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第五章 チームお飾りの王太子妃集結、因縁の地にて
225 繋がる糸(2)
しおりを挟む――お飾りの王太子妃? それがどうしたというのです?
ふと、レオンはクローディアに初めて会った時のことを思い出した。
皆から蔑ろにされ、後ろ指をさされているような状況で、彼女は今の状況を糧にしてよりよい条件で生きるというようなことを言っていた。
思えばレオンは、その時にクローディアに好意を抱いたのかもしれない。
「兄上、俺は愛のない結婚をしても、それを利用してさらに幸せになると言ってのけた女性を知っている。彼女は愛を幸福の絶対条件にしないと言ったのだ」
「え?」
「変っているだろう? しかし……だからこそ……溢れんほどの愛を注いてやりたくなる」
レオンの言葉にルーカスがポカンとしていた。そんな彼の表情を見るのはレオンも初めてだったかもしれない。
「まぁ、恋愛至上主義のこの国では考えられないことだけどな」
「そうだな……」
レオンは目を細めながら言った。
「俺もあいつを見ていたからな、愛などいらないと思っていたが……間違いなく彼女の存在が、今の俺の原動力になっているんだ」
ルーカスはレオンの話を聞くと本当に嬉しそうに微笑んだ。
「ふふふ。そうか……まるで死に場所を探すように戦場を選んでいたように見えるレオンが……それほど生き生きと……そうだな、愛を捨てると決めつける必要はないのかもしれないな……」
いつの間にか、ルーカスの表情も明るくなっていた。
「レオン、明日の午後に議会を開く。……夜会の後に今後の話をしよう」
レオンも明るい表情になったルーカスを見て自然と笑みをこぼしながら答えた。
「ああ」
◇
――夜会。
それは私にとってどこの国の、どんな夜会であっても――戦場だ。
「ハイマの王太子殿下は、ご健勝でしょうか?」
「以前、フィルガルド殿下とお話をさせて頂きました。大変聡明な方ですね」
「王太子殿下から新しい武器についてのお話は伺っておいでになりませんかな?」
話題は全て『フィルガルド殿下関連』一択。
私はもはやフィルガルド殿下の記号の一部と化していた。
ちなみに殿下のことばかり聞かれてもすねていないし、やさぐれてもいない。
だってそれくらい――私だけがここにいることが異質なのだ。
どの国もみんな王太子クラスの次期王になる方々がお見えになっているのだ。
きっと高度に政治的なこと、経済的なことを話しているに違いない。
だが!!
私は王妃教育さえ中途半端な残念王太子妃だ。
正直、政治経済何もわからない!!
もう政治経済についてはハイマ国の筆頭公爵家のブラッド・フュルスト・レナン様にお任せしよう。
うん、そうしよう!!
私はクローディアがハイマの言葉を完璧に話せることにだけ感謝して当たり障りのない会話をこなした。
そして、人が切れてふと周りを見渡した。
ゼノビアはもちろん不参加だ。
レオンは軍人らしき人々に囲まれて大人気だ。みんなレオンと話がしたかったようでとても楽しそうだ。
そして、顔がかろうじて見える距離では……。
「ハイマ国にはどんなところがありますの?」
「いつまでこの国にいらっしゃるのですか?」
「奥方様も、ご婚約者様もいらっしゃらないとお聞きしましたが、本当ですか?」
ブラッドがここでもまたわかりやすくモテていた。
あんなに無愛想で、無表情なのに!! 不可解!!
