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第六章 お飾りの王太子妃、未知の地へ
239 防衛戦線(3)【戦闘シーン ブラッド】
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本日は戦闘シーンというよりブラッドの独白シーンがあります。
剣を抜きますので苦手な方は、もうしばらくお待ち下さい。
ただ……珍しくブラッドが内面を見せています。
普段見せない彼の内面を知って頂けるかと思いますので、前半と後半はお読み頂けますと幸いです。
※戦闘シーンですが、生々しい残忍描写はありません。
――――――――――――――――
ブラッドは指示を出した後に、じっと前を見据えていた。
――誰一人として、この船には近づけさせない。
これまでブラッドはずっとクローディアの側を離れなかった。
だがそれは私情は一切挟まず、ただ王太子妃であるクローディアを守るためだった。
何かあった時に自分を盾にしてでも彼女を守ろうと思っていた。
そして、今、彼女の元を離れたのは純粋にクローディアの側にフィルガルドがいたからだ。
ずっとフィガルドと共にガルドの元で剣を学んだブラッドは彼の実力が誰よりもわかっていた。
もしかしたら、フィガルドはラウルと同格か、もしくは上かもしれない。
それほどの腕を持つフィガルドが側にいれば、クローディアの側に自分は必要ないと思った。
フィルガルドが彼女の側にいるのならば――自分は船の外に出て、敵の侵入を防ぐ方が効率がいい……そう思って動いた。
だが……
クローディアに今にも不安で泣き出しそうな顔で名前を呼ばれた時は……心が揺れた。
――彼女の側に居たい、誰にも隣を渡したくないと……そう思った。
(彼女のことになると……本当に……冷静でいられないな……)
ブラッドが自嘲気味に思った時、前面に賊が姿を現した。
「来たか……」
ブラッドは剣を鞘から抜いた。そして賊を迎え打つ構えを取った。
賊は数人で迷いなく斬りかかった。
それをブラッドは一太刀で、同時に斬りかかってきた人数を棟打ちで相手を地面に倒した。
稲妻のような速さと威力。
通常、威力と速さが同時に存在することはない。重い剣の速度は落ちる。だが、ブラッドの剣は速さを殺さずに威力も相当なものだ。
それにも拘わらず周囲は……風も起こさずに凪いでいる。
静と動が同時に存在する彼の剣技はまさに大雷のようだった。
人間離れした圧倒的な技術と実力差。
――それが、ブラッド・フュルスト・レナンの存在だった。
だがブラッドの圧倒的な力の差を見せつけてもなお、賊は一向に怯まなかった。
次々と次の賊が襲い掛かって来る。
(賊にしては……迷いがないな……)
賊はかなり統率が取れていた。
一般的に賊とは、烏合の衆であることが多い。己の利権や目的のためだけに一緒にいる集団だ。そんな者たちが集まったところで、分が悪いと思えば相手は簡単に逃げ出す。
持っている武器も様々で、戦い方だって様々だ。
だが、賊はブラッドの太刀筋を見ても引かないばかりか、皆同じような武器を持ち、ブラッドにいくら仲間を倒されようとも向かって来た。
(これは、ならず者のあつまりの賊の集まり、という単純な相手ではなさそうだな)
ブラッドは冷静に、相手を切り崩していった。
相手の数が少なっていた頃。
急にこれまで迷いなく、向かって来た賊の動きが鈍くなった。
(なんだ?)
