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第四章 現在工事中です。ご迷惑おかけしております

180 チームクローディア始動(3)

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「……くしゅん」

 フィルガルドのくしゃみで、クリスフォードが声を上げた。

「フィルガルド殿下、もしかして冷えますか? 火を入れましょうか?」

 フィルガルドは執務机から立ち上がると困ったように言った。

「いや、必要ない。ところでイドレ国行きの件、クローディアに任命書を送るのだろう? 私もクローディアに手紙を書いたので共に届けるように手配してくれ」

 フィルガルドの言葉にクリスフォードは「はい」と答えてると執務室を出た。

 クリスフォードが部屋を出て一人になった執務室でフィルガルドは、ヴァイオリンを手にするとテラスに出て空を見上げた。
 空は青く広く、どこまでも続いているように思えた。
 フィルガルドは青い空を見上げながら呟いた。

「クローディア、あなたのことは私が必ず守ります」

 フィルガルドの言葉は青い空に溶けていった。その後王宮にはフィルガルドの奏でる少し切なげで上質な音色が響き渡ったのだった。





「んくしゅ……」

 ドレス工房を出た私たちはその後、ガラス工房に到着していた。
 馬車を降りた瞬間、私は柔らかな風に頬を撫でられたと思ったらくしゃみが出た。

「クローディア様、大丈夫ですか?」

 ラウルがすぐさま私に声をかけてくれた。そしてアドラーはすかさず私の肩にショールをかけてくれた。

「ありがとうアドラー、ラウル。大丈夫よ。さぁ、行きましょう」
「クローディア様、こちらです」

 私はディノに案内されてガラス工房の中に入ったのだった。





 
 ガラス工房の職人たちは、ドレス工房の職人よりも協力的だった。
 その理由は、こちらもまた驚くべきことだった。
 サフィールは、クローディアがガラス細工が好きだという理由で、ダラパイス国の職人をハイマ国に派遣していた。
 そのためガラス職人同士の繋がりが深く、さらに父や兄がガラス細工をイゼレル侯爵領の特産にしようと職人を手厚く保護していたおかげで、ガラス職人の中では待遇のいいハイマに行きたいという人も多いようだ。そのため今回の作戦で使う道具は、ガラス工房の職人の多くが『ぜひ協力したい』と言ってくれて、6つの工房で協力して作ってくれることになった。
 本当に人生何がどう転ぶのかわからない。

 ガラス工房を出て馬車に乗ると、アドラーが嬉しそうに言った。

「クローディア様、ガラス職人の方々も協力してくれて、よかったですね」

 私は笑顔で頷いた。

「ええ。本当に有難いわ」

 そして馬車が走りだそうとした時だった。私の耳に軽やかに鳴り響く鐘の音が聞こえた。何かの警鐘かもしれないと不安になって思わず声を出した。

「何?」

 ディノは、私を安心させるように穏やかな口調で説明してくれた。

「この鐘は夕刻を告げる時の鐘です。この近くには市場があり、そこに両手を広げたくらいの大きさの鐘があります。この鐘で子どもたちは家に帰りますし、店もそろそろ閉まるということを意味しています。もう一度鐘がなると、店は全て閉まりますので、今頃市場は大変混雑しているはずですよ」

 まだ十分に陽が高いように思えたので夕刻の合図だと気づかなった。しかも私はこの時間はほとんど王宮にいる。王宮はここから少し離れているからか、この鐘の音は聞いたことがなかった。

「そうなの……初めて聞いたわ」

 私がぼんやりと鐘の音が聞こえた方を見ているとディノが嬉しそうに言った。

「実は……サフィール閣下が陛下から夕刻の鐘の音の後なら、大噴水広場を閉鎖しても構わないとの許可を頂いています。クローディア様、大噴水を見に行かれますか?」

 私は目を大きく開けて、ディノを見た。

 それってもしかして……観光できるってこと?

 驚く私より早くラウルが口を開いた。

「ディノフィールズ殿。それはクローディア様がダラパイス国の王都の観光をしても問題ないという意味ですか?」

 ラウルの問いかけにディノは困ったように答えた。

「王都の観光というのはさすがに難しいのですが、大噴水は外国から要人をお迎えした時などは夕刻の鐘の後は民も家路につき人も少なくなるので、広場を封鎖してのんびりと観光をして頂くことが出来ます。今日はサフィール閣下の計らいで今から行けば、恐らく広場は封鎖してあり、もちろん警備も万全でゆっくり観光して頂けますが……いかがされますか?」

 観光が出来る?!

 私は嬉しくて、すぐにアドラーとラウルを見上げた。
 するとアドラーとラウルはお互いの顔を見合わせた後に、アドラーが答えてくれた。

「クローディア様、移動中は私の手を取って下さるというのであれば、お連れ致します」

 私は嬉しくてすぐに頷いた。

「お願いします!! ぜひ行きたいわ」

 そして私は観光に行けることになったのだった。







 クローディアたちが、職人に協力を呼びかけていた頃。
 ダブラーン国のとある村の近くに、後に『ハイマの大天使の慈悲』と呼ばれる白い水の壁が何重にも出現していた。

「なんだ……あれは……」
「水の壁?」

 ダブラーン国の民は、船上で大地に悠然とそびえ立つ水の壁を、まるで夢を見ているかのような心持ちで見ていた。
 以前シーズルを救った空高く舞い上がる白い水の壁よりもさらに大掛かりな水の壁は、今度はダブラーン国に出現し、またしても多くの人々の暮らしを守っていた。
 そして……この水の壁出現には、元ロウエル公爵が絡んでいたのだ。

 元ロウエル公爵が、物資補給のために立ち寄ったダブラーン国南部の街の近くで、砂漠からの熱波が原因だと思われる火事が起こった。消火のすべを持たない村人は火事が起こると人々は村を捨てて川の向こうまで逃げるしかない。
 そのことを聞いた元ロウエル公爵は、ダブラーン国の民を助けるために、クイーンイザベラ号で火に飲まれそうな海沿いの村に向かい村人を船に避難させたあと、火が村に到達するまでの数時間を利用し準備をして、クローディアが以前シーズルスで使った水の壁を、村人の力を借りて大規模に実施したのだ。
 数ヵ所に段階的に設置し、水も川から直接引いため水量も充分。
 咄嗟に思いついて準備に数分しか猶予のなかったクローディアとは違い、元ロウエル公爵は充分に仕掛けを用意する時間もあったし、一度仕掛けを作ったことのある乗組員が大勢いた。さらにシーズルスでの問題点を改善して以前よりもより強固な水の壁になり、村や畑を守れるほどの威力のある水の壁が完成した。

 元ロウエル公爵は、ハイマ国の公爵としてハイマやロウエル公爵領に降りかかる無理難題を次々に対処してきた過去がある。そもそもエルガルドがこれほど民に名君だと言われ慕われる影には、レナン公爵家の知性と、前ロウエル公爵と、元ロウエル公爵の行動力があったのだ。
 その彼が、クローディアの策を応用して今度は火の矢ではなく火事から村を救ったのだ。

「はは……。本当にあの方は素晴らしいな……」

 元ロウエル公爵は、守られた村を見ながら小さく呟いた。
 そしてクイーンイザベラ号の船内では、村を守られて歓喜する村人の声が響いていたのだった。




 

 ガラス工房を出た私は、アドラーとラウルとディノと共に馬車で大噴水に向かった。

「ディア!! 待っていたぞ」

 馬車に乗って、数分。目的に到着して私が馬車を降りると、サフィールとジーニアスとリリアが待っていた。
 ジーニアスとリリアは、今日は一日サフィールと共に今回の作戦に必要な物の準備をしてくれていた。
 私はサフィールの前に立つと笑顔でお礼を言った。

「サフィール様、まさか観光ができるなんて夢みたいです! ありがとうございます」 

 サフィールは私から視線を逸らしながら言った。

「いや……折角、ダラパイス国の王都に来たのだ。せめて大噴水くらいは見てほしくてな」

 ディノが言っていた通り、サフィールの後ろには背の高い可動式の木柵で仕切られて、柵の前には大公家の私兵が等間隔で並んでいる。

 これ観光って雰囲気じゃないよね……。

 物々しい雰囲気に戸惑っていると、ディノが「柵の中に入れば気にならなくなりますよ」と言った。
 私が隣に立つアドラーを見上げると、アドラーが微笑みながら腕を差し出してくれたので、私はアドラーの腕に手を伸ばした。

「それじゃあ、行きましょうか」

 こうしてみんなと一緒に柵の中に入った。
 柵の中に入ると、大きな階段が見えた。ビルの三階分くらいで百段近くはあるのではないだろうか。そして階段の隅にはトロッコのようなものが設置してあった。
 
「ディア、我々は階段を使うが、ディアとリリア嬢と護衛のどちらかが動力車を使うといい。三人しか乗れないからな」

 どうやらこの長い階段の上に大噴水があるようだ。

「アドラー。クローディア様とリリア嬢と共に乗れ。私は横を並走する」

 ラウルの提案にアドラーが頷くと、私たちは動力車と呼ばれたトロッコに乗った。トロッコに乗るとディノがトロッコの近くにあった水の流れを変えるための板を動かした。
 するとゆっくりとトロッコが動き出した。どうやら近くに水車があるようで、水車の動力でトロッコを動かしているようだった。この水車の動力を利用した仕掛けはダラパイス国の王都中に見られる。ハイマにはあまり水車を動力することはないので、ここは水の都なのだと実感する。

 トロッコは比較的ゆっくりなので、ラウルやサフィール、ディノやジーニアスもトロッコと一緒に並んで階段を上ってきた。

「ディア、そろそろだ」

 到着した場所を見て私は唖然とした。

「え? ここ?」
 
 ……大噴水ってどこ?

 階段の上には石造りの一般的な住宅ほどの建造物があるだけだった。
 噴水というから水を噴き上げる仕掛けがあるのだろうが、ここには長い階段と大噴水とは思えない建物があるだけだった。

 もしかして、ここからの景色が噴水のように見える……とか、そういうこと??
 
 噴水の影も形もなくて困惑していると、サフィールが迷わず石造りの建物の入り口に立った。
 入口には『許可証』や金額などの書かれた看板がある。本来ならこの中に入るのは許可書や入場料が必要なのかもしれない。今は貸し切りのようで許可証確認口と書かれた看板が奥に片付けてあった。

 もしかして、大噴水ってこの建物の中にあるの??

「ディア。さぁ、こちらへ」
「ええ」

 私はサフィールの言葉に頷くと、建物の中に入ったのだった。

 






――――――――――――



次回更新は4月18日(木)です♪


 
 
 
 


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