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第四章 現在工事中です。ご迷惑おかけしております
171 大公邸にて(1)
しおりを挟むその日の夜。
ブラッドやガルド、ラウルやジーニアス、アドラーやリリアと私の部屋に集まって情報を共有していた。
「ねぇ、ところでガリモって何?」
私がみんなに尋ねると、ジーニアスが教えてくれた。
「ガリモとは、土……泥のことです」
土、泥?
しかも王太子妃様が欲しがる土、泥???
私は首を傾けながら尋ねた。
「クレイパックでもするのかしら?」
こちらの世界にもクレイパックというものがある。もしかして、美容のために土を入手したいと思ったのだろか?
そう思って尋ねると、ジーニアスが申し訳無さそうに言った。
「いえ、ガリモは乾燥剤として有名な土です。恐らく、薬草を乾燥させて保管するのに使うのだと思います」
土が乾燥剤?
ダラパイス国は薬学の先進国でもある。なるほど、薬草を保管するために乾燥剤が必要らしい。
ようやく理解すると、アドラーが私を見ながら言った。
「クローディア様。ここダラパイス国は海がありません。そのためダラパイス国は、薬と引き換えに塩を輸入しております。ですので品質を保持したまま薬草を輸出するために、ガリモを使った乾燥剤は欠かせない存在なのです」
塩?!
私は急いで頭の中の世界地図を思い出した。確かにダラパイス国は海に面していない。つまり、自国で生命維持に不可欠な塩が生成できないのだ。
「では、ヴェロニカ様はその乾燥剤になるクレイのためにイドレ国との取引に応じたのね……」
私の言葉にラウルが深く頷きながら言った。
「なるほど……イドレ国というのは、個人の利益だけではなく、国益に関する内容を取引として利用することもあるのか……」
ラウルの言葉に皆が静まり返った。ベルン国の元王太子妃は恐らくイドレ国皇帝夫人になって贅沢な暮らしを約束するという個人の利益に目が眩んだのだろう。だが、それだけでなく国のために必要な取引が用意されているようだった。
「でも待って、イドレ国からガリモの輸入許可書を貰っているってことは、ダラパイス国はイドレ国と繋がりがあるってことよね? この国がどんな風にイドレ国と関わっているのか、調べた方がいいわよね? 裏切られる可能性あるから……」
まさか私の身内で同盟国のダラパイス国が、獅子身中の虫なんて笑えない!!
私の言葉にブラッドが深く頷いた。
「……その件に関しては調査済みだ。現在のところダラパイス国は正当な価格でガリモの輸入をしているだけだ。だが……ベルン国が独立して、秘密裏に貿易をしていたルートが遮断されたので……今後はわからないな……」
どうやらブラッドは、このことを知っていたようだった。抜け目ないさすがだ。
だがこれでようやく疑問が解けた。
私はずっと不思議だった。
これだけベルン国と密接で、国民同士の繋がりも深く、ベルン国が失われた時も移民も無条件に受け入れ、ベルン国の王族や騎士団まで匿っていたダラパイス国が、これまでベルン国奪還に消極的なのはなぜだろうと思っていた。
それは……この秘密裏に行っていた貿易のためだったのだ。つまりダラパイス国には隣国がイドレ国ということは、メリットもデメリットもあったのだ。
一方的にイドレ国の脅威に晒されているハイマや、スカーピリナ国とは違い、ダラパイス国は自国をイドレ国から侵略される危険がある一方で、必要なものは『噂をバラまく』という簡単な取引で、輸入していたのだ。
「私もみんなに守られていなかったら……なんらかの取引きを持ちかけられた可能性があるのかな……?」
シーズル領に行く途中、私は多くの刺客に狙われた。もしかしたら、あれは私ではなく王妃様だと思って狙っていた可能性もあるが、どちらにしても狙われていたのだ。
私の言葉にアドラーが眉を寄せながら言った。
「そうかもしれません」
みんなが静まりかえっていると、ラウルが呟いた。
「取引内容に違いがあるのはわかりましたが、噂の内容までイドレ国の指示だったのは意外ですね。イドレ国の指示ということは、あの場所を王太子妃が知らずに、イドレ国の人間が知っていた……ということでしょう? あの場所を他国の人間が偶然見つけることなどできるでしょうか? イドレ国の諜報員はかなり優秀……ということは確かですね」
ブラッドがラウルの言葉の後に言った。
「ああ、私もそれが気になっていた。てっきり、噂の内容はダラパイス国の王太子妃が考えたと思っていたからな。優秀か……あの場所を見つけたということを優秀という言葉で片付けるのは危険だとも思うが……あのような切立った崖に囲まれた場所を偶然見つけるというのも考えにくいからな……」
皆、ブラッドの言葉の後は何も言えなくなってしまった。
確かに優秀な諜報員といえども、領主のダンテのような地元の人間でさえ知らないような場所を見つけることなどできるのだろうか?