ブラッドが剣を振りながらも周囲を見渡すと、船の後方に滝が出現していた。
(泣いているかと思ったが……やはり彼女は強いな……)
ブラッドは瞬時に、クローディアの策だと気づいた。
先ほど、見張りが後方に弓兵と言っていたので、火計に備えたのだろう。
小さく笑うと、ブラッドは迫り来る賊を全て地面の上に倒していた。
周りを見渡すと、三十は倒れていた。
(一小隊くらいか……)
人数の配分もかなり的を得ている。
出入口があるこの場所を落とすにはいい人数だ。
兵は船を出たことを確認して襲ってきたのだろうから、機会も申し分ない。
「ブラッド様、賊を拘束いたします」
念のために取りこぼした兵がいた場合のために、入り口前に待機させていた兵が走って来た。
「後を頼む、私はラウルとアドラーの報告を待つ」
ブラッドが兵に捕縛を頼み、船を振り向いた瞬間。
彼は、足を止めた。
船のマストには大きな虹が浮かび上がっていたのだ。
そして、先ほどまで剣を交えていた者たちのことを思い出した。
「クローディア殿……あなたはどこまで……私を翻弄するな……」
クローディアの側にいなかったブラッドにはクローディアが船で何をしていたのか詳しくはわからない。
だが、必死で船の上で策を考え、自ら動き回り、仲間を守ってみせたことだけは――……確かだ。
ブラッドは船に現れた巨大な虹を見上げていた。
「ブラッド様」
船を見上げていたブラッドにラウルが話しかけた。ブラッドはラウルに視線を移して「報告を聞こう」と言った。
「左舷前方の賊を全て捕縛いたしました。現在、他の兵に彼らを一箇所に集め見張るようにと指示を出しました」
ブラッドはラウルとレガードを見ながら「ご苦労だった」と言った。そしてレガードを見ると、「フィルガルド殿下とクローディア殿の元に戻れ」と伝えた。
レガードは「はっ」と言って走って行った。
すると今度は船の後方からアドラーとリリアが走って来た。そしてアドラーが口を開いた。
「ブラッド様。賊を拘束し、兵に託しました」
「ご苦労だった」
ブラッドは、見張り兵を見ると片手を上げた。
すると通信管から「賊が動きを止めました!! 後方、捕縛完了の合図確認!! 前方、捕縛完了の合図確認……そして中央も捕縛完了の合図確認!! ブラッド様からの合図が出ました!!」との声が響いた。
するとリリアがブラッドを見ながら言った。
「ブラッド様、私はクローディア様の元に戻ります。失礼いたします」
リリアは走ってクローディアの元に戻って行った。
アドラーがブラッドを見ながら言った。
「ブラッド様。敵は、賊というよりも訓練された兵のようでした」
アドラーの言葉に、ラウルも声を上げた。
「実は、私もそう思っておりました。しかも練度も相当なものです」
ブラッドは、アドラーとラウルの言葉を聞いて小さく呟いた。
「……クローディア殿に面倒事が持ち込まれそうな予感がするな」
ブラッドはなぜか悲壮感はなく、どこか楽しんでいるように見えた。そしてラウルを見ながら言った。
「捕えた兵から事情を聴き出せ。まだ潜んでいる仲間がいるなら、アジトを特定してくれ」
「はっ!!」
ラウルは、兵たちの元へ向かおうとして再び立ち止まって、ブラッドを見ながら言った。
「報告がもう一つ。賊は、クローディア様の出現させた虹を見て『ベルン復活の再来か』と言っておりました。以上です。では、失礼します」
ラウルは今度こそ、兵たちの元へ向かった。
ラウル背中を見送るとアドラーがブラッドに尋ねた。
「ブラッド様もお戻りになりますか?」
アドラーの問いかけにブラッドは「ああ、あとはラウルに任せる」と答えて歩き出した。アドラーはブラッドの隣を歩きながら言った。
「『ベルン復活の再来』ですか……確かにブラッド様のおっしゃる通り、クローディア様に面倒事が持ち込まれそうですね」
ブラッドは前を睨みながら言った。
「水賊が暴れていて、運河が使えないか……本当にそうなのか、ダラパイス国の大公殿に調べてもらう必要があるかもしれないな」
「……あの方に動いてもらうなら、クローディア様にお願いする必要がありますね」
アドラーの言葉に、ブラッドが息を吐いた。
「あまり、クローディア殿とあの大公を関わらせたくはないのだが……」
アドラーが穏やかな空気を一変させ、警戒色を滲ませながら言った。
