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第四章 お飾りの正妃、郷愁の地にて

169 十人十色(3)

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 次の日、私はブラッドと共にダラパイス国王太子が待っているという応接室に案内された。
 応接室で待っていてくれたのは、これまたクローディアの記憶にある男性だった。

「ディア、久しぶりだね~~!! ああ、本当に綺麗になった……結婚式の時は側で見れなかったからな」

 ダラパイス国の王太子は、私の母の弟。つまり私の叔父なのだ。年は二十代後半か、三十代前半だと思うが詳しくはわからない。幼い時はまだ学生だったこともあり『ガイ兄様』と呼んでいたが、今はさすがに不敬だろう。ちなみに王太子のお名前はガイウスだ。昔の私は略して呼んでいたのだ。

「お久しぶりです。王太子殿下」

 私が淑女の礼をすると、王太子が少し悲しそうな顔で言った。

「王太子殿下か……ディアも大きくなったのだね。昔は『ガイお兄ちゃま~~』と呼んでくれたのに……寂しいな……もう呼んでくれないのかい?」

 見るからにがっかりと肩を落とす王太子を見て私は胸が痛んだが、私も今はハイマ国の王太子妃なので迂闊なことはできない。

「はい……申し訳ございません……」

 私が頭を下げると、王太子があきらめられないというように言った。

「ん~~じゃあ、せめて、ガイって呼ばない?」
「……では、ガイウス様でいかかでしょう?」

 私はサフィールやエルファン、そしてクローディアを思い出す。彼女一族の血を思い出すと、この辺りで折れていた方がいいかもしれないと思えた。

「王太子殿下よりはいいかな……あ、私はディアと呼ぶからね。改めて……ディア、レナン公爵子息殿、ようこそダラパイス国へ。心から歓迎するよ」

 ガイウスは、笑顔で私たちに手を差し伸べてくれた。私とブラッドもそれぞれ「ありがとうございます」「歓迎、感謝いたします」と言って手を握った。
 それからソファーに座って、ガイウスと話をすることになった。

「明後日の夜に歓迎の宴を予定している。大丈夫かな?」

 私はブラッドと顔を見合わせた後に「ありがとうございます」と言って歓迎を受けることにした。昨日の夕食もかなり豪華な夕食だったが、明後日には夜会が開かれるようだった。私がドレスは何を着ようと考えていると、ガイウスが口を開いた。

「それと……ディアたちはスカーピリナ国が落ち着くまでこの城に留まって貰うことになる。危険だとわかっているのに、送り出すことなどできない。いいね?」

 国としての体裁ももちろんあるだろうが、ガイウスが本心から心配してくれていると感じて、私は素直に頷いた。

「はい。お世話になります」

 私の返事を聞いたガイウスがほっとしたように言った後に、ブラッドに向かって言った。

「ああ、ゆっくり過ごしてほしい。レナン公爵子息殿。大変申し訳ないが、少し席を外してもらえないか? 護衛も多くいるので安心してほしい。話が終わったら呼ぶので別室で待っていてほしい」

 ガイウスはそう言うと、ブラッドはしばらく考えた後に席を立って執事と共に応接室を出て行った。

「あれがハイマの番犬か……噂以上の迫力だね~~」

 ガイウスがブラッドが出て行った後に言った。そして、再び私を見ながら言った。

「ディア、ここからはプライベートな話だ。正直に言うと、私はディアをこの国に迎えたいと思っている。レナン公爵子息がディアを迎えてくれるという話だが……密約で決めたことだ。義務だけで心などないのだろ?」

 義務だけで、心などない……か……。
 
 ブラッドなら政略結婚も当たり前に受け入れるだろう。
 これまでブラッドと過ごしてきた私はその言葉に素直に同意することはできた。
 ブラッドは自分の結婚相手でさえも情で選ぶことはないだろう。
 それにブラッドに限らずハイマの貴族にとって、家の都合で結婚することはそうおかしいことではない。よくあることだ。
 それなのに……。
 私はそのことに胸に痛みを覚えた。

「義務……そうかもしれませんね……」

 私の言葉に今度は、ガイウスが真剣な顔で言った。

「ディア、離婚後は我が国に来ないか? 我が国の大公家が重すぎるほどの想いでディアを迎え入れることを心から望んでいる。少しこの国で過ごしてこの国の良さを知って……本気で考えてみてほしい。幼い頃の挙動不審なサフィールを知っているディアは戸惑うかもしれないが……普段は評判のいい好青年なのだ……それに、大人になったことだし、前のようにディアに不審な態度はとらないはずだ」

 ガイウス様、大人になってもサフィール様は不審でしたよ?