結局、私たちはそれぞれの明日からの動きを確認して解散することになった。
みんなが私に「おやすみなさい」とあいさつをして部屋を出て行く。そして最後に出て行こうとしたブラッドと目が合った。
「ねぇ、ブラッド」
ブラッドは、『なんだ?』という瞳で私を見ていた。
私はなぜブラッドに話かけたのか、自分でもよくわからなくて咄嗟に口を開いた。
「おやすみ……」
ブラッドは私を見て目を細めた後に美しく笑った。
「ああ、よい夢を……」
そして片手を上げて私の頬に触れそうなほど手を近づけた。もう少しでブラッドの手が私の頬に触れそうなところで、ブラッドは突然目を大きく開けた後にすぐに手を引いた。
今の……何?
思わずブラッドを見つめるとブラッドが私から目を逸らしながら言った。
「おやすみ……」
ブラッドはそう言うと足早に部屋を出て行った。
私はブラッドが出て行った扉に手を当てて、しばらく立ち尽くしていた。
◆
部屋を出たブラッドは、扉に背を預けて動けずにいた。
今、自分はクローディアに何をしようとした?
ブラッドは――ずっと考えないようにしていた。だが、ダラパイス国王がクローディアの前で『伴侶』と言葉にしたせいで確実に感情が乱されるの感じていた。
クローディアはフィルガルドの妻だ。彼女は離婚する気でいるが、まだ離婚してはいない。
さらに想定外だったのは、フィルガルドがクローディアとの離婚を拒んでいるように見えることだ。てっきり、誠実なフィルガルドは二人も妻を持つことに罪悪感を持ち、クローディアが離婚したいと言えば、喜んで応じると思っていた。
だが……。
フィルガルドは、側妃を迎えることで、クローディアの想いが自分から離れるということを全く理解していなかった。ただ王としての選択して、自分の感情など全く考えてもいなかったのだ。
クローディアから手を離されて、ようやくフィルガルドは『王』ではない自分の感情と向き合ったのだ。
ブラッドはクローディアの部屋の扉に背中を預けたまま深く息を吐いた。
そしてその時、クローディアもまた扉に手を置き、深く呼吸をしていたのだった。
扉は重く閉ざされていたので、二人の距離は近かったがお互いの存在や、体温を感じることはなかったのだった。
◆
クローディアが扉の前で動けずにいた頃。
ガラマ領邸のレガードが療養している部屋に、ノックの音が響いた。レガードが入室を許す声を上げると、レガードを担当する医師が入って来た。
「こんばんは、レガードさん。今日は遅くなって申し訳ありません。おや? お勉強ですか?」
レガードが本を閉じて、ペンを置くと少し困った顔で言った。
「恥ずかしながら、私はこれまで騎士としての一般教養と騎士になるために必要な訓練しかしていませんでした。ですが……今後クローディアのお供をするなら、ハイマ国以外の言語も話せるようになりたいと思ったのです。言葉がわからないと何かと不便ですので……」
レガードは身体が動かせない間必死で、語学を学んでいたのだった。医師はレガードの包帯を取り傷口を確認しながら言った。
「それは素晴らしいですね……そういうことならお手伝いできるかもしれません」
医師の言葉にレガードが顔を上げた。
「本当ですか?! 痛っ」
医師は薬を塗り包帯を巻きなおしながら答えた。
「ああ、無理はしないでください」
そして、包帯を巻きなおした後に言った。
「ここはハイマ、ベルン、スカーピリナ、ヌーダと4国に取り囲まれていますので、この国の多くの者は、読み書きは出来なくとも、複数の言葉を話せます。また、ダラパイス国には言葉を習得するための方法も確立しています」
実は四方を他国に囲まれているダラパイス国には複数の言語を習得する方法が民に広く伝わっている。貴族は周辺諸国の言葉の読み書きまでできるようになるが、平民でも会話はできるようになる。実は、クローディアの母もダラパイス国出身だったのでイゼレル侯爵家のカインや、クローディアもこの方法で語学を習得したのだ。
レガードは医師を見ながら真剣な顔で頭を下げた。
「どうか私に語学を教えて頂けませんか?」
医師が驚いた顔で言った。
「ハイマ国の貴族籍を持つ騎士様が、私のような平民に頭を下げるのですか?」
レガードは顔を上げて真剣な顔で言った。
「教えを乞うのに身分など関係ありません。どうか、お願いいたします。私はクローディア様をお助けしたいのです」
真剣な顔のレガードに医師が微笑みながら言った。
「……わかりました。お教えいたします」
レガードはまたしても頭を下げた。
「ありがとうございます!!」
こうしてレガードの数か国語同時に習得するという過酷な語学訓練が始まったのだった。
◆
「クローディア様とご一緒に馬車に乗るのは新鮮ですね……」
ダラパイス王都到着3日目。
私は大公家に行くためにラウルとアドラーと一緒に馬車に乗っていると、ラウルが嬉しそうに言った。
「ええ。そうですね」
アドラーも大きく頷いた。
確かにいつもは、ラウルやアドラーは馬車ではなく馬での移動なので、同じ馬車に乗ることはほとんどない。
「本当にそうね!! ふふふ、ラウルとアドラーと一緒に馬車に乗るのも楽しい」
普段とは違って私も楽しくなった。するとラウルも楽しそうに言った。
「何かあると、ブラッド様がクローディア様を抱き上げるでしょう? 今日は私がそれをします!!」
「いえ、ラウルは何かあったら外の様子を見て下さい。なんのためにドア側に座っていると思っているのですか?! 私がクローディアを抱き上げます!」
アドラーがすぐに言葉を発してラウルが目を大きく開けた。
「ドア側……そうか……それでアドラー、私を押しのけて先に乗ったのか……確かにブラッド様は窓側、ジーニアス殿がドア側だ……アドラー、帰りは私が窓側だ!!」
「いえ、窓側は側近の私です!!」
どうしよう……。
なんだかラウルとアドラーが修学旅行のバスの席をめぐって争う小学生と同じ内容で争っている。どちらが窓側に座るのか……馬車でも同じ争いが起こるようだった。
一応ドア側にも窓はついているが……。
二人の微笑ましい言い争いを聞いているうちに、馬車は大公邸に到着した。
綺麗に整備された道。
城から大公邸までほんの数分。
景色をのんびりと堪能する暇もないほど早く到着した。
「着いたみたいね」
御者からの大公家到着の報告を聞くと、二人は力なく「早かったですね……」と答えたのだった。
私は二人に抱き上げられるような危険なこともなく、無事に大公邸に到着したのだった。
――――――――――――
次回更新は3月28日(木)です☆
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