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第四章 現在工事中です。ご迷惑おかけしております

186 明と暗(1)

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「フィルガルド殿下の護衛……?」

 クローディアたちが気球の準備をしていた頃。
 ガラマ領邸では、レガードが唖然としながらロニが持って来た騎士団長カイルからの手紙を見つめていた。
 クローディアたちはそろそろダラパイス国を去り、スカーピリナ国に向かうようだが、レガードはあと数日は療養のためにガラマ領に留まることになっていたので、後で馬で追いかけようと思っていた。
 クローディアに追いつくために必死だったレガードにとって、フィルガルドの護衛は名誉なことではあるが、望んだことではなかったのだ。
 絶望をにじませるレガードに向かって、ロニが慌てて言った。

「お、おい、レガード。そうあからさまに眉を寄せるなよ。王太子殿下の護衛だぞ!! 騎士にとってこれほど名誉なことはないだろう?!」

 レガードは大きく息を吐きながら言った。

「……任務に名誉など関係ない。どんな任務でもただ自分の力を尽くすだけだ」

 ロニは困ったように言った。

「いや、レガード……良いこと言ってるのに顔が不機嫌すぎて説得力ないからな? 嘘下手すぎだろ?! でも、少しクローディア様と合流するのが遅れるってだけで、クローディア様には会えるだろう?!」

 レガードはどこか虚ろな様子で答えた。

「……わかっている。相手がロニだから遠慮がないだけだ……。フィルガルド殿下をお迎えするために私は傷が癒えたら、ダラパイス国の辺境伯の屋敷で待機し、国境付近にフィルガルド殿下がいらしたら、お迎えに行き護衛をする。安心してくれ、私は騎士だ……任務は遂行する。カイル団長にもそのようにお伝えしてくれ」
 
 ロニは大きな溜息をついた後に、困ったように言った。

「レガードって、フィルガルド殿下が苦手なのか?」

 レガードは何も答えずに俯いていた。
 レガードは何も言わなかったが、苦手だと態度に出ていた。レガードにとってクローディアを悲しませ、他の女性と結婚しようとしているフィルガルドは相容れない存在だった。

 ――沈黙は肯定だぞ……レガード……。

 ロニは心の中で呟いた。
 レガードは実質騎士団の上位五本の指に入るほどの実力者だ。
 トップのラウルはクローディアと国外、そしてもう何年も騎士団のナンバー2に君臨するバルトロは国王陛下の護衛。
 そして、次に腕の立つ者は北の砦に行っている。
 今回のフィルガルドのイドレ国行きには、国内の護衛をバルトロが務め、国境からはレガードに担当するように騎士団長カイルが采配を振るった。
 フィルガルドはイドレ国皇帝からの返事が来てから出発することになるので、出発はあと数週間先だ。つまり、レガードは医師の許可が出てもすぐにクローディアを追うことができないのだ。

 そんなレガードを見ながらロニは再び溜息をつくと「じゃあ、カイル団長には伝える、傷が塞がったといえ……無理はするなよ」と言ってガラマ領邸を去ると、クローディアから事前に聞いていた場所に移動した。
 ロニがガラマ領内の高台で待機していると空に大きな球体が見えたと思ったら、その球体を三機の同じような球体が浮かびあがり、南東からきた球体の前に立ちふさがった。

「はは……俺は夢でも見ているのか?! あれに人が乗っているのか?! 凄い時代が来た……人が本当に空を飛べるなんて……」

 ロニは馬に乗ったまま呆然と気球を見上げると、馬を走らせた。

「空の警備……急いで団長に知らせる必要がある!!」







 イドレ国が気球を使って諜報活動を行っていたこと暴いた次の日の夕暮れ時。
 私はブラッドとダラパイス国の王太子ガイウスとサフィールと同じ馬車に乗っていた。

「ディア、少し冷えてきたひざ掛けをもう一枚どうだ?」

 すでに私の膝にはひざ掛けがかけてあった。それもサフィールが用意してくれていたものだ。寒くも暑くもないので、かけてもかけなくてどっちでもいい。だから断る理由もないので、私はサフィールの提案を受け入れた。

「お気遣い感謝いたします」

 私が笑顔で答えるとサフィールは「……まだあるから必要なら遠慮なく言ってくれ」と言った。

 一体何枚用意しているのだろうか?
 最近、サフィールの過保護ぶりが加速している気がするのだが、気のせいだろうか?

 そんなことを思っていると、私たちを見ていたガイウスが唖然としながら口を開いた。

「ど、どうしたというのだ、サフィール……?! お前、実は溺愛体質だったのか?! その目尻の下がり切った顔は普段とは違い過ぎて、恐怖さえ感じる……」

 ガイウスの言葉にサフィールは先程までの優しい笑顔を消しながら言った。

「殿下、親しき中にも礼儀ありというお言葉をご存知ですか?」
「うん、いつものサフィールだな」

 ガイウスが安心して胸を撫でおろした時、馬車の御者席からディノの声が聞こえた。

「そろそろ到着いたします」

 そして、私たちは目的地に着いたのだった。





「噂には聞いていたが……本当に室内にこれほど大きな噴水があったのだな……」

 ブラッドが噴水を上から見下ろしながら言った。

 そう――私たちは再び、大噴水に来ていた。
 しかも今回は前回いなかったブラッドとガルドとヒューゴ、王太子ガイウスも一緒だった。
 さらに今日は前回来た時よりも日が落ちていたので少しだけ暗かった。

「ヒューゴ、久しぶりね。……しっかり休んでいる?」

 久しぶりに会ったヒューゴの顔はかなり疲れた顔をしていた。

「ご心配頂きありがとうございます。休息は取っております。クローディア様と共に大噴水を見れるなんて感激です。しかもこの大噴水は通常、夕刻前には封鎖されるのでこの時間に来ることは私も初めてです。やはりこの時間に入る者がいないので照明設備がなく、少し暗いですね……クローディア様、お足元をお気を付け下さい」

 ヒューゴの言葉に、サフィールが声を上げた。

「ディア、私が手を……」

 サフィールが言葉を発するの同時に、ラウルに「クローディア様、失礼いたします」と抱き上げられていた。
 ラウルは、私を抱き上げたままサフィールやブラッドを見ながら言った。

「ブラッド様は、前回おいでになっていないのでゆっくりとご覧ください。サフィール閣下は、ブラッド様へのご説明をお願いいたします。私たちはクローディア様の安全を第一に考え、先に階段を下りて待っています」

 ラウルがそう言うと、私を見て微笑みながら言った。

「クローディア様、少しだけ我慢して下さいね」

 そんな顔で微笑まれたら、何も言えない。少し恥ずかしいがここはラウルに甘えることにして、私はラウルの胸に身体を預けた。

「お願いね、ラウル」
「はい」

 ラウルが歩き出すと、アドラーやリリアも慌ててついてきた。
 サフィールは困惑した顔をした後に、ブラッドを見ながら言った。

「ブラッド殿。この噴水には側面に絵が描かれているが、下にその絵を再現したものがあるので、取り急ぎディアを追って下に向かおう!! ディア、待て、私も行く」

 慌てて下へ向かったサフィールを見て王太子ガイウスが溜息を付いた後に、ブラッドを見ながら言った。

「悪いな……私が説明しようか?」

 ブラッドは無表情に答えた。

「いえ、今はクローディア殿を追います」

 ガイウスは困ったように「そうか、それがいいだろうな」と答えた。こうして、ブラッドたちもすぐに下まで降りたのだった。





 下に到着すると、私はラウルの腕の中から出た。足をついたとほとんど同時にアドラーが私の手を取った。

「クローディア様、お手を失礼いたします」

 夜ということもあるが、ラウルもアドラーも少しだけいつもと違うように感じた。やはり夜の、しかもこのような場所の警備はかなり心配なのだろう。私は大人しく二人に従うことにした。
 そして、早足で階段を下りてきたブラッドを見ながら言った。

「ブラッド、これが大噴水よ」

 ブラッドは私の側まで歩いてくると、噴水を見上げた。

「なるほど……小さな窓から月の光が入り、星空を見ているような錯覚に陥るな」

 ブラッドは私がここに来て始めに想ったことを口にした。

「うん……私もここに初めて来てそう思った。奥には噴水に描かれていた絵を再現したものが飾られているの」

 ブラッドは顔を私に向けて「では見に行こう」と言ったのだった。
 
 それから私たちは、絵を見たり、噴水を見たりしてしばらく過ごした。
 するとサフィールが懐中時計を見ながら声を上げた。

「ディア。そろそろディアの指示した時間だ」

 私はみんなを見ながら頷いて噴水のすぐに近くに向かった。
 噴水に向かい上を見上げると、月の光が窓から入って来て、噴水中央を明るく照らしていた。
 幻想的な光景に目を細めた後に、私は噴水を覗き込んだ。
 
 噴水の水が止まり、噴水からどんどん水が失われていく。

 そう、私は月が高くなった時に、噴水の水を抜くようにお願いしたのだ。
 今日は丁度満月で、月の光がいつもよりも明るいので、噴水の中もキレイに見えた。

「なんだ……これは?」

 ガイウスが噴水にかじりつきながら声を上げた。

「絵が浮かび上がって来た……」 

 ディノも呆然としながら噴水の中から浮かび上がってきた絵を見つめた。

 ――水を抜いた大噴水の中から一枚の大きな絵が浮かび上がったのだ。

「さっきまで何も見えなかったのに!! これはどういうことだ?!」

 サフィールが私を見ながら必死な顔で尋ねた。
 私は浮かんで来た絵を見ながら呟いた。

「やっぱり……」

 そう、この噴水はガラスの特性である全反射を利用して絵が隠す仕掛けがあったのだ。
 コップの下にコインを入れてコップに水を入れるとコインが消えるという中学で習った光の反射実験の応用だ。
 ここはガラスの国……どうやら職人によって高度に計算されて、隠されていたようだった。

 この噴水内部には二種類のガラスが使われているのがずっと気になっていた。前回、少しだけ暗くなった時、ガラスの内部が光った気がして、月の光に反応するのかと思った。だが、それだけでは何も変わらなかったので、さらなる仕掛けがあると思ったのだった。
 
「答えはずっとここにあったのか……」

 ヒューゴが愕然としながら呟いたのが印象的だったのだった。


 







――――――――――――






次回更新は5月7日(火)です☆

大変申し訳ございません。
5月4日はお休みさせて頂きます。
m( _ _)m

体調不良という理由ではなく、
命の洗濯(いい表現ですよね~~)
ですので心配しないで下さいね。
また、7日にお会いできることを楽しみにしています♪

( ´,,•ω•,,)_旦~~

 




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