207 / 218
第四章 お飾りの正妃、郷愁の地にて
184 4ヵ国共同戦線イドレ国牽制作戦(2)
しおりを挟むクローディアたちがダラパイス国のリーリア領とガラマ領の間の丘で、イドレ国のドルフとイーダを包囲していた頃。
スカーピリナ国の国境付近では、レオンとランヴェルトが戦場の中央の野外に簡素な椅子とテーブルだけ置いて交渉場を用意し対峙していた。
停戦の話をしたいと言ってレオンがこの場所にイドレ国の総監を呼び出したのだ。すると、ランヴェルトが話合いの場に現れた。
「スカーピリナ国の王、貴殿が停戦など……それほどまでにスカーピリナ国内は混乱しているのか?」
ランヴェルトが強気な態度でレオンを見ながら挑発した。
レオンは、ブラッドから『ランヴェルトは相手を動揺させて弱みを見つけようとする』という話を聞いていたので、あえてランヴェルトに弱みを見せるように答えた。
「さぁな、とにかく座れよ。おまえの顔よりも見たい顔が他にある。すぐに終わらせたい」
するとランヴェルトが眉を寄せながら椅子に座った。
「『生涯妻を娶ることはない』という貴殿が見たい顔があるだと? 王になると大変だな……女性嫌いの人間が妻を持たされることになるとは……ああ、女性嫌いではなく女性が恐怖の対象だったか……」
レオンは片眉を上げながら答えた。
「へぇ~~そんな信憑性もない噂を……知っているのか……」
ランヴェルトが眉を寄せながら呟いた。
「噂か……」
ランヴェルトが言ったことはスカーピリナ国内ではほとんど知られていない。もちろん噂などになるはずがない。
だが、一部の人の間では、レオンにとって女性が恐怖に対象だということは知られていた。
つまり今の発言で、ランヴェルトは、スカーピリナ国内の中枢部に間者が紛れ込んでいるとほのめかしたのだ。
レオンも、これが動揺を誘う作戦だとはわかっていても、中枢部に間者が紛れ混んでいたことに内心はかなり動揺していたがそれを表情には出さずに言った。
「まさか俺と個人的な話をするために来たわけではないだろう? レイヴィン説明を」
レオンは、ランヴェルトとの話を切り上げ本題に入ることにした。
「それでは、私からご説明します」
それからレイヴィンがランヴェルトに向かって今回の停戦について説明した。
説明を聞いたランヴェルトがゆっくりと口を開いた。
「……なるほど、そちらは鉱山の採掘を取りやめ、この熱泉に危害を加えるようなことはしないから兵を引き揚げろと言いたいのか? つまり、そちらは我々がたかが熱泉のためだけにそちらの国を攻めたと考えていると……」
ランヴェルトが目を細めて、レオンを見据えながら言った。
クローディアから、『イドレ国の目的は、以前レオンが話をしていた熱泉かもしれない』という手紙を貰った。
レオンが急いで調べてみると、スカーピリナ国でこの地域を治める領主が新たな事業として鉱山の採掘に乗り出そうとしていた。恐らくイドレ国はこの情報を手に入れ、牽制もしくは、この熱泉の場所だけでも奪うつもりでいたのだろう。この地域の領主が鉱山の採掘をしようとしていたのは、レオンは知らなかったが、レオンの兄は知っていた。
現在この熱泉はスカーピリナ国内から、イドレ国内にまたがって流れていた。
だが、誰もがこのような熱泉が戦の引き金になるなど考えもしなかった。
ランヴェルトは気球の存在を知られたくないのか、熱泉から話を逸らそうとしていたが、レオンは、ランヴェルトのそんな態度を見て、口角を上げながら言った。
「たかがねぇ~~。そちらのこれまでの勝因のほとんどが情報を制したことにある。つまりそちらの武器は――情報」
レオンの言葉に、ランヴェルトは表情を崩さぬまま低い声で問いかけた。
「スカピリーナ国王よ……何が言いたい?」
レオンは、ニヤリと笑うと、片手を上げた。
そしてレイヴィンが「御意」と答えて、のろしを上げた。
