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第五章 チームお飾りの王太子妃集結、因縁の地にて
217 多国籍チームミッションスタート!(5)
しおりを挟む「今、カードを用意させますわ。それに、私のドレスは少々袖口が広がっていますので、カードの邪魔にならないように上着を羽織らせて頂きます」
私は勝負を受けると決めてから、女狐を観察した。
なぜ、これほどまでに余裕なのだろう?
まるで自分が勝つとわかり切っているかのようだ。
私はふと、レオンの言葉が浮かんで来た。
――このゲームは常に冷静に、その場、その場で瞬時に相手の手札を予想して、自分の手元のカードで最適な布陣で迎え撃つというのがコツだな。
待って……その場、その場で予想?
最適な布陣で迎え撃つ……。
私は部屋の中を見渡した。
私の後ろには、リリアとアドラー。
ヴェロニカ様の後ろは専属の侍女二人。
そして……。
この部屋には多くの執事や、侍女が待機しているが侍女たちの配置が先程と変わった気がした。
それに、女狐さんはわざわざ言い訳をしてまで上着を羽織った。さらによく見ると上着を羽織るタイミングで、先程と扇が変わっている気がする。
扇には細かな繊細な模様が書いてあるが……。
私は、扇を見てあることを思い出した。
もしかして、あの扇……ハンドレンジ表のようなものじゃない!?
ハンドレンジとはポーカーにおいてゲームに参加するかしないかを判断する手札の範囲のことだ。ハンドレンジは現代では表のようになっていて、ハンドレンジ表を覚えるだけでも、素人でも上級者と戦えると言われるほどだ。
それに、部屋中に配置された執事や侍女。
加えて、新たに来た上着……あの上着も一般的な上着のように見えるが……。
もしかして……手品の原理!?
手品では、袖口に隠したカードを瞬時に紛れ込ませるというトリックがある。さらに執事や侍女と連携していれば相手のカードを盗み見ることができる。
「さぁ、始めましょうか」
ゼノビアが声を上げると、私たちの前にカードが置かれた。
最適な布陣で迎え打つ……でもその布陣がいかさまだったら?
もし、始まる前に勝負が決まっていたら?
ガードゲームを始める前の段階、つまり状況を見極めることから勝負が始まっている……?
私はカードを前にして考えた。
この場に必要なのは、王族としての気高さと慈愛というフィルガルド殿下ではない。
相手の作り上げた最高の舞台を空気を読まずにぶっ壊し、さらにはこちらの舞台に引きずり込む……。
無表情を武器に、淡々と自分の空間を作り上げるそんな……鬼の顔。
フィルガルド殿下との付き合いに比べればまだまだ日は浅いが、絡んだ濃度は折り紙付きのあの鬼のの真似をすることにする。
私は、一度瞳を閉じて呼吸を整えると、ゆっくりと目を開けた。
「少々お待ち下さい、ゼノビア様」
そして私は、真っすぐにゼノビアを見ながら言った。
「まず、このカードではない他のカードを用意して下さい。できれば、後ろの絵柄の違う物を」
ゼノビアが眉を寄せたが、私は構わず言葉を続けた。
「そして、この部屋には私たち3人だけにして下さいませ。カード勝負ですもの。給仕は不要ですわ」
そして、私はあえて高圧的にアドラーとリリアに向かって言った。
「二人とも、廊下でこの部屋を見張りなさい。重要な勝負です。どなたもこの部屋に入れないように」
リリアとアドラーは私の意図を汲み取ってくれたのか、全く迷いもせずに「かしこまりました」と言って部屋を出て行った。
私は、さらに言葉を続けた。
「皆様、扇の使用は無しにしませんこと? このゲームの醍醐味は表情を読むことだと教わりましたの。扇で隠すなど、面白さが半減ですわ」
ヴェロニカ様は、始めは怪訝な顔をしていたがすぐに姿勢を正して、にっこりと笑った。
「そうですわね。わたくし、クローディア様の提案を受け入れますわ。この扇を預かって。そして扉の前で待機しておいて。あ、そうですわ、わたくしカードを持っておりまわ。ぜひ、ここは交流も兼ねて、我が国で作られたカードも先進国のゼノビア様に試して頂きたいわ」
そう言って、ヴェロニカ様は自分の侍女に扇を渡した。
「ヴェロニカ様。彼女に、廊下で待つ私の側近にこの扇を渡して頂けるように頼めませんか?」
ヴェロニカ様は「ええ」と答えると、ヴェロニカ様の侍女が私の扇を預かってくれた。
そして、ヴェロニカ様はまるでゼノビアを挑発するように言った。
「あら? どうされましたの、ゼノビア様? まさか……反対されるおつもりではございませんよわよね? カードの発祥の地、スカーピリナ国の王族ですものね……」
ゼノビアは震えるように扇を閉じると、執事を呼び扇を渡した。
「構いませんわ」
「では、カードの交換を」
ヴェロニカ様の言葉で、ゼノビアが用意したものとは違う、ダラパイス国製のカードが用意された。
「念のためにカードを確認したします」
ゼノビアがカードを確認した。
先程とは絵柄の違うカードに、ゼノビアの表情はますます固くなる。やはり、いかさまを仕込んでいたのだろう。
そんなゼノビアを表情を読み取ったのか、ヴェロニカ様が畳みかけるように声を上げた。
「さぁ。何をしているのです。皆、外で待機を」
執事や侍女はゼノビアの顔色を見ながら戸惑っているようだった。ゼノビアは少し苛立った様子で「部屋の外で待機して下さい」と言った。
そして部屋の中には私たち、3人だけが残った。
――ゼノビアの表情から完全に余裕が消えた。
よし、女狐の罠の解除に成功した。あとは……私次第。
私は鬼の真似をしながら淡々と声を上げた。
「それでは、始めましょう」
私の表情にブラッドの表情が透けるように私は表情を作り上げた。
常に隙を見せることの許されない世界で生きて、ハイマの番人と呼ばれ、様々な思惑から真実を見抜くために作り上げてられた顔。初めて会った時、ブラッドには騎士団の不正調査の依頼が来ていた。きっと彼はこれまでも多くの虚偽を見抜いて来たのだろう。そんな彼がこれまでの人生で作り上げてきた顔。
フィルガルド殿下の真似と引けを取らないほど、ブラッドの真似をするのも大変だ……。
だが、この場でこれほど頼りになる人物もいない……。
――ブラッド。これまで受けてきた鬼の教育役に立ってるよ……!!
どんな時でも、冷静に真実を見極める!!
こうして、私たちの真剣勝負が始まった。
◇
クローディアたちが、カードを始めた頃。
スカーピリナ国の西の棟の裏では馬の駆け降りる音と、砂埃が舞い上がっていた。
ガルドとレイヴィンとネイの三人は、ガルドを先頭に山肌に沿って少し蛇行しながらも確実に斜面を下って行く。
馬の力強い蹄の音が、辺りに響き渡る。
そして三人は無事に城の裏側に到着した。
「いや~~無事にこの斜面を降りることができましたね~~」
レイヴィンが斜面を振り返りながら言った。
「ガルド殿のコース取りがよかったのだ」
ネイも小声で言った。
「……それは、確かにそうですね。では、三人分の近衛騎士の服を調達してきますので、待っててくださいね~~」
レイヴィンは馬を降りると、茂みの外に出た。
実は、近衛騎士の服を着て潜入しようということになったのだが、近衛騎士は女狐に牛耳られており、迂闊に近づくこともできないので、事前に騎士服が用意できなかった。
そこで、近くまで行って一応、スカーピリナ軍の参謀のレイヴィンが兵を三人ほど捕えて、騎士服を調達することになったのだ。
レイヴィンを待つ間、ガルドがネイに尋ねた。
「水賊は……それほどまでに暴れているのですか?」
ネイは、深く頷きながら答えた。
「はい。ダラパイス国国境より北は……手が付けられないほど、猛威を振るっております。イドレ国から流れてくる流民も多く……ベルン国の騎士だけでは対処は難しい状況です」
ガルドが切なそうに言った。
「そうですか……国を追われた者たちは、今だに落ち着ける地が見つからないのですね」
ネイはガルドの言葉に違和感を覚えた。
水賊とはネイたち騎士にとっては、排除すべき敵だ。そんな彼らに対して同情を向けるような発言をするのを初めて聞いたのだ。
「捕えましたよ~~いや~~ダラパイス国の王太子殿下のおかげで、警備ゆるゆる!! とても楽なお仕事でした~~」
ネイの違和感をレイヴィンの弾んだ声がかき消してしまった。
こうして、ガルドとネイとレイヴィンは近衛兵の鎧を付けると、西棟に向かったのだった。
――――――――――――――――
次回更新は7月23日(火)です♪
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