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第五章 チームお飾りの王太子妃集結、因縁の地にて

210 制限時間は一日(2)

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「おおっと~~、またしても挑戦者の勝利だ~~~!!」

 西庭園に設置された腕相撲のリング付近では先ほどよりも人が増え、かなりの盛り上がりを見せていた。
 リリアは、スカーピリナ国の近衛兵に送られて、クローディアの元に向かっていた。アドラーは、リリアが無事に特別棟の敷地内に入るのを確認すると、人込みに紛れて腕相撲で盛り上がる会場に戻り、ラウルの側に立ち、ラウルにしか聞こえない声で言った。

「居場所はおおむね特定できました」

 ラウルは、視線を腕相撲をしているリングに向けたまま答えた。

「そうか。ではキリのいいところで撤収する」
「お願いいたします。では、私は先に戻ります」
「ああ」

 アドラーは、ラウルにこの場を任せると、暗闇に消えて行った。

 ラウルは、アドラーの気配が完全に消えるのを確認すると、ジーニアスの視界に入る場所に移動した。ジーニアスは実況補佐として忙しそうだが、ラウルを見つけて目が合った。そんなジーニアスにラウルは、親指を立てて、あらかじめ決めておいた撤収のサインを出した。ジーニアスは小さく頷いた。

 ――さぁ、そろそろ終わらせる必要がある。

 そう思ったラウルが大きく伸びをすると、ネイがハイマの言葉でラウルに話かけた。

「この腕相撲大会の賞品を出したのは、クローディア様なのでしょう?」

 ラウルは、小さく頷きながら答えた。

「ああ、そうだ」

 するとネイが、真剣な顔で答えた。

「あの方の賞品、私が回収してくる」

 そう言って、ネイはジーニアスの元に向かった。ラウルはネイの後ろ姿を見て小さく呟いた。

「……俺が回収しようと思ってたのにな」

 ラウルがそう呟いた途端、近くでレイヴィンの声が聞こえた。

「ネイ殿がエントリーしましたか……。あ~残念です。あの方の賞品は私が回収する予定だったのですが……」

 レイヴィンの言葉に、ラウルが困ったように言った。

「皆、考えることは同じだな」

 レイヴィンも小さく笑いながら「そうですね」と答えたのだった。





 その頃、リリアはスカーピリナ国の近衛兵にエスコートされながら歩いていた。

『他国の王族の方は特別棟にご宿泊されているので、そこまで案内しますね』
「今、『王族』って聞こえた。目的地を教えてくれているのかもしれない……ありがとうございます」
『本当に可愛らしい方だ。私の名前は、イルドネといいます。ええ~と、イ・ル・ド・ネ』
「……イルドネ? この方の名前かしら? もしかして職務質問のようなもの? 私はリリアです。リリア」
『リリア? あなたにぴったりの可愛い名前ですね!!』

 リリアと近衛兵は言葉は通じないのはずが、なんとなくコミュニケーションを取りながら歩いていた。そして、近衛兵とリリアは特別棟に到着した。
 
『ここが特別棟です。あなたとお別れするのは、なごり惜しいです』
「今後は迷うな、とおっしゃっているのかしら?」

 リリアは「気をつけます」と言って微笑むと、近衛兵はリリアの手を取って大きく腕を振った。

『いつか、あなたと話ができるようになりたい!! あなたはどこの国の方ですか?』
「見送ってくれるのかしら? さようなら」

 リリアが頭を下げると、近衛兵は大きな声で言った。

『あ、なんか通じてない。え~~と、あなた、ハイマ? ダラパイス? エル―ル?』
「国を聞かれているのかしら? 場所は合っているけど……他の場所かもしれないって心配されているのかも。ハイマです。私はハイマ国。ここで合っています」

 リリアは一人でも戻れたのだが、監視のためかもしれないと近衛兵についてきたのだ。だが、監視にしては近衛兵は嬉しそうに笑いながら言った。

『ハイマ!! あなたと話をするために私はハイマの言葉を覚えます!! またお会いしましょう、美しい人、リリア嬢』
「私はハイマだと知って、場所が合っていることに安心してくれたのね。スカーピリナの方って親切なのね。ありがとうございます。イルドネ様」

 リリアと近衛兵は、全く噛み合わないまま別れて、リリアは特別棟の中を歩いた。
 
 ――あれは?!

 そして、リリアは信じられない人物を見つけて駆け出した。
 リリアがその人物の手を握ろうとした瞬間、その人物が扇を出してリリアが握ろうとする手を避けた。リリアと目が合った女性は目を大きく開けて目を丸くした。

「リリア……」

 リリアは、油断した女性の手首をつかみながら言った。

「アリス……あなた……なぜ、ここに?」

 リリアの目の前には、ハイマでの同僚。リリアと同じクローディア担当の宮廷侍女のアリスが立っていたのだった。

 





 時は数時間前に遡る。
 私は、みんなに今回の作戦を説明していた。

「まずは、情報を集めたいわ。でも、女狐さんの城で私たちが自由に動けないのは理解したわ。だから……私たちが自由に動ける状況を作りましょう」

 私の言葉に、サフィールが面白いというように声を上げた。

「ふっ。なるほど、『ない』ではなく『作る』のか……面白い。それで?」

 私はみんなを見ながら提案した。

「ほら、以前ジーニアスと、レガードが腕相撲大会に参加してその隙に宰相が動いたのでしょう? レイヴィンたち一般兵が普段は入れないような場所で、腕相撲大会を開けないかしら? しかも……第一王子にそのことを打診するの」

