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第五章 チームお飾りの王太子妃集結、因縁の地にて

226 繋がる糸(3)

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 レオンは、クローディアから気球を目撃したとの報告を受け会場内の安全のためにノアールを残して、レイヴィンとラウルと共に兵を引き連れて侵入者がいないかの確認に向かった。

「第八部隊にも侵入者の捜索の連絡をせよ」

 レオンが夜会会場を出て命を出すと、元総大将の命令に兵は「はっ」と声を上げて従った。
 兵がいなくなるとレオンとレイヴィンと3人になり、ラウルが声を上げた。

「気球は北東の方角に飛んでいきました。ですので……こちらかもしれません」

 そう言って、ラウルが南西の方角に走り出した。

「どこに行く?」

 レオンの言葉にレイヴィンが通訳をしてラウルに伝えると、ラウルが走りながら答えた。

「以前、もしも気球を隠すならと考えていた場所があります」
「気球の隠し場所を考えていた!? さすがハイマの副団長殿ですねぇ!!」

 レイヴィンが楽しそうに声を上げながらラウルを追った。
 ラウルは常に『もしも襲撃にあったら』『もしもの時に安全に皆を逃がすなら』と警備ついて考えるクセがついていた。
 それは前任の副団長ガルドが偉大過ぎたせいだった。ガルドの次に副団長になったラウルはいつもガルドと比べられた。その時ラウルは、『自分はガルドのように力だけで皆を助けることはできない。せめて配置や戦略などで皆を救おう』と考えた。そのため図書館などで戦術書を読んだり、過去のガルドの報告書を何度も読んで常に何かあった時に的確に騎士を配置し、対応できるようにしていた。

(お披露目式の会場から気球は北東に向かっていた。まだ高度もそれほどではなかったからすぐ近くだったはずだ)

 ラウルの到着した場所には数人の兵や御者が倒れていた。

「倒れた兵を確認」

 レイヴィンが声を上げると急いで兵に駆け寄って脈を確認した。

「脈あり。生存を確認」

 レイヴィンはどこかほっとしたように言った。
 ラウルの到着した場所。
 それは、馬車の待機所だった。

「レオン殿、レイヴィン殿、これを!!」

 そしてラウルが馬車の並ぶ奥の方から声を上げた。

「なんだ? この馬車は!?」

 馬車乗り場には、客車の部分がなくなった車部分だけが残された馬車が残っていた。

「恐らく、ここに気球が隠されたと思われます」

 ラウルの言葉をレイヴィンがレオンに同時に通訳しながら眉を寄せた。

「なぜ、すぐにここだとわかったのだ?」

 レオンの問いかけに、ラウルは真剣な顔で答えた。

「私は気球を見た時、始め馬車の客車のようだと思いました。もしも、クローディア様が気球を何かに擬態させて移動させたいとおっしゃった時には馬車に擬態させて移動させることを提案しようと思っていました」

 ラウルの言葉にレイヴィンが、驚きながら言った。

「空を移動するあの乗り物を見て、そんなことを考えていたのか……」
「ええ。それに気球の飛んで行った方角や高度を考えてもこの場所の可能性が高いと思っていました。実は馬車の待機所は、夜会などが始まってしまうと一番警備が手薄になる場所でもあるのです」

 三人で話をしていると、兵の一人が「う……」と唸り声を上げて目を覚ました。
 レイヴィンは兵に近づいて急いで話しかけた。

「大丈夫か? 一体何があったのだ?」

 レイヴィンの言葉に、兵が少しぼんやりとしながら答えた。

「甘い匂いがして……あ、ゼノビア様がこちらへ……」

 それを聞いていたレオンが声を上げた。

「ゼノビア!?」

 するとすかさずレイヴィンが尋ねた。

「ゼノビア殿がどうしたのですか?」

 兵はまだぼんやりとしているようで途切れ途切れに答えた。

「ゼノビア様が……? 申し訳ございません、ゼノビア様に話かけた途端に記憶が……」

 レオンはレイヴィンを見ながら叫んだ。

「ゼノビアが西の塔に捕えられているか、急ぎ確認しろ」
「はっ!!」

 レイヴィンが西の塔に向かうと、西の塔の兵たちはゼノビアが捕えられたことさえも知らず……。
 もちろん、ゼノビアの姿もなかったのだった。



 ◇


 ――時は少し遡り、ゼノビアが捕えれた直後の夜会会場内。
 ゼノビアは兵に捕えられ広間を出るまでは、ずっと狂ったように叫んでいた。
 だが、夜会会場を出るとゼノビアは急に静かになって素直に二人の兵に捕えられてゆっくりと歩いていた。
 兵たちは、急に静かになったゼノビアを見て『暴れることをあきらめたのだ』と思い、少しだけゼノビアの腕を持つ手を緩めた。

 そのまま人気のない場所まで来ると、ゼノビアは急に右の腕を掴んでいた兵の肘に足を振り上げて、ヒールで脇腹を攻撃した。

「ぐっ!!」

 そして、もう一人の兵の脇腹にも同様にヒールの先で攻撃をした。
 二人の腕が離れた隙に、ゼノビアは袖口から植物の葉を一枚取り出すと口に入れてかみ砕いて飲み込み、さらに小瓶を開けて、二人に匂いをか嗅がせた。すると二人は簡単に眠りに落ちた。
 そしてゼノビアは、ドレスの一番上を破り取った。ドレスの裏地は黒いマントのようになっていてゼノビアはそれをかぶると、各所に配置されている見張りの兵の配置図をの取り出し、身を隠しながら目的の場所まで移動した。