 そう思ったが口には出さずに私はガイウスに返事をした。

「ガイウス様のお言葉、お気遣い感謝いたします」

 この場合、『はい』とも『いいえ』とも答えられない。私は現在ハイマ国の王太子妃なのだ。
 
「ふふふ、今はその返答で充分だよ。では、レナン公爵子息殿を呼ぼう」

 私はそれから、ブラッドと共に応接室を後にしたのだった。
 応接室を出たが、ブラッドは私に『二人で何を話していたのか』とは聞かなかった。ただずっと外を見ながら無言で隣を歩いていた。それがなぜか泣きそうなほど不安に思えたのだった。
 




 ガイウスと会ったその日の午後。
 私とアドラーとリリアは、王太子妃の約束場所、城内の温室に向かおうとしていた。
 これは、ジーニアスからの情報だが……ガイウスには3人の妻がいる。正妃のヴェロニカ、側妃のガリ―ナ、もう一人の側妃のエイミー。4人は幼馴染で仲が良く、誰が正妃になるのか、女性が3人で話合って決めたそうだ。ダラパイス国では必ず王族は正妃と、側妃を2人娶ることが決まっており、例外はない。だからこそ幼い頃からそれを言い聞かせて王妃と側妃候補を育てるそうだ。ちなみに、王太子に子供が3人生まれた時点で、側妃は暗黙の了解で愛人を作ってもいいことになっているらしい。
 ちなみにガイウスには正妃のヴェロニカとの間に4人の子供がいる。

 クローディアの記憶に3人の女性の記憶はないので、王太子妃とは初対面のはずだ。
 
 私に上手く王太子妃殿下から話を聞き出せるだろうか?

 そんなことを思っていると、リリアが背中を撫でてくれた。

「クローディア様、無理はされないで下さい。何もクローディア様だけが話を聞かれる必要などありません。夜会など他の方々も王太子妃殿下とお話される機会はあるのです。ブラッド様が色仕掛けをしたっていいんですから!!」
「ブラッドが色仕掛け?! ふふふ、リリアったら……」

 私は、ブラッドが色仕掛けをするのが想像出来なくて思わず笑ってしまった。するとずっと肩に力が入っていたのか、自分の肩がストンと落ちるのを感じた。
 私が笑いながらリリアを見ると、リリアがアドラーを見ながら言った。

「ブラッド様じゃなくても、兄上が色仕掛けをしてもいいんですよ?」

 アドラーは困った顔をしながら「どうしても必要なら努力は……します。色仕掛けの経験はないので不安ですが……」と答えてくれた。私はそれが嬉しくてまた笑ってしまった。さらもアドラーは真剣な顔で言った。

「クローディア様、暗がりでガルド様のお声で聞き出すというのはいかがでしょうか? 私の拙い色仕掛けより成功率が高そうです」

 アドラーまで真剣に王太子妃から聞き出す方法を考えてくれて、私は心から感謝しながら二人を見ながら言った。

「ふふふ、そうね。ダメだった時は、ガルドの決め声や、ラウルの社交性、ジーニアスの対話能力に頼りましょうか」
「はい」
「そうしましょう」

 私はさっきまで緊張が嘘のように、すっかり緩み、王太子妃が待つ温室に向かったのだった。

 温室の前で私たちを待っていた執事に案内されて部屋に入ると私は思わず声をあげた。

「凄い……」

 温室というから、てっきりビニールハウスのようなところを想像していたが、お城の中にあり、異人館の内装で壁をガラス張りにして植物と共存をするように設計された実に豪華絢爛な場所だった。貴族のお茶会の場所にこれほど相応しい場所もそうないだろう。

「ようこそ、クローディア様。初めまして、ヴェロニカと申します」

 そして私を待っていたのは、とても美しい茶色の髪にオレンジの瞳を持つダラパイス美人。ヴェロニカ様だったのだった。

「初めまして……ヴェロニカ様。本日はお招き頂き真にありがとうございます」

 私は早くも豪華な空間と、洗練されたダラパイス美人の迫力に圧倒されそうになってしまったのだった。

「どうぞ、おかけになって」
「ええ」

 私がテーブルに座ると、執事がすぐに私にお茶や御菓子の好みを確認してくれた。
 執事が私たちから離れると、ヴェロニカ様はゆっくりと口を開いた。

「ベルン国奪還の知らせを聞いた時には、心底驚きました。クローディア様は、随分と聡明な方なのですね?」

 なぜだろう、ヴェロニカ様の言い方が妙に引っかかる。笑顔もとても美しいが、何かを探っているように感じる。
 
「皆が協力して下さったおかげですわ」

 私が笑顔で答えると、ヴェロニカ様も微笑みを返してくれた。
 この空間……本当に胃が痛い。

 現在、私たちは貴族の女同士の腹の探り合いというこの世で一番、恐ろしく緊張するやり取りをしている。だが……ここで引くわけには行かない。
 長い長い数秒を経て、ヴェロニカ様が扇を開き口元を隠しながら言った。

「そうですか……良い方々に恵まれておいでですのね、羨ましいですわ」

 またしても数秒の沈黙。
 女性同士の緊張感ある対面の場面に立ち会った経験のない方に、この状況をわかりやすく説明すると、この場の空気感だけは将棋でいうと名人戦や、囲碁の棋聖戦のような空気が圧縮されような息苦しさや、その場にいるだけで手にじわりと汗がにじむ緊張感がある。
 相手の内心を読み、最善の一手を仕掛ける……。
 もし、一手でも読み違えば……会話の主導権を奪われて……敗北する。

 この苦しみから早く逃れたい!!

 私は近年将棋界で注目されている方のあの戦法『角換わり』をお手本に攻めることにした。そう序盤から勝負を仕掛ける!! 
 お互い、『角行』という大駒は盤上ではなく手元に置いて話をしましょう!!

「ヴェロニカ様、イドレ国の人間にさらわれたとお伺いいたしました。なんでもイドレ国の人間と接触したのにご無事だったとか……。大変な思いをされましたね」

 私の言葉に、ヴェロニカ様は扇で口元を隠したまま目を大きく開けて私をじっと見ていた。
 瞳がゆらゆらと揺れている。動揺しているのを感じた。

 ヴェロニカ様は、目を三日月のように細めながら言った。

「クローディア様も、急遽側妃をお迎えすることになったとお伺いいたしました。しかも、王太子殿下は国で側妃に迎えるお方との結婚準備でお忙しく、クローディア様お一人でスカーピリナ国を訪問されるとか……大変な思いをされておいでですね」

 きっと、普通の令嬢なら激昂してるかもしれない。なかなか女心をえぐってくる。つまり、彼女にとって、私の先程の内容は、この内容と同等の探られたくないということだ。
 これで、お互いの角という大駒といわれる重要な駒の交換は済んだ。
 後は攻めるだけだ。

「そうですね。日々問題に直面しております。ですのでヴェロニカ様にお話をお伺いして、少しずつでも楽になればと思っております」

 私は遠慮なく切り込むことした。だが、そう思ったのは、私だけではなかったようだ。
 ヴェロニカ様は口元を隠していた扇を閉じると、私をじっと見ながら尋ねた。

「……わかりました。では、カードでわたくしに勝ったら……クローディア様の質問に嘘偽りなく答えることを誓いますわ」

 私はヴェロニカ様にカード勝負を持ちかけられたのだった。











――――――――――――




次回更新は3月23日(土)です☆







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