 皆が息を飲んだ。そして、ベルン国の王太子アンドリューが口を開いた。

「待って下さい、クローディア様。お言葉ですが、第一王子がレオン陛下誘拐に関わっていた場合、許可は降りないのではないですか?」
 
 私は皆を見ながら言った。

「そう。この作戦には意図が二つある。一つはもちろん、レオンの居場所を探ること。そして……」

 私はそこまで言うと、小さく息を飲みながら言った。

「この計画に関わっているのが誰なのかを特定することよ」

 そこまで言うと、サフィールが目を丸くした。

「なるほど……つまりディアは、ルーカス殿の立ち位置を知りたいということか」

 サフィールは私の意図を正確に読み取ってくれた。
 私は急いでサフィールの言葉に頷いた。

「そう……レオンから女狐さんのことは聞いたけど、肝心のお兄様のことはあまり聞けなかった。レオンは、お兄様を信じたいのだと思ったの。でも……本格的に動く前に実際はどうなのか、はっきりさせておきたいの」

 私はそう言うと、首元からフィルガルド殿下に貰った金のネックレスを外した。
 そして、レイヴィンを見ながら言った。

「レイヴィン、これを腕相撲大会の賞品にして」

 みんなが息を飲む音が聞こえた。そして、ラウルが声を上げた。

「クローディア様、そのような大切なものを!!」

 私は、みんなを見ながら言った。

「できるだけ人を集めたから、賞金を出したいけど……急なことだから、国がバラバラの皆がほしい通貨を揃えるのは難しい。その点、金のネックレスなら、どの国の人にとっても価値はあるでしょう?」

 私の言葉を聞いたレイヴィンが床に膝をついて深く頭を下げた。

「スカーピリナ国王のためにここまで……この御恩はいつか必ずお返しいたします」
「ねぇ、レイヴィン。顔を上げて」

 私はレイヴィンの手にネックレスを乗せた。
 レイヴィンは静かに「お預かりいたします」と言ったのだった。 
 私は、みんなを見ながら言った。

「それに騒ぎを聞きつければ、女狐さんはきっと焦って様子を見に来ると思うわ。犯人は現場に戻るというし……何か犯行を暗示させるような行動を取る可能性があるわ。それを見極めてほしいの」

 その後、皆で詳細を決めた。

 ルーカス殿下たちの対応はサフィールとジルベルト。
 腕相撲大会会場については、ラウル、レイヴィン、ネイがそれぞれの兵に紛れて様子を見る。
 そして、ジーニアスが大会の進行を調整する。
 レオンの居場所の捜索をアドラーとリリア。
 そして、私とアンドリューとブラッドとガルドが部屋で待機することになった。私とアンドリューは王族なので、私たちが動くと警備が必要だ。
 ジルベルトはガルドがアンドリューを護衛するのなら、自分たちがついていなくても問題ないと言ったので、私たち四人は静かにみんなを待つことにした。

 皆は、作戦が決まるとすぐに部屋を出て行った。





 みんなを送り出して、四人で待機していると、意外なことにダラパイス国のガイウス王子と王太子妃ヴェロニカとヒューゴが部屋を訪ねて来た。

「ガイウス殿下、ヴェロニカ様、ヒューゴ! どうしたの?」

 私の問いかけにガイウスが少し不機嫌そうに言った。

「ディア。サフィールに聞いたぞ!! 酷いじゃないか、サフィールとディノフィールズには助けを求めるのに、私たちは蚊帳の外だなんて」

 するとヴェロニカ様は、扇を開きにっこりと笑ってない目で言った。

「そうですわ。わたくし、ゼノビアは好きではありませんの。あんな方が隣国の王妃になるなんて……願い下げですわ」
「ゼノビア?」

 誰のことかわからずに、訪ねるとヴェロニカ様は不機嫌そうに言った。

「ゼノビアは……スカーピリナ国の第一王子の妻よ」

 ようやく、女狐さんの名前が発覚?!
 私はずっと女狐さんと呼んでいたので、名前までは知らなかった。
 だが、私と違って社交も真面目に務めてきたヴェロニカ様は女狐さんの名前を知っていた。しかも呼び捨て! これは……何かあったのだろうか?
 私が何があったのかを聞こうとした時、扉がノックされた。ガルドが出るとリリアが戻って来たようだった。
 だがガルドは困った顔をしていた。

「ガルドどうしたの?」

 私が尋ねると、ガルドが姿勢を正しながら言った。

「クローディア様、戻って来たのはリリアだけではありません。ガイウス殿下やアンドリュー殿下もいらっしゃいますので……ブラッド様が先にご確認された方がよろしいかと」

 ガルドの言葉を聞いてアンドリューが声を上げた。

「私のことは気になさらずに、それにここはクローディア様のお部屋だ」

 するとガイウスも声を上げた。

「ああ。かまわない。作戦の報告だろう? 私も聞きたいものだ」

 二人が許可を出してくれたので、私はブラッドを見ると、ブラッドも頷いた。

「ガルド。いいわ、通して」
「はい」

 ガルドが道を開けて、リリアに腕を取られて中に入ってきたのは……。

「アリス?!」

 部屋に入って来た私の専属侍女だったアリスを見て、私は思わず大きな声を上げてしまったのだった。
 
 
 












――――――――――――――――







次回更新は7月6日(土)です♪







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