「ゼノビア様!? どうされたのですか!?」

 そして目的の場所、馬車乗り場に到着すると、フードを少しずらして兵士に近づいた。
 この辺りの兵は、まだゼノビアの断罪を知っている兵士はいないので、焦った様子でゼノビアを助けようと好意的に声をかけた。

「追われているの」
「それは!! どうぞこちらへ」
「ええ」

 ゼノビアは兵に近づくフリをして小瓶を嗅がせて次々に馬車乗り場の数人の兵と、控室ではなく馬車乗り場に待機していた数人の御者を眠らせると、ある小型の馬車に乗り込んだ。そして、馬車の内部のハンドルを回して馬車に固定していた客車部分と天井を外して、動力部に火をつけた。
 するとみるみるうちに馬車の客車部分が空に浮かび上がった。

 ゼノビアは馬車に見せかけて気球を隠していたのだ。
 段々と小さくなるスカーピリナ国の王城を見ながらゼノビアは眉を寄せながら毒づいた。

「クローディア、お飾りだと言うから利用するつもりだったのに……誤算だったわ……」

 そしてゼノビアは王城の端の地上の星のような光を見て、頬に一筋の涙が流した。

「ルーカス、あなたの心が……ほしいだけなのに――あなたさえいれば他には何も……いらないのに……」

 涙を流しなら城を見つめるゼノビアを乗せた気球は、スカーピリナ国北東へと消えて行ったのだった。



 ◇
 


「え? ゼノビアが消えた!?」

 夜会が終わり、ブラッドの部屋に集まった私たちはラウルからの報告に驚いていた。

「兵の話から、推測すると第一王子の奥方はクローディア様が夜会会場で発見した気球に乗っていた可能性が濃厚です」
 
 私はラウルの話を聞いて眉を寄せた。

「ゼノビアのお父様も一緒に逃げたの?」
「いえ……」

 ラウルの言葉を聞いて私は眉を寄せていた。

「ゼノビアって、この城で怖いものなしだったわけよね? つまり最強。何でも思い通りになるって状況で……家族を捨てて自分だけが逃げる準備をしていたのが驚きだわ」

 人は上手くいっているとき、それほど念入りに逃亡準備などをするだろうか?
 もしかしてゼノビアは普段から逃げる準備をするほど怯えていた?
 でも――何に?
 ゼノビアが何を考えていたのか、私にはわからない。
 でも、胸に何か得体の知れない霧のようなものがかかったように思えたのだった。
 


 ◇



 次の日は国際会議が行われた。
 この会議には私と、ブラッドと記録書記官としてジーニアスの3人で出席することになっていた。
 ここでも私は置物のように座っているだけで、全てレナン公爵家の頼りになる次期公爵様が全て発言してくれることになっている。

「ブラッド、お願いね」

 始まる前にブラッドにそう呟くと、ブラッドは少しだけ口角を上げて「ああ」と答えた。

 会議が始まってすぐ、私はブラッドが隣にいることを誇らしく、頼もしく思えた。
 各国の王族相手にも一歩も引けを取らずに、毅然とした態度は単純にカッコイイともいた。

 ところが……。
 ハイマの番人レナン公爵家のブラッド君はカッコイイだけでは済まなかったのだ……。

 途中から私は内心『え? そこまでしなくても……』と心配になるほどの展開になっていく。
 最後の方は『ブラッド~~~やり過ぎ~~やり過ぎだから~~』と全力で鬼と化した我が国の公爵子息を止めていた。だが、弱い私は心の中で止めていたので……当然止まらなかった。

「イドレ国を訪問!? なるほど、その準備でハイマの王太子殿は今回のお披露目式に出席できなかったのか」

 ブラッドが私たちがイドレ国の皇帝に面会することを明かすと、各国の王族は、皆その一言でフィルガルド殿下がここにいない理由に納得した。
 そして、あれよあれよと各国の王族は鬼の話術に飲み込まれ――とうとう……。

「ハイマ国が我々を代表して、イドレ国と交渉をしてくれるのなら心強い」
「これまであちらが歩み寄ったことなど一度もなかった。この機会を活かすべきだろう」
「ハイマの王太子と王太子妃に敬意を表す!!」

 いつの間にか私たちは、同盟国の代表として祭り上げられてしまった。
 さらに鬼は、各国からの豊富な助成まで取り付けてしまったのだ。

 結論……。

 ブラッドだけは敵に回したくない――切実に……

 私は国際会議に出て、ブラッドの怖さを思い知ったのだった。
 結局鬼の暴走により、会議は以上のことが決まった。

 ・水賊討伐(後日各国水賊討伐隊を組織)
 ・ハイマが代表してイドレ国の皇帝と面会
 ・私たちがイドレ国に行くまでの旅費や物資を各国で援助する

 国際会議が終わり、ハイマというより……私たちにかなり有利な内容になったことに震えながら隣に座る鬼を見ると、鬼は何食わぬ顔でいつもように座っていたのだった。
 
 私は遠くを見ながら思った。
 
 ブラッド……凄いね……

 こうして、無事にスカーピリナ国での公務の全てが終了したのだった。





――――――――――――――――





次回更新は8月17日(土)です☆


夏休みをいただく予定です。
また皆様にお会いできるのを楽しみにしております。

たぬきち25番


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