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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて
170 十人十色(4)
しおりを挟むヴェロニカ様の持ちかけてきたカード勝負とは、レオンがガラマ領邸の遊戯室で教えてくれたあのカードゲームのことだ。
え?
カードで勝ったら?
負けたら、何も話をしてもらえない?!
私は背中に冷や汗が流れるの感じた。なぜヴェロニカ様はこんなことでカードゲームを持ち出したのだろうか? もしかしてかなり強いのだろうか?
この勝負――受けるべきか、受けざるべきか……。
その時、私の脳裏にレオンの言葉が思い浮かんだ。
――このゲームは常に冷静に、その場、その場で瞬時に相手の手札を予想して、自分の手元のカードで最適な布陣で迎え撃つというのがコツだな。
私は、冷静にヴェロニカ様を観察した。
よく見ると彼女も緊張している……条件は同じだ。
そして、賭けの内容を思い出してみる。
ヴェロニカ様に勝ったら話をしてくれる。
この場合、負けたら何もわからないというリスクはあるが、私に対してペナルティがあるわけではない。負けたらジュース買ってきなさい、というような私の対する不利益はないのだ。
言いたくないことを聞き出す相手に、とても良心的な提案だと思えた。
私はまっすぐに彼女を見ながら答えた。
「ぜひ、お相手させていただきますわ」
私の言葉に、ヴェロニカ様が一瞬、怯んだの感じた。
――無言の圧力。
私が勝負を受けると答えてから重苦しい空気が流れた。
そして、カードの勝負を受けるという返事をして数秒。
ヴェロニカ様は長く息を吐いた後に、少しだけ頬を緩め、私を見ながら言った。
「ふふふ、言い訳もせず、新たな条件もつけずに素直にお受け頂けるとは思いませんでした。あなたとは……色んな意味で、争いたくありませんわ。……わかりました、なんでもお聞きくださいませ」
え?
実際にカードゲームで勝負をつけなくてもいいの??
私がヴェロニカ様の言葉に疑問に思っていると、ヴェロニカ様が楽しそうに言った。
「不思議そうな顔ですね。城に長くいると……言い訳や、正論に見せかけた自己中心的な発言を振りかざし、自分では決断も動くこともできない口先ばかりの方ばかり……私の提案に真正面から飛び込んで来て下さる方など滅多にお目にかかれません。ちなみに他の令嬢にこのように言うと、皆諦めたり、不機嫌になって席を立たれたりしますのよ?」
ヴェロニカ様は目を細めながら私を見ながら言った。
どうやら、カードゲームの結果ではなく、ゲームを受けるかどうかが見極めになっていたようだった。
さすが、長年この王宮という魔窟で戦っていた女性は違う。どうやら私はヴェロニカ様の方法で試されていたようだ。それなら私も遠慮なく聞きたいことを尋ねることにした。
「ではお伺いいたします。イドレ国人間にどんな取引を持ちかけられたのですか? 私は、ヴェロニカ様のお答えを聞いて、イドレ国のことを知りたいと思っております」
実際にイドレ国との取引をした他国の王族に話を聞ける機会など滅多にない。これも私が、ダラパイス国王の孫で、ハイマの王太子妃だったからこそこんな機会に恵まれたのだ。
ヴェロニカ様は、私を見ながら無表情で答えてくれた。
「イドレ国を知る……。わかりました、お話しましょう。私がイドレ国の人間から持ちかけられたのは『ガラマ領主邸の側に火龍最期の地がある』という噂をこの国の社交界に流すこと。その対価はイドレ国皇帝夫人になるか、もしくは……旧ドルン国の『ガリモ』の輸入許可書ですわ。『ガリモ』がどうしても欲しかったというのもありますが……ベルンも滅んでおりましたので、噂を流すくらいでは問題ないと判断しました」
イドレ国皇帝の夫人?
ガリモ??
……ガリモってなに?
咄嗟にアドラーを見たら、アドラーはその謎の正体を知っているようだった。それについては、あとでアドラーに確認することにして私はさらに気になっていたことを尋ねた。
「ヴェロニカ様が、初めから赤い泉を知って噂を流したわけではなく、イドレ国の人間から具体的な噂の内容まで指示されたということで間違いはありませんか?」
ヴェロニカ様は、大きく頷いた後に答えた。
「ええ、それについては、間違いありません。私もイドレ国の者から話を聞くまで、あの地に赤く染まった泉があるとは知りませんでしたもの」
――ヴェロニカ様は、赤い泉の存在を知らなかった?