「……ダラパイス国の大公閣下に何か懸念でも?」
ブラッドは無表情に少しだけ押し黙った後に口を開いた。
「いや、個人的な……感情だ」
ブラッドの言葉にアドラーは唖然として立ち止まった。
「何だ?」
ブラッドの問いかけにアドラーははっとして、再び歩き出した。
「ブラッド様の個人的な感情を初めてお聞きしましたので」
ブラッドは息を吐くと、アドラーではなく前を見ながら言った。
「後で、フィルガルドとクローディア殿に提案してみることにする。クローディア殿が手紙を書いてくれるというのなら、彼女の手伝いを頼むぞ」
「はい。かしこまりました」
こうして、ブラッドとアドラーもクローディアの元に戻った。
(早く彼女の顔が見たい……)
ブラッドは甲板へ移動しながらも、湧き上がる感情を抑えることが出来ずに自分でも気づかないうちに急ぎ足になっていた。
「ブラッド!!」
甲板について急いでクローディアの姿を探すブラッドの耳にクローディアの声が届いた。
声のした方を見ると、誇らしげで輝くような笑顔のクローディアの姿が目に入り、思わず抱きしめたくなる思いを手のひらをきつく握りしめ、心の奥底に隠したのだった。
――――――――――――――――
次回更新は9月26日(木)です☆
剣を抜きますので苦手な方は、もうしばらくお待ち下さい。
ただ……珍しくブラッドが内面を見せています。
普段見せない彼の内面を知って頂けるかと思いますので、前半と後半はお読み頂けますと幸いです。
※戦闘シーンですが、生々しい残忍描写はありません。
――――――――――――――――
ブラッドは指示を出した後に、じっと前を見据えていた。
――誰一人として、この船には近づけさせない。
これまでブラッドはずっとクローディアの側を離れなかった。
だがそれは私情は一切挟まず、ただ王太子妃であるクローディアを守るためだった。
何かあった時に自分を盾にしてでも彼女を守ろうと思っていた。
そして、今、彼女の元を離れたのは純粋にクローディアの側にフィルガルドがいたからだ。
ずっとフィガルドと共にガルドの元で剣を学んだブラッドは彼の実力が誰よりもわかっていた。
もしかしたら、フィガルドはラウルと同格か、もしくは上かもしれない。
それほどの腕を持つフィガルドが側にいれば、クローディアの側に自分は必要ないと思った。
フィルガルドが彼女の側にいるのならば――自分は船の外に出て、敵の侵入を防ぐ方が効率がいい……そう思って動いた。
だが……
クローディアに今にも不安で泣き出しそうな顔で名前を呼ばれた時は……心が揺れた。
――彼女の側に居たい、誰にも隣を渡したくないと……そう思った。
(彼女のことになると……本当に……冷静でいられないな……)
ブラッドが自嘲気味に思った時、前面に賊が姿を現した。
「来たか……」
ブラッドは剣を鞘から抜いた。そして賊を迎え打つ構えを取った。
賊は数人で迷いなく斬りかかった。
それをブラッドは一太刀で、同時に斬りかかってきた人数を棟打ちで相手を地面に倒した。
稲妻のような速さと威力。
通常、威力と速さが同時に存在することはない。重い剣の速度は落ちる。だが、ブラッドの剣は速さを殺さずに威力も相当なものだ。
それにも拘わらず周囲は……風も起こさずに凪いでいる。
静と動が同時に存在する彼の剣技はまさに大雷のようだった。
人間離れした圧倒的な技術と実力差。
――それが、ブラッド・フュルスト・レナンの存在だった。
だがブラッドの圧倒的な力の差を見せつけてもなお、賊は一向に怯まなかった。
次々と次の賊が襲い掛かって来る。
(賊にしては……迷いがないな……)
賊はかなり統率が取れていた。
一般的に賊とは、烏合の衆であることが多い。己の利権や目的のためだけに一緒にいる集団だ。そんな者たちが集まったところで、分が悪いと思えば相手は簡単に逃げ出す。
持っている武器も様々で、戦い方だって様々だ。
だが、賊はブラッドの太刀筋を見ても引かないばかりか、皆同じような武器を持ち、ブラッドにいくら仲間を倒されようとも向かって来た。
(これは、ならず者のあつまりの賊の集まり、という単純な相手ではなさそうだな)
ブラッドは冷静に、相手を切り崩していった。
相手の数が少なっていた頃。
急にこれまで迷いなく、向かって来た賊の動きが鈍くなった。
(なんだ?)