その後、空に大きな球体がゆっくりと浮かび上がったのだ。
そう――クローディアはレオンにも気球を送っていたのだ。
レオンとレイヴィンは、ブラッドからの手紙に書かれた気球の説明文を読みながら気球を作り、今回の停戦の切り札にした。
現在、スカーピリナ国内は、かなり緊張状態になっている。
こんな不安定な状況で攻め込まれるのは、スカーピリナ国にとって最も避けたいことだった。
もちろん、スカーピリナ国の内情は、イドレ国もわかっていたので今回の進攻を決めたのだろう。
充分な兵力で進攻しているイドレ国にとって、今回の戦は充分に勝機のある。それなのに、戦を停戦させるメリットは本来なら全くない。
だが……。
ランヴェルトは、空に浮かぶ気球を唖然とした表情で見た後に、レオンを鋭い眼光で睨みつけた。
ずっと内心を隠していたランヴェルトが初めて見せた動揺の表情に、レオンはニヤリと笑いながら言った。
「そちらの国に空を飛ぶ乗り物があったなんてな……。まさか空から侵入していたなんて……盲点だった。通りで易々と警備を突破されるはずだ。ああ、そちらの気球は今頃、ダラパイス国なのだろう?」
レオンの言葉にランヴェルトは立ち上がり、座っているレオンを上から睨みつけた。
「なるほど……そういうことか……。そちらが鉱山の採掘を止め、熱泉を保全するというのなら、攻める理由はない。今回は……兵をひく」
ランヴェルトは颯爽とレオンとの交渉の場から去って行った。
レオンは、椅子に深く腰かけると、空に浮かぶ球体を見上げながら呟いた。
「人が空を飛ぶのか……やはりあきらめるのは最後の最後だな……」
レオンの呟きを聞いたレイヴィンがレオンの後ろから声をかけた。
「イドレ国の撤退を確認したら、戻られますか?」
レオンは、座ったまま顔だけをレイヴィンに向けながら言った。
「当然だ。……早く、クローディアの顔が見たい」
レイヴィンが少しだけ笑いながら答えた。
「そうですね」
こうしてスカーピリナ国国境付近の争いは、クローディアの策で無血停戦を迎えたのだった。
◆
クローディアたちがイドレ国の気球を三機の気球で囲い込んでいた頃。
ガラマ領付近にベルン国王太子アンドリューと宰相ジルベルトと騎士団長ネイの姿があった。
「あれが空飛ぶ乗り物か……」
アンドリューが気球を見ながら呟いた。ジルベルトも空を見上げながら言った。
「本当にイドレ国は空から情報を集めていたのか……いくら警備しても突破されていた原因はこれですか」
唖然とする二人に向かってネイが真っすぐに気球を見据えながら言った。
「ですが、これで我々も対策が打てます。風の吹く方向に見張り台。そして、こちらも侵入者撃退用の気球の用意をお願いいたします」
アンドリューが頷きながら言った。
「ああ。恐らくスカーピリナ国の戦も終わり、レオン陛下のお披露目式が開かれるだろう。その時にクローディア様にお会いできるだろうから、話をしてみよう。個人的に話ができる機会を持てると良いのだが……」
アンドリューは杖に頼らずとも自分の足で歩き、日常生活を送れるまでに回復していたので、スカーピリナ国のレオンのお披露目に出席するつもりでいたのだ。
ネイが楽しそうに言った。
「クローディア様のお話をされる時のアンドリュー殿下は本当に嬉しそうですね。お身体も随分と回復していますし……クローディアにお会いするのが楽しみですね」
「そうだな……ネイ、護衛を頼むぞ。ジルベルトも補佐を頼む」
アンドリューの言葉に、ネイと、ジルベルトは「御意」と答えたのだった。
――――――――――――
次回更新は4月30日(火)です♪
応援ありがとうございます!
2,115
お気に入りに追加
9,137
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる