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第六章 お飾りの王太子妃、未知の地へ

243 甲板にて

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 見張りの兵から全てが完了したとの連絡が入り心底ほっとした。

「クローディア!!」

 肩の力を抜いた途端に、フィルガルド殿下にきつく抱きしめられた。
 少し苦しいほどきつく抱きしめられて密着したフィルガルドの体温が、私に彼の無事を伝えてくれてほっとした。もしかしたら、殿下も私と同じように無事を確認しているのかもしれないと思えた。
 殿下の背中を心配いらないと撫でた時、船の中を走る大きな足音と共に大きな声が聞こえた。

「クローディア様、フィルガルド殿下、ご無事ですか!!」

 声のした方を見ると、レガードが立っていた。
 レガードは近づいて来ると、私たちに「どこか具合でも悪いのですか?」と尋ねた。
 私が「いいえ。どこも悪くはないし、ケガもないわ」と答えると「そうですか」と言って、フィルガルド殿下を私から引きはがして、私とフィルガルド殿の間に入った。

「殿下、報告いたします。賊は全て捕えました」

 フィルガルド殿下はどこか不機嫌そうに「知っています」と答えた。そしてジトリとレガードを見ながら「その報告はもう少し待てなかったのですか?」と尋ねた。
 レガードは私を見ながら「クローディア様が、物理的に苦しそうだったので」と答えた。
 フィルガルド殿下はムッとしながら「加減しています」と言った。

 なんだかいいコンビだな~~

 これまでフィルガルド殿下はいつ会っても隙がなかった。微笑んでいたがまるでこの顔は張り付けられた仮面のようだった。だが、レガードといる時のフィルガルドは様々な表情を見せてくれる。

 それがとても自然な表情で思わず笑みがこぼれた。
  私がほのぼのとした気持ちで二人を見ていると、今度はリリアが現れた。

「クローディア様、ただいま戻りました。無事に賊を捕らえました」

 私は「ありがとう」というと、リリアが近づいて来て、さらにわたしとフィルガルド殿下の距離を作った。
 レガートとリリアは互いに顔を見合わせると、頷いていた。
 よくわからないが、二人は意思の疎通が出来ているようだった。
 その後リリアは私を見て、申し訳なさそうに言った。

「クローディア様、どうしても数本の矢を防げなくて、申し訳ございませんでした。ですが、水の滝のおかげで火が広がらず助かりました」

 私はリリアを見ながら言った。

「そんな……リリアこそ、アドラーと一緒に後方の兵を全て担当したのでしょう? 弓兵がいたと聞いたわ。ケガはない?」

 リリアはにっこりと微笑みながら答えたくれた。

「はい。何も問題はありませんでした」
「そう、よかった」

 私たちが笑い合っていると、ロウエル元公爵とロニが近づいて来た。

「本当にあなたの策は奇想天外だ!」

 褒められたのかしら?

 疑問に思っていたが、ロウエル元公爵の顔はとても明るい。きっと悪い意味ではないのだろう。
 
「……ありがとうございます」

 私は褒められていると解釈してお礼を言った。
 私たちが集まって話をしているとロニが声をかけた。

「クローディア様、こちらは片付けも終わりました。ブラッド様とアドラー殿もそろそろ戻られると思います。ラウル副団長は現在兵を一箇所に集めているようですので、戻りが遅くなるようです」

 私はロニを見ながら言った。

「そうなのね。報告ありがとう」

 報告を受けて甲板の入り口を見ると、ブラッドの顔が見えた。

「ブラッド!!」

 私が声を上げて足を向けると、誰かに手を取られた。

「え?」

 気が付くと私はフィルガルド殿下に手を握られていた。
 フィルガルド殿下は私の手を取ったまま、「私もブラッドから報告を聞きますのでご一緒します」と言った。
 何も手を握らなくてもいいとは思うが、一緒に聞くということに反対はしない。

