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第五章 チームお飾りの王太子妃集結、因縁の地にて
191 再びの歩み(3)
しおりを挟む次の日。私たちは日の出と共にダラパイス国を出国した。
まだ早い時間だったにも関わらず、見送りにはダラパイス国の王太子や王太子妃、そしてサフィールたちも来てくれた。
なぜこんなに早くダラパイス国の王都を出発したのかというと、ダラパイス国とスカーピリナ国の国境付近は治安が良くないようだ。そのため移動距離を少し長くし、今日中に国境を越えて、アイレというスカーピリナ国第三の都市に宿泊することになっている。
そして先程、無事にダラパイス国とスカーピリナ国の国境を通過したところだった。
スカーピリナ国に入り、国境の砦で馬車のメンバーを入れ替えた。いつも馬車に一緒に乗っているブラッド、リリア、ジーニアスではなく、レオンとブラッドと、私という異色の3人で馬車に乗っていた。私の隣がブラッドで、前がレオンだ。この馬車は大きな馬車だが、レオンもブラッドも大きいのでいつもよりも手狭に感じた。
「今度は、イドレ国に行く?! なぜだ?!」
馬車の中で、レオンが大きな声を上げたが、この馬車の御者はアドラーとリリアが務めてくれているので、話を聞かれても問題ない。すぐにダラパイス国を発つことになったので、レオンと今後の打合せをする時間がなかった。だから馬車の中でレオンとブラッドと私の三人で今後のために打合せをする時間を取ったのだ。
大きな声を上げるレオンに向かって私も状況をよくわかっているわけではないが、知っていることを答えた。
「ええ~~と国からの指令? なんでもイドレ国の皇帝に呼ばれたみたい」
レオンは呆れたように言った。
「呼ばれたみたいって……クローディア……我が国行きの件もそうだが……無理ぜず断れよ。ベルンを奪還したから少し落ち着くかもしれないが……ベルンが荒れていた影響でこの辺りもかなり治安が悪化しているんだぞ?」
治安の悪化というのは王妃教育で少しだけ勉強した。
それにサフィールたちもその件で私たちがリーリア領方面ではなく、ガラマ領方面に行ったことに焦っていたと言っていた。治安が悪化していたので、火龍の最期の地という噂さえも敏感になったいたようだ。
「そんなに治安が……でもハイマ周辺はそんなに治安の悪化が問題になってると聞いていないけど……」
思わず口にすると、レオンが呆れたように言った。
「そちらの国には、数年前に多くの盗賊団を壊滅させた死神がいるだろう? あいつの存在を恐れた賊は、根城をハイマ周辺ではなく他の場所に移したのだ」
……は? え? 待って?
死神って……ガルドのこと?!
想像以上にガルドの功績が凄いのですが?
それだけのことをしてどうしてガルドって平民なの?
それって……ハイマの治安はガルドに守られたって言っても過言じゃないんじゃ……?
本当に……ガルド……何者なの?!
ガルドは普段、穏やかでのんびりとしている。この前は午後の昼下がりに木陰で様々な小動物をお腹や肩や頭の上に乗せて昼寝をしていたのでリリアと一緒に『あんなにも動物にモテるガルドが羨ましい』という話をしたばかりだった。
私がガルドについて考えていると、レオンが怖い顔でブラッドを見ながら言った。
「おい、指導係。お前は何を考えている? なぜ断らないのだ?! イドレ国などここ以上に危険に決まっているだろう?! あそこがどういう場所か知らないわけではないだろう?!」
レオンから威圧的な空気が漂ってくる。
本気で怒りを見せているのが伝わってきて、私の背中に冷や汗が流れた。そんなレオンに向かってもブラッドは、顔色を変えずに、逆にレオンを挑発するように答えた。
「これだけの偉業を成し遂げているクローディア殿のことを、情報を武器にしているあちらが知らないとは思えない。絶対になんらかの方法で接触を試みるはずだと考えていた。だからあえて、あちらが正式に招かざるを得ない状況を作ったのだ。これだけのエサを撒き散らせば、あちらの皇帝はしびれを切らすと思ったからな」
ブラッドはそこまで言うと、唖然とするレオンを見ながら少しだけ口角を上げながら話を続けた。
「そうして案の定……これまでずっと秘密裏に王家の女性と接触を試みてきたイドレ国が、正式にクローディア殿を招待した。これを拒否すればあちらはどんな手段を取るかわからない。それならば私たちも同行可能な状況で、正面から堂々と会うのが望ましいと思っただけだ。それにあちらの国が正式にハイマに申し出てくれれば……私たちは自由に動ける。実際、イドレ国は……檻に囚われた者を一人、解放してくれたからな」
ブラッドの言葉にレオンだけではなく、私も言葉を失った。
檻に囚われた者って、――誰のこと?