てっきり、ヴェロニカ様がブラッドたちが見たという赤い温泉の存在を初めから知っていて、ガラマ領を孤立させるために噂を考えたのかと思ったが、まさか噂の内容までイドレ国の人間に指示されていたとは思わなかった。しかも、依頼内容は予想した通り社交界に噂を流すだけ……と、難しいことを要求されていたわけではなかった。
「そうですか、ありがとうございます。ヴェロニカ様……」
私がヴェロニカ様に聞いた内容を脳内で整理していると、ヴェロニカ様が口を開いた。
「クローディア様。ガイウス様にこの国に来るように誘われていらっしゃるでしょう?」
私は、すぐに意識をヴェロニカ様に戻して返事をした。
「え、ええ」
ヴェロニカ様は瞳の中に何か揺らぎを見せながら少し早口で言った。
「実は私は……ハイマに憧れていました。現在のハイマの王は生涯一人の女性を愛すると公言していましたし、私が以前公務でハイマを訪れた時、あなたの夫、ハイマの王太子はあなたを大切にしているように見えました。それを見て私は心底一人の方に愛されるあなたが羨ましいと思いました。ですから、ハイマの王太子が側妃を迎えることになったと、両陛下が嘆いておられた時も、『あれほど大切にされているのだから、側妃一人くらいで大袈裟だ』と思っておりました」
私はとても素直に自分の胸の内を明かしてくれるヴェロニカ様を驚きながら見つめた。ヴェロニカ様は、膝に置いたご自身の手を握りしめながら続きを聞かせてくれた。
「ですが……王族は必ず正妃とは別に二人の側妃を迎えることが決まっているダラパイス国で側妃を迎えることと、側妃を迎える決まりのない国で側妃を迎えた場合の外部からの目が……これほど違うのかと知ってからは考えが変わりました。ただ側妃を迎えただけで『お飾りの王太子妃』など言われてしまう国があるのですね……私としましては、ガイウス様のお身内の方が他国でそのような呼ばれ方をするのは酷く不快ですわ。ですから、願わくばクローディア様には汚名を返上して頂きたいと思っておりますわ」
ヴェロニカ様はガイウスの妻だ。つまり、私の汚名はガイウスの汚名に繋がると考えたようだ。
「クローディア様、側妃など蹴落として下さいませ。ハイマの王太子の正妻は、生涯あなたが務めるべきですし、お世継ぎもあなたが産むべきです。どうか、若気の至りで一時的に感情が傾いただけの小娘から王太子の愛を奪い返して、次期ハイマの王の隣で優雅に笑って下さいませ。ガイウス様と同じ血を引くあなたが他国といえども……王家から去るなど……許し難いことですわ」
私が、フィルガルド殿下の溺愛するエリスから殿下を奪う?!
ヴェロニカ様には……大変申し訳ないが、そんなことは不可能だ。
もう私は、彼に対して罪滅ぼしさえできればいいのだ。
本気で私にフィルガルド殿下をエリスから取り返せというヴェロニカ様を見ながら小さく息を吐いた。
人には色々な立場があり、それぞれの見方がある。
ダラパイス国の王や王妃からしたら、政治的な理由でハイマの王太子妃になった孫娘の私には全てが終わったら、ハイマの公爵家か、ダラパイス国の大公家に嫁いで地位も名誉もあり、生涯不自由ない生活をしてほしいという願いがある。
そして、ダラパイス国の王太子妃からしたら、次期王となる人物の身内が、他国で側妃に負けて王家を去るというのは許せないことなのだろう。
そしてブラッドは……私がもし、離婚後行き場を無くしていたらレナン公爵家に来ることも提案してくれたかもしれない。だが、私がもし……他の誰かと生涯を共にすることになっていたら、何も言わずに黙って送り出してくれた……そんな気がする。きっと私はブラッドに同情はされているかもしれないが、求められては……いない。
人の好意や考えは目に見えない。だから人と人の関係は……難しい。
でも、確かにそれぞれの想いやそれぞれにとっての正解は存在はしていて、それが通じ合えば最高の関係を築ける。だが、通じなければ傷つけ合う関係になってしまう。
それなら……。
私は、私だ。
不透明な他の人間の想いや正解に流されるのは苦しいだけだ。
私がそんなことを考えながら黙っていると、ヴェロニカ様が姿勢を正して微笑んだ。
「……まぁ、王の隣に立つとおっしゃるのなら……次期ハイマの王の隣でなくとも良いとは思いますが……スカーピリナ国王があなたにご執心だという話を小耳にはさんでおりますので」
スカーピリナ国王って……レオン?!
ああ、ただ仕方なく私の護衛を引き受けてくれたレオンまで、なんだかおかしな話に巻き込んでしまってごめんなさい。
私は心の中でレオンに謝罪をして、その後、時間になり私たちは無事にお茶会を終えたのだった。
◆
部屋に入ると、アドラーが私を見ながら真剣な顔で言った。
「クローディア様、汚名を返上することなど、王妃にならずとも、もっと別の方法でも返上することは可能です!! この国の王太子の身内だから……王太子の名誉のために王家を出るな、など!! あの方はクローディア様をなんだと思っているんだ!! クローディア様は……クローディア様は、体裁を整えるだけの人形ではない!!」
珍しく感情を表に出して怒ってくれているアドラーを見て、私は冷静になっていた。
ヴェロニカ様は、幼い頃から王太子の妻になるために育てられてきた女性だ。クローディアとは違って、とても王妃としての素養のある方なのだろう。だからこそ、常に王太子妃として物事を考えているのだろう。もしかしたら、彼女に一般の感覚はないのかもしれない。
そう、――王太子のことだけを常に考える。それが彼女の生きてきた世界で、今後も生きていく世界。
私はアドラーの手を取ってじっとアドラーを見つめながら言った。
「アドラーがそう言ってくれるだけで充分よ。それに今は、やるべきことがあるわ。急いでヴェロニカ様に聞いた内容をまとめましょう」
今の私にとって、アドラーが彼女の発言を怒ってくれたこと、それだけで充分だった。
アドラーは、何か言いたそうな瞳をしたが、その後困った顔をして言った。
「はい」
こうして私は王太子妃から真相を聞き出したのだった。
――――――――――――
次回更新は3月26日(火)です☆
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