ちなみに、ブラッドはハイマ国以外の女の子にかなりモテる。ハイマ女子は、ブラッドをかなり遠巻きに見ている。
さらに先では、サフィールとディノも令嬢に囲まれていた。
ブラッドもサフィールもそれぞれの王国の王族に次くナンバー2の地位。
しかも未婚。モテないはずがない。
ちなみに私は、全くモテない。既婚だからということにしておこう、うん。
そろそろいいだろうか? もう十分にあいさつはしたはずだ。
私はすぐ近くにいてくれるアドラーとラウルに向かってハイマの言葉で言った。
「少しだけ、休んでもいいかな?」
アドラーが優しく答えてくれた。
「もちろんです。お手をどうぞ」
「ええ」
「では、飲み物を持ってきます」
ラウルが飲み物を取りに行ってくれたので、私はアドラーにエスコートされて先に夜会会場のテラスに出た。
テラスでは、男女が寄り添って愛を語り合っている。
さすが恋愛至上主義国スカーピリナ国だ。
正直、愛情表現が少々過激で……居たたまれない。
「お待たせいたしました」
ラウルが飲み物を持ってくると、私は庭を見ながら言った。
「少しだけ庭に出ない?」
ここ目のやり場に困るから……。
「かしこまりました」
二人は頷いて、アドラーが手を引いてくれて庭に出た。
私たちはガゼボを見つけて休むことにした。
「スカーピリナ国の方って……結構ストレートに聞きたいことを聞くわよね」
多くの人に『どうしてフィルガルド殿下が不在なのか』と聞かれた。
どうやら、私がお飾りの王太子妃という噂はスカーピリナ国までは及んでいないようだ。
まぁ、次の結婚準備で忙しいとは言えずに、お茶を濁すしかなかった。
でもみんな私の『少々立て込んでおりまして……』という言い訳にしてもお粗末な言葉をあっさりと受け入れて、にこやかに話をしてくれた。
「私はスカーピリナ国の言葉はわからなかったのですが、皆クローディア様に対して親愛に満ちた表情でした」
ラウルが嬉しそうに言った。
「まぁ、元王様のレオンがみんなの前で私に助けられたって言ったから……」
レオンは元スカーピリナ国の王だ。
それなのに……。
レオンの周りに集まっているのは全てが軍人だった。
一方、ルーカス陛下の元には、多くの貴族の重鎮が陣取っている。
ルーカス陛下が王なのだから当たり前だと言うわれそうだが、私は……もし、レオンが今王位に就いていても、貴族の重鎮はルーカス陛下の側にいるのではないかと思ってしまった。
いくら恋愛至上国スカーピリナ国と言えども、やはり母親の身分も低い妾の子のレオンが王として受け入れらるのは難しいように思えた。
それに絶対に多くのスカーピリナ国の貴族はレオンが王であることを知っていたはずなのに、お披露目式ではあっさりルーカス陛下を王だと受け入れている。
いくら、仕方なかったとはいえ……ここまであっさりと受け入れるのは、元から皆がレオンよりもルーカスを王だと思っていたからのように思う。
ふと、ラウルが思案顔で言った。
「助けたと言えば……夜会では誰も第一王子の奥方殿のことを口にしませんでしたね。もっと混乱するかと思って警戒していたのですが……」
みんな見事なほどに、夜会ではゼノビアのことは話題にしなかった。
それがとても不自然だった。
あれほど影響力があった人なのに……。
ふと、ラノベのクローディアのことを思い出した。
断罪されたクローディアも今のように皆に黙殺されたのだろうか?
「……私は――ゼノビアになっていたかもしれない」
思わず呟くと、ラウルが慌てて声を上げた。
「何を!! そんなことはあり得ません!!」
ラウルの真っすぐな瞳を見て私は眩しくて思わず視線を外した。
ゼノビアは、去り際に『愛している』と『ルーカス陛下のために』と声を上げていた。
ラノベのクローディアも捕らえられる時、ゼノビアと同じセリフを口にしていた。
「あらゆる可能性を思案されるのは、クローディア様らしいですね。ですが……ご安心を、そうなる前に私が全力でお止めします」
アドラーが私を見て胸に手を当てて真剣な瞳で言った。
私はそれが嬉しくて、思わず泣きそうになった。
そうだ。今の私にはアドラーがいる。きっとアドラーなら止めてくれるだろう。
それに、ブラッドだっているし――みんながいる。
私は――ラノベのクローディアではないし、ゼノビアでもない。
ゼノビアの存在が、私にラノベの違和感を意識させ、ラノベの世界に囚われていた私を――解放してくれた。
そう、ゼノビアがいたからこそ……ラノベがエリス視点だということに気づけた。
ゼノビアのしたことは簡単に許せることではない。だが、スカーピリナ国に勝利をもたらし、レオンを含め多くの兵を救った立役者でもあるのだ。
「ゼノビア……どうなるのかな……」
これからのゼノビアを思って、空を見上げた。空には雲がかかって月を隠していた。
カードゲームをしている時にも思ったが少し風がある。この辺りは生垣などで守られていてあまり感じないが、雲が流れる早さを見ても風が強いことを感じた。
「あら……あれ、何かしら?」
空を見て呟くと、アドラーとラウルがすぐに空を見上げた。
ラウルが呟くように言った。
「丸い……」
雲間に月明かりを浴びた球体が見えた。
「ねぇ……あれ、気球じゃない?」
私は王城上空に浮かぶ大きな球体を見つけてしまった。
球体は風の乗って山の方に向かっている。
「何、あれ……侵入者?」
アドラーとラウルに話かけると、すぐに返事が戻ってきた。
「侵入者というより……あれは……」
アドラーの言葉で、ラウルが目を細め声を上げた。
「とにかく、クローディア様は中へ。私はレオン陛下……レオン殿に報告いたします」
ラウルの言葉で私たちは急いで会場に戻り、気球を見つけたことをレオンに告げたのだった。
――――――――――――――――
次回更新は8月10日(土)です♪
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