私はただブラッドを見つめることしかできなかった。そして、しばらく馬車内に沈黙が流れた後に、レオンが口を開いた。
「自分の目的のために敵国さえも使うのか……本当に悪魔のようなヤツだな……。ところで指導係。どうやってイドレ国に行くつもりだ。奪還したとはいえ、ベルン国や旧ゼルモア国や、旧ザウルス国南部周辺は賊に溢れているぞ? 旧カナンだって同様だ。それに、あのドラン国がイドレ国に奪われた原因は火山の噴火だとも聞く……その辺りのことは大丈夫なのか? いくら死神がいるとはいえ、クローディアを連れて賊の中を行くというのは無謀だ」
賊に溢れている?!
火山?!
なんだか物騒な言葉が次々に飛び出して来た。
確かドラン国とゼルモア国、ザウルス国、カナン国はイドレ国に奪われた国なはずだ。
旧ドラン国の火山が噴火したというのは……初めて聞いた。
もしかしてイドレ国の内政は私の想像以上に上手くいっていないのだろうか?
王妃教育では、『それぞれの土地をイドレ国の貴族が治めており、大変上手くいっている地域もあれば、荒廃している地域もある』と聞いていた。実際のところ、ベルンを治めていた貴族は酷いものだったので、奪還が上手くいったのもずっと我慢を強いられていた民衆の力を借りたというのが大きい。もしも、ベルンを治める貴族が優れていたらこうは行かなかっただろう。
でも……レオンの言う通り、いくらガルドがいても戦闘ばかりでは皆が疲弊する。しかも、フィルガルド殿下も同行するのなら、護衛の神経はすり減ってしまうだろう。
心配しながらブラッドを見ると、ブラッドはふてぶてしくいつも通りの無表情で答えた。
「船で向かうつもりだ」
船?!
もしかしてダラパイス国の水路の使うつもりなの?!
私が驚いてブラッドを見ると、レオンが声を上げた。
「船だと?! まさかダラパイス国の運河を利用するのか?! 止めておけ!! ダラパイス国より北の水路は危険だ。賊の餌食になるだけだぞ、シーザー殿もなんとかならないだろうか、頭を悩ませていたくらいなのだぞ?」
ブラッドは首を振りながら答えた。
「いや、我が国の最新鋭の汽船『クイーンイザベラ号』を使って海路にてイドレ国に向かう。すでに、クイーンイザベラ号は、スカーピリナ国の南に進路を取っている。スカーピリナ国王よ、我が国の汽船の入港を許可してくれ」
……は?
私は思わず口を開けてブラッドを見つめた。
『クイーンイザベラ号』というのは、私がシーズルス領で見送ったあの船のことだ。確か目的地は今回のイドレ国の脅威から逃れるために同盟を結んだ国の最南端の国、ダブラーン国だったはずだ。てっきりそのままハイマ国に戻ると思っていたが……どうやらブラッドがスカーピリナ国まで、クイーンイザベラ号を呼びよせていたようだった。
しかも、スカーピリナ国入国の許可はまだなのにすでに船を向かわせているなんて!!