ブラッドが剣を振りながらも周囲を見渡すと、船の後方に滝が出現していた。
(泣いているかと思ったが……やはり彼女は強いな……)
ブラッドは瞬時に、クローディアの策だと気づいた。
先ほど、見張りが後方に弓兵と言っていたので、火計に備えたのだろう。
小さく笑うと、ブラッドは迫り来る賊を全て地面の上に倒していた。
周りを見渡すと、三十は倒れていた。
(一小隊くらいか……)
人数の配分もかなり的を得ている。
出入口があるこの場所を落とすにはいい人数だ。
兵は船を出たことを確認して襲ってきたのだろうから、機会も申し分ない。
「ブラッド様、賊を拘束いたします」
念のために取りこぼした兵がいた場合のために、入り口前に待機させていた兵が走って来た。
「後を頼む、私はラウルとアドラーの報告を待つ」
ブラッドが兵に捕縛を頼み、船を振り向いた瞬間。
彼は、足を止めた。
船のマストには大きな虹が浮かび上がっていたのだ。
そして、先ほどまで剣を交えていた者たちのことを思い出した。
「クローディア殿……あなたはどこまで……私を翻弄するな……」
クローディアの側にいなかったブラッドにはクローディアが船で何をしていたのか詳しくはわからない。
だが、必死で船の上で策を考え、自ら動き回り、仲間を守ってみせたことだけは――……確かだ。
ブラッドは船に現れた巨大な虹を見上げていた。
「ブラッド様」
船を見上げていたブラッドにラウルが話しかけた。ブラッドはラウルに視線を移して「報告を聞こう」と言った。
「左舷前方の賊を全て捕縛いたしました。現在、他の兵に彼らを一箇所に集め見張るようにと指示を出しました」
ブラッドはラウルとレガードを見ながら「ご苦労だった」と言った。そしてレガードを見ると、「フィルガルド殿下とクローディア殿の元に戻れ」と伝えた。
レガードは「はっ」と言って走って行った。
すると今度は船の後方からアドラーとリリアが走って来た。そしてアドラーが口を開いた。
「ブラッド様。賊を拘束し、兵に託しました」
「ご苦労だった」
ブラッドは、見張り兵を見ると片手を上げた。
すると通信管から「賊が動きを止めました!! 後方、捕縛完了の合図確認!! 前方、捕縛完了の合図確認……そして中央も捕縛完了の合図確認!! ブラッド様からの合図が出ました!!」との声が響いた。
するとリリアがブラッドを見ながら言った。
「ブラッド様、私はクローディア様の元に戻ります。失礼いたします」
リリアは走ってクローディアの元に戻って行った。
アドラーがブラッドを見ながら言った。
「ブラッド様。敵は、賊というよりも訓練された兵のようでした」
アドラーの言葉に、ラウルも声を上げた。
「実は、私もそう思っておりました。しかも練度も相当なものです」
ブラッドは、アドラーとラウルの言葉を聞いて小さく呟いた。
「……クローディア殿に面倒事が持ち込まれそうな予感がするな」
ブラッドはなぜか悲壮感はなく、どこか楽しんでいるように見えた。そしてラウルを見ながら言った。
「捕えた兵から事情を聴き出せ。まだ潜んでいる仲間がいるなら、アジトを特定してくれ」
「はっ!!」
ラウルは、兵たちの元へ向かおうとして再び立ち止まって、ブラッドを見ながら言った。
「報告がもう一つ。賊は、クローディア様の出現させた虹を見て『ベルン復活の再来か』と言っておりました。以上です。では、失礼します」
ラウルは今度こそ、兵たちの元へ向かった。
ラウル背中を見送るとアドラーがブラッドに尋ねた。
「ブラッド様もお戻りになりますか?」
アドラーの問いかけにブラッドは「ああ、あとはラウルに任せる」と答えて歩き出した。アドラーはブラッドの隣を歩きながら言った。
「『ベルン復活の再来』ですか……確かにブラッド様のおっしゃる通り、クローディア様に面倒事が持ち込まれそうですね」
ブラッドは前を睨みながら言った。
「水賊が暴れていて、運河が使えないか……本当にそうなのか、ダラパイス国の大公殿に調べてもらう必要があるかもしれないな」
「……あの方に動いてもらうなら、クローディア様にお願いする必要がありますね」
アドラーの言葉に、ブラッドが息を吐いた。
「あまり、クローディア殿とあの大公を関わらせたくはないのだが……」
アドラーが穏やかな空気を一変させ、警戒色を滲ませながら言った。
「……ダラパイス国の大公閣下に何か懸念でも?」
ブラッドは無表情に少しだけ押し黙った後に口を開いた。
「いや、個人的な……感情だ」
ブラッドの言葉にアドラーは唖然として立ち止まった。
「何だ?」
ブラッドの問いかけにアドラーははっとして、再び歩き出した。
「ブラッド様の個人的な感情を初めてお聞きしましたので」
ブラッドは息を吐くと、アドラーではなく前を見ながら言った。
「後で、フィルガルドとクローディア殿に提案してみることにする。クローディア殿が手紙を書いてくれるというのなら、彼女の手伝いを頼むぞ」
「はい。かしこまりました」
こうして、ブラッドとアドラーもクローディアの元に戻った。
(早く彼女の顔が見たい……)
ブラッドは甲板へ移動しながらも、湧き上がる感情を抑えることが出来ずに自分でも気づかないうちに急ぎ足になっていた。
「ブラッド!!」
甲板について急いでクローディアの姿を探すブラッドの耳にクローディアの声が届いた。
声のした方を見ると、誇らしげで輝くような笑顔のクローディアの姿が目に入り、思わず抱きしめたくなる思いを手のひらをきつく握りしめ、心の奥底に隠したのだった。
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