「では……ご一緒に……」
 
 殿下と話をしている間に、ブラッドが近づいて来て私は咄嗟にフィルガルド殿下の手をほどいていた。
 ブラッドは、私とフィルガルド殿下のすぐ側まで来ると無表情に言った。

「クローディア殿。賊は退けた……あなたのおかげだ」
「みんなのおかげよ」

 私が返事をすると、少し遅れてアドラーも甲板に入って来た。
 アドラーは急ぎ足で近づき、私を見ながら言った。

「クローディア様、ただいま戻りました。素晴らしい策でしたね。もうひとつご報告があります。甲板入り口で、船大工から『これから損傷個所の修繕に入る』との連絡を受けました」

 どうやら乗船している船大工が矢が合った場所を修繕してくれるようだ。

「わかったわ、報告ありがとう」

 みんなの顔を確認してようやく一息つくと、風を冷たく感じて身体を震わせた。

「冷えて来たな」

 ブラッドの声と同時に肩にあたたかさを感じた。
 気が付くと、ブラッドが上着を脱いで私の肩にかけてくれていた。

「一度食堂に戻るぞ」

「ええ」

 私は、ブラッドの大きい上着と匂いに覆われて体温が急激に上がった。
 そして私はブラッドやアドラー、リリアやロウエル元公爵やロニと共に食堂に向かったのだった。






 フィルガルドは、歩いて行くクローディアとブラッドの後を追えずに立ち尽くしていた。
 ふと、クローディアに振りほどかれた手を見つめた。

 手だけでなく胸までじくじくと鈍い痛みを感じる。

(なんだ……この痛みは……)

 そして先程、クローディアがブラッドの上着を身に着けた時に見せた頬を染め、嬉しそうに微笑む顔を思い出すとその痛みは急激に悪化する。

「なぜ……私の手は振りほどくのに……ブラッドの上着は受け入れるのだ……」

 レガードは眉を寄せながら言った。

「何を言っているのですか? 当然ではないですか。殿下は、先ほどブラッド様たちとお話しようとするクローディア様の邪魔をしました。ですが、ブラッド様は身体は冷えることを心配して上着を差し出したのです。全く真逆の対応だったからではありませんか?」

 フィルガルドはレガードではなく、クローディアに振りほどかれた手を見ながら言った。

「私は邪魔をして、ブラッドは助けた……と言いたいのか?」
「はい。その通りです」

 レガードはあっさりと答えた後に言った。

「もう少し殿下は、クローディア様をしっかりとご覧になってはいかがですか? なんだか、殿下はクローディア様を見ているようで、見ていないように思えます」

 フィルガルドは今度はレガードを見ながら言った。

「どういう意味だ?」

 レガードは「ん~~」と悩んだ後に顔を上げた。

「そう、例えば私の経験で恐縮ですが、小さな頃を知っている方にお会いすると、『大きくなったわね、小さい頃は身体が弱くて心配していたのに……』と言われて、不思議な気分になります。その方は私を見ているようで、過去の私に出会っているのではないかと……それが悪いというわけではありませんが……殿下にとってクローディア様が過去の人ではないのなら、過去ではなく、今のクローディア様をしっかりと見る必要があると思います」

 フィルガルドはレガードを見た。
 世界を真っすぐに見ているこの男らしい答えだと思い、フィルガルドは少し笑った。

「なんとなく……言いたいことはわかった。だが……過去を含めての彼女だ。すぐには難しい……忠告は感謝する」

 レガードも少しだけ笑いながら言った。

「では我々も食堂へ行きましょう」

「ああ」

 こうして、フィルガルドも食堂へ向かったのだった。









――――――――――――――――





次回更新は10月5日(土)です☆



☆お礼☆
『ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します』
をお買い上げ頂きました皆様、誠にありがとうございます!!
皆様から、本のご購入のご報告を頂き、
感無量です!!
サイン本をお届けする機会がなく、
こちらで失礼いたします。
たぬきち25番のサインです……







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