが少し考えた後に言った。
「歩きにくくないか?」
うん、まぁ、そうだよね。現実はそんなものよね……私、何を期待したのかな……?
むしろここは『汚さないようにしろ』など言われなくてよかったと思うべきかもしれない。
ブラッドの反応が通常通りだっため私は小さく息を吐いた。
まぁ、上着はあたたかいしそれが目的だしそれ以外なんて……ブラッドに限って、ないよね……
私は力なく笑って見せた。
「大丈夫よ。とてもあたたかいわ、ありがとうブラッド。でもやっぱり、ブラッドって大きいのね……こうしてみると実感するわ」
私が全く手が出ない袖を持ち上げなががら言うと、ブラッドが無表情に言った。
「大きいか……それを言うのなら、あなたの存在だって私にとっては大きい。あなたのことはどこにいても目に入るし、私の頭の中にはいつもあなたがいるように思う。私の上着の中にそんなにすっぽりと収まってしまうのが不思議な気分だ」
「……――え?」
私は思わずブラッドを見つめた。
するとブラッドと目が合ってブラッドが口角を上げながら言った。
「私があなたを隠してしまえば、他からは見えないのだな……隠すと言えば……――」
そしてブラッドが私を見ながら言った。
「ガルドには実践で教えたのだろ? 私にも教えてくれないか?」
「え? 何を?」
ブラッドの教えてほしいということが本気でわからない。
それよりもなんだかブラッドがいつもより距離が近い気がする。
「……――壁ドン」
「か、か、壁……ガルドったらそんなことまでブラッドに報告するの!?」
思わず恥ずかしくて顔に熱が集まり、大きな声を上げると、アドラーも首を傾けた。
「壁ドンとは何でしょうか? 何かあった時にクローディア様を隠せる技ですか? ぜひ私にもご教授ください」
さらにリリアまで目を大きく開けながら言った。
「あのガルド様にクローディア様がお教えした技、ぜひ私も知りたいです!」
ああ……リリア絶対、なんらかの剣術とか武術とかの技だって勘違いしてる。
どちらかというと、戦闘関係じゃなくて恋愛関係なんだけど……
私は息を吐きながら言った。
「え~と、じゃあ、アドラーで実践するわ。アドラー、そこの壁に両手をついてくれない?」
「はい」
アドラーは素早く壁に両手を着いた。
「じゃあ、入るわね」
私は少しだけ頭を下げてアドラーの腕の中によいしょと入った。
「これが、壁ドンです」
やっぱり近い!! アドラーの綺麗な顔が近くで恥ずかしくなる。
「……これが壁ドン。なるほど自分の背中や腕でクローディア様を隠すように庇うのですね……咄嗟の攻撃などに有効かと思います」
リリアが真面目に分析していた。
だがアドラーは真顔で私を見つめていた。
「アドラー?」
名前を呼ぶとはっとしたように私から離れた。そして顔を真っ赤にしながら言った。
「クローディア様、教えて頂いてありがとうございます。これは……有事の際に使うことにします」
ブラッドは私を見て眉を寄せながら言った。
「なぜアドラーで実践するのだ?」
ブラッドの問いかけに答えてくれたのはアドラーだった。
「それは私がクローディア様の側近だからです。それにこれをブラッド様に実践するのはいささか危険かと……」
ブラッドとアドラーは無言で見つめ合うと、ブラッドが私を見ながら言った。
「私は二人の時に実践することにする……行くぞ」
「は?」
「え?」
「な!?」
私だけではなく、リリアやアドラーもブラッドの発言に驚いていた。
私たちは驚きながらもスタスタと歩き始めたブラッドを追って食堂に向かったのだった。
◇
その後、私たちは食堂に入った。
食堂はとても暖かくて、ほっとした。
「クローディア様、まだ上着は必要ですか?」
食堂に入った途端、アドラーがすぐに声をかけてくれた。もしかして、アドラーも私が大きな上着を着て転ばないか、心配していたのかもしれない。
「あ、もういいわ」
アドラーの声で、私は上着を脱ぐとブラッドに渡した。
「ありがとう、ブラッド」
ブラッドは私から受け取った上着を再び羽織った。
するとアドラーが真剣な顔で言った。
「クローディア様、次からは甲板に出られる時は、必ず予備の上着を持参するように致します」
普段はそうでもないが、今日のように風が出て来ると寒く感じる。
だが、アドラーもそこまで責任を感じることもないのに……
「いつもありがとう、アドラー」