いくらレオンが国王といえども大丈夫なのだろうか?
「ちょっと、ブラッド!! 勝手にクイーンイザベラ号を使ってもいいの?!」
私が尋ねるとブラッドは、無表情に答えた。
「問題ない。すでに許可は取ってある」
いつの間に?!
でも陛下が自分の愛する妃の名前を冠した船をあっさり貸してくれるなんて……なんか裏がありそう。
そう思って、私は陛下が船を貸してくれそうなことを思い出して、全身から血の気が引くのを感じた。
そして私は震えながらブラッドに尋ねた。
「まさかブラッド……船を使うために、フィルガルド殿下が同行するようにしたんじゃないわよね?」
するとブラッドが切なそうに答えた。
「……フィルガルド殿下の同行は関係ない。……元ロウエル公爵がエルガルド陛下に出した今回の船旅の責任者を引き受ける条件は……用事が全て終わり、状況次第ではあなたをスカーピリナ国まで迎えに行くことを許可してほしいということだった。ちなみにあなたがイドレ国に行くことはすでに元公爵にも伝え、イドレ国まで送って行くことも乗組員すべての了承を得ていると返事がきている」
私は信じられなくて、目を大きく開けた。
……え?
元ロウエル公爵が私を迎えに来てくれるつもりだった?
私が彼から公爵の地位を奪ったのに……どうして?
混乱する私の前で、レオンが静かに口を開いた。
「……海路か……悪くない。……では、そうだな……。至急王都から近く、使い勝手のいい港、パミルラへの入港の許可を出す。どうせ、指導係もパミルラへの入港を指示しているのだろう?」
パミルラ?! どこ? 全然わからないけど……ブラッドってばすでにそんな指示を出しているの?
急いでブラッドの方に顔を向けると、ブラッドがレオンを見ながら頷いた。
「ああ」
レオンは、今度は片方の眉を上げながら言った。
「……イドレ国北部は氷と雪に閉ざされた場所だ……我が国の北部オーラムに入港して、そこから陸路でイドレ国を目指すのはどうだ? オーラムの街から北上してイドレ国の帝都を目指せば、旧ザウル国の中でもあの辺りは比較的治安が維持されている」
王妃教育でハイマ国内の街の場所と、ざっくりとした国の場所は覚えた。だが、さすがにスカーピリナ国の街の名前とその場所まではわからない。
私と違い勤勉なレナン公爵家のブラッド君は、スカーピリナ国の街のことも頭に入っているようだった。当たり前のように頷きながら「そのつもりだ」と答えた。
私が目を白黒させていると、レオンが優しく微笑み「ちょっと待っていろ」と言って私の頭を撫でまわしながら、ロングジャケットの内ポケットから地図を取り出し、私に地図を見せながら説明してくれた。
「クローディア、ここが王都だ。そしてこの南……ここがパミルラの街で、ここがオーラムの街だ」
地図を見るととても分かりやすかった。パミルラは、スカーピリナ国の王都の南側に位置しており、オーラムはスカーピリナ国の北東部に位置していた。スカーピリナ国の国土は広いので、なかなか長い船旅になりそうだった。
私が地図を見ていたら、突然ブラッドに抱き寄せられたと思ったら、レオンが隣の席に置いていた大剣に手をかけた。
「……多いな」
レオンがそう言った瞬間、馬車が止まりラウルの声が聞こえた。
「前方に賊。かなりの人数です。現在スカーピリナ国の兵と、我が国の兵が応戦しています。ガルド殿とレイヴィン殿が応援に向かいました」
どうやら私たちは賊に見つかってしまったようだった。
――――――――――――
次回更新は5月18日(土)です♪
本日は少し早いですが、第5章の地図も公開します☆
楽しんで頂けたら嬉しいです!
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