上 下
154 / 293
第四章 現在工事中です。ご迷惑おかけしております

171 大公邸にて(1)

しおりを挟む


 その日の夜。
 ブラッドやガルド、ラウルやジーニアス、アドラーやリリアと私の部屋に集まって情報を共有していた。

「ねぇ、ところでガリモって何?」

 私がみんなに尋ねると、ジーニアスが教えてくれた。 

「ガリモとは、土……泥のことです」

 土、泥?
 しかも王太子妃様が欲しがる土、泥???

 私は首を傾けながら尋ねた。

「クレイパックでもするのかしら?」

 こちらの世界にもクレイパックというものがある。もしかして、美容のために土を入手したいと思ったのだろか?
 そう思って尋ねると、ジーニアスが申し訳無さそうに言った。

「いえ、ガリモは乾燥剤として有名な土です。恐らく、薬草を乾燥させて保管するのに使うのだと思います」

 土が乾燥剤?
 ダラパイス国は薬学の先進国でもある。なるほど、薬草を保管するために乾燥剤が必要らしい。
 ようやく理解すると、アドラーが私を見ながら言った。

「クローディア様。ここダラパイス国は海がありません。そのためダラパイス国は、薬と引き換えに塩を輸入しております。ですので品質を保持したまま薬草を輸出するために、ガリモを使った乾燥剤は欠かせない存在なのです」

 塩?!

 私は急いで頭の中の世界地図を思い出した。確かにダラパイス国は海に面していない。つまり、自国で生命維持に不可欠な塩が生成できないのだ。

「では、ヴェロニカ様はその乾燥剤になるクレイのためにイドレ国との取引に応じたのね……」

 私の言葉にラウルが深く頷きながら言った。

「なるほど……イドレ国というのは、個人の利益だけではなく、国益に関する内容を取引として利用することもあるのか……」

 ラウルの言葉に皆が静まり返った。ベルン国の元王太子妃は恐らくイドレ国皇帝夫人になって贅沢な暮らしを約束するという個人の利益に目が眩んだのだろう。だが、それだけでなく国のために必要な取引が用意されているようだった。

「でも待って、イドレ国からガリモの輸入許可書を貰っているってことは、ダラパイス国はイドレ国と繋がりがあるってことよね? この国がどんな風にイドレ国と関わっているのか、調べた方がいいわよね? 裏切られる可能性あるから……」

 まさか私の身内で同盟国のダラパイス国が、獅子身中の虫なんて笑えない!!

 私の言葉にブラッドが深く頷いた。
 
「……その件に関しては調査済みだ。現在のところダラパイス国は正当な価格でガリモの輸入をしているだけだ。だが……ベルン国が独立して、秘密裏に貿易をしていたルートが遮断されたので……今後はわからないな……」

 どうやらブラッドは、このことを知っていたようだった。抜け目ないさすがだ。

 だがこれでようやく疑問が解けた。

 私はずっと不思議だった。
 これだけベルン国と密接で、国民同士の繋がりも深く、ベルン国が失われた時も移民も無条件に受け入れ、ベルン国の王族や騎士団まで匿っていたダラパイス国が、これまでベルン国奪還に消極的なのはなぜだろうと思っていた。
 
 それは……この秘密裏に行っていた貿易のためだったのだ。つまりダラパイス国には隣国がイドレ国ということは、メリットもデメリットもあったのだ。
 一方的にイドレ国の脅威に晒されているハイマや、スカーピリナ国とは違い、ダラパイス国は自国をイドレ国から侵略される危険がある一方で、必要なものは『噂をバラまく』という簡単な取引で、輸入していたのだ。

「私もみんなに守られていなかったら……なんらかの取引きを持ちかけられた可能性があるのかな……?」

 シーズル領に行く途中、私は多くの刺客に狙われた。もしかしたら、あれは私ではなく王妃様だと思って狙っていた可能性もあるが、どちらにしても狙われていたのだ。
 私の言葉にアドラーが眉を寄せながら言った。

「そうかもしれません」

 みんなが静まりかえっていると、ラウルが呟いた。

「取引内容に違いがあるのはわかりましたが、噂の内容までイドレ国の指示だったのは意外ですね。イドレ国の指示ということは、あの場所を王太子妃が知らずに、イドレ国の人間が知っていた……ということでしょう? あの場所を他国の人間が偶然見つけることなどできるでしょうか? イドレ国の諜報員はかなり優秀……ということは確かですね」

 ブラッドがラウルの言葉の後に言った。

「ああ、私もそれが気になっていた。てっきり、噂の内容はダラパイス国の王太子妃が考えたと思っていたからな。優秀か……あの場所を見つけたということをという言葉で片付けるのは危険だとも思うが……あのような切立った崖に囲まれた場所を見つけるというのも考えにくいからな……」
 
 皆、ブラッドの言葉の後は何も言えなくなってしまった。

 確かに優秀な諜報員といえども、領主のダンテのような地元の人間でさえ知らないような場所を見つけることなどできるのだろうか?

 結局、私たちはそれぞれの明日からの動きを確認して解散することになった。
 みんなが私に「おやすみなさい」とあいさつをして部屋を出て行く。そして最後に出て行こうとしたブラッドと目が合った。

「ねぇ、ブラッド」

 ブラッドは、『なんだ?』という瞳で私を見ていた。
 私はなぜブラッドに話かけたのか、自分でもよくわからなくて咄嗟に口を開いた。

「おやすみ……」

 ブラッドは私を見て目を細めた後に美しく笑った。

「ああ、よい夢を……」

 そして片手を上げて私の頬に触れそうなほど手を近づけた。もう少しでブラッドの手が私の頬に触れそうなところで、ブラッドは突然目を大きく開けた後にすぐに手を引いた。

 今の……何?

 思わずブラッドを見つめるとブラッドが私から目を逸らしながら言った。

「おやすみ……」

 ブラッドはそう言うと足早に部屋を出て行った。
 私はブラッドが出て行った扉に手を当てて、しばらく立ち尽くしていた。






 部屋を出たブラッドは、扉に背を預けて動けずにいた。
 
 今、自分はクローディアに何をしようとした?
 
 ブラッドは――ずっと考えないようにしていた。だが、ダラパイス国王がクローディアの前で『伴侶』と言葉にしたせいで確実に感情が乱されるの感じていた。

 クローディアはフィルガルドの妻だ。彼女は離婚する気でいるが、まだ離婚してはいない。

 さらに想定外だったのは、フィルガルドがクローディアとの離婚を拒んでいるように見えることだ。てっきり、誠実なフィルガルドは二人も妻を持つことに罪悪感を持ち、クローディアが離婚したいと言えば、喜んで応じると思っていた。
 だが……。
 フィルガルドは、側妃を迎えることで、クローディアの想いが自分から離れるということを全く理解していなかった。ただ王としての選択して、自分の感情など全く考えてもいなかったのだ。

 クローディアから手を離されて、ようやくフィルガルドは『王』ではない自分の感情と向き合ったのだ。
 
 ブラッドはクローディアの部屋の扉に背中を預けたまま深く息を吐いた。
 そしてその時、クローディアもまた扉に手を置き、深く呼吸をしていたのだった。
 扉は重く閉ざされていたので、二人の距離は近かったがお互いの存在や、体温を感じることはなかったのだった。







 クローディアが扉の前で動けずにいた頃。
 ガラマ領邸のレガードが療養している部屋に、ノックの音が響いた。レガードが入室を許す声を上げると、レガードを担当する医師が入って来た。

「こんばんは、レガードさん。今日は遅くなって申し訳ありません。おや? お勉強ですか?」

 レガードが本を閉じて、ペンを置くと少し困った顔で言った。

「恥ずかしながら、私はこれまで騎士としての一般教養と騎士になるために必要な訓練しかしていませんでした。ですが……今後クローディアのお供をするなら、ハイマ国以外の言語も話せるようになりたいと思ったのです。言葉がわからないと何かと不便ですので……」

 レガードは身体が動かせない間必死で、語学を学んでいたのだった。医師はレガードの包帯を取り傷口を確認しながら言った。

「それは素晴らしいですね……そういうことならお手伝いできるかもしれません」

 医師の言葉にレガードが顔を上げた。

「本当ですか?! 痛っ」

 医師は薬を塗り包帯を巻きなおしながら答えた。

「ああ、無理はしないでください」

 そして、包帯を巻きなおした後に言った。

「ここはハイマ、ベルン、スカーピリナ、ヌーダと4国に取り囲まれていますので、この国の多くの者は、読み書きは出来なくとも、複数の言葉を話せます。また、ダラパイス国には言葉を習得するための方法も確立しています」

 実は四方を他国に囲まれているダラパイス国には複数の言語を習得する方法が民に広く伝わっている。貴族は周辺諸国の言葉の読み書きまでできるようになるが、平民でも会話はできるようになる。実は、クローディアの母もダラパイス国出身だったのでイゼレル侯爵家のカインや、クローディアもこの方法で語学を習得したのだ。
 レガードは医師を見ながら真剣な顔で頭を下げた。

「どうか私に語学を教えて頂けませんか?」

 医師が驚いた顔で言った。

「ハイマ国の貴族籍を持つ騎士様が、私のような平民に頭を下げるのですか?」

 レガードは顔を上げて真剣な顔で言った。

「教えを乞うのに身分など関係ありません。どうか、お願いいたします。私はクローディア様をお助けしたいのです」

 真剣な顔のレガードに医師が微笑みながら言った。

「……わかりました。お教えいたします」

 レガードはまたしても頭を下げた。

「ありがとうございます!!」

 こうしてレガードの数か国語同時に習得するという過酷な語学訓練が始まったのだった。





「クローディア様とご一緒に馬車に乗るのは新鮮ですね……」

 ダラパイス王都到着3日目。
 私は大公家に行くためにラウルとアドラーと一緒に馬車に乗っていると、ラウルが嬉しそうに言った。

「ええ。そうですね」

 アドラーも大きく頷いた。
 確かにいつもは、ラウルやアドラーは馬車ではなく馬での移動なので、同じ馬車に乗ることはほとんどない。

「本当にそうね!! ふふふ、ラウルとアドラーと一緒に馬車に乗るのも楽しい」

 普段とは違って私も楽しくなった。するとラウルも楽しそうに言った。

「何かあると、ブラッド様がクローディア様を抱き上げるでしょう? 今日は私がそれをします!!」
「いえ、ラウルは何かあったら外の様子を見て下さい。なんのためにドア側に座っていると思っているのですか?! 私がクローディアを抱き上げます!」

 アドラーがすぐに言葉を発してラウルが目を大きく開けた。

「ドア側……そうか……それでアドラー、私を押しのけて先に乗ったのか……確かにブラッド様は窓側、ジーニアス殿がドア側だ……アドラー、帰りは私が窓側だ!!」
「いえ、窓側は側近の私です!!」

 どうしよう……。
 なんだかラウルとアドラーが修学旅行のバスの席をめぐって争う小学生と同じ内容で争っている。どちらが窓側に座るのか……馬車でも同じ争いが起こるようだった。
 
 一応ドア側にも窓はついているが……。

 二人の微笑ましい言い争いを聞いているうちに、馬車は大公邸に到着した。
 綺麗に整備された道。
 城から大公邸までほんの数分。
 景色をのんびりと堪能する暇もないほど早く到着した。

「着いたみたいね」

 御者からの大公家到着の報告を聞くと、二人は力なく「早かったですね……」と答えたのだった。
 私は二人に抱き上げられるような危険なこともなく、無事に大公邸に到着したのだった。






――――――――――――

 
次回更新は3月28日(木)です☆
 





しおりを挟む
感想 824

あなたにおすすめの小説

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

モブなので思いっきり場外で暴れてみました

雪那 由多
恋愛
やっと卒業だと言うのに婚約破棄だとかそう言うのはもっと人の目のないところでお三方だけでやってくださいませ。 そしてよろしければ私を巻き来ないようにご注意くださいませ。 一応自衛はさせていただきますが悪しからず? そんなささやかな防衛をして何か問題ありましょうか? ※衝動的に書いたのであげてみました四話完結です。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。