それから、私たちは椅子に座ってみんなを待っていた。
その後、少し遅れてフィルガルド殿下とレガードが入って来た。
フィルガルド殿下は、私の隣に座ると真剣な顔で私を見ていた。
だが、殿下は何か言いたげなのに、話しかけられることはなかったのだった。
フィルガルド殿下たちの入ってきたすぐ後に、ガルドとアリスも食堂に戻って来た。
ガルドたちから水賊のアジトが囮だと聞いて、フィルガルド殿下が眉を寄せた。
「船でただ立ち寄っただけでこれだけ……スカーピリナ国は随分と荒れているのだな……」
そう言われて気づいた。
確かにただ立ち寄っただけの港町でさえ、これほど荒れているのだ。
他の場所だって危険はあるだろう。
私はブラッドを見ながら言った。
「やはり、ここまでスカーピリナ国内が荒れているのは、ゼノビアのせいなのかな?」
ブラッドは眉間にシワを寄せながら言った。
「彼女一人でここまで国を荒れさせたというのは、無理があるように思う。彼女はこの荒廃具合を何らかの目的で利用した……と私は思っているが……」
「利用した……」
私も思わずブラッドの言葉を呟いていた。
確かにゼノビア一人でというのは考え難い。でも、利用というなら納得だ。
でもゼノビアの目的って何……?
私がゼノビアのことを考えていると、ノックの音が聞こえて視線をドアに向けた。
「クローディア!!」
その後扉が大きく開いて、レオンが入って来た。
「おかえりなさい、レオン」
私がレオンに声をかけるとレオンが私を見ながら言った。
「賊の首領を捕まえた。お前に会わせたいと思っているのだが……ここに連れて来てもいいか?」
ブラッドが眉を寄せながら言った。
「首領をここへ? なぜクローディア殿に会わせる必要がある?」
ブラッドの言葉に、レオンは困ったように言った。
「俺も少し話をしたのだが……どうやら連中は俺たちが持ち得てない情報を持っているように思う。それに……ハイマの王太子や、指導係じゃなく、クローディアが話をした方がいいと思ったのだ」
レオンの言葉に、ブラッドがフィルガルド殿下を見ながら言った。
「私は、皆の立ち合いの元なら会わせてもいいように思う。どうだ?」
フィルガルド殿下は私を見た後に言った。
「クローディアは? いかがですか?」
「私は会いたいと思います」
フィルガルド殿下はブラッドに「許可します」と答えた。
レオンは「連れて来る」と言って食堂を出て行った。
そして今度はレオンとすれ違うようにラウルが入って来た。
「クローディア様、賊を一箇所に集めています。ガルド殿の連れて来た者が『なんでも話をするが恐らく首領が乗り込んでくるので、その人と話をした後に自分たちに尋問をしてほしい』と言っています。レオン殿の連れて帰った……少年……いえ……首領だと連れて来られた方との話を望んでおりますが、いかがいたしましょう?」
私はブラッドとフィルガルド殿下を見て頷いた後に言った。
「ええ。実はレオンからも『会ってほしい』と言われたの。これからその方に会うわ。ラウルも同席してくれる?」
「はっ!!」
ラウルが返事をして、皆で首領を待ったのだった。
――――――――――――――――
次回更新は10月10日(木)です☆
1,525
お気に入りに追加
9,282
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?
氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!
気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、
「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。
しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。
なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。
そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります!
✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。