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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて
161 噂の真相(3)
しおりを挟むその後、応接室にジーニアスやリリアやヒューゴも合流して、ガルドやラウルやレイヴィンからも話を聞いた。やはり二人ともブラッドと同じで、切り立った崖に原生林。鳥でもなければ逃げてきた人々があのような場所を見つけることは出来ない、と言っていた。
しかもダラパイス国はアンドリューたちを匿っていたように、ベルン国から逃げて来た移民を無条件に受け入れ、保護していたそうだ。ベルン国から逃げてきた人々は、迫害されたわけでも、追い出されたわけでもないのだ。わざわざ崖や原生林の中に入るとは思えない。
ブラッドの言うように『ダラパイス国の人間で、元々赤い泉の存在を知っていた者が、ベルン国から逃げてきた民が言い出したことにして噂を広めた』と考えた方が自然だ。
話を終えると、ジーニアスが口を開いた。
「雨が上がったら、すぐにダラパイス王都に向かう予定でしたが……街道を封鎖ですか……しばらくこの地に留まることになるのでしょうか?」
ジーニアスの言葉を聞いたレオンが眉を寄せながら言った。
『街道は、領主と大公子息に事前に伝えれば問題なく通れるだろうが……封鎖したら潜伏した兵は動揺し、荒れるだろうからな……もしかしたらあいつらもいるかもしれない』
アドラーの通訳を聞いていたリリアが口を開いた。
「レオン陛下のおっしゃるあいつらとは、イドレ国のクローディア様をつけ狙うランスを持った男と夜会で、クローディア様に接触した女性のことですか?」
レオンとリリアから報告は聞いていたが、私をずっとつけ狙っている人物が存在するらしい。リリアが代わりになってくれなかったら、私はイドレ国に連れて行かれたかもしれない。
レイヴィンの通訳を聞いたレオンが『そうだ』とリリアの言葉に頷いた。予定通り出発するか、この地に留まるのかと考えているとラウルが声を上げた。
「御言葉ですが、ダンテ領の私兵は街道の封鎖に動員され、この地の警備は手薄になります。このままここに留まるのは危険です。それに持久戦になり追い詰められた者たちは何をするかわかりません。私は雨が上がり次第予定通りこの地を出発するべきだと思います」
ラウルの言葉を聞いたブラッドが眉を寄せながら口を開いた。
「そうだな……それに、早くダラパイス国の王都に向かいたい。懸念がある……」
ブラッドの口にした言葉に皆が口を閉ざした。私はきっとダラパイス国の王太子妃のことだろうと思い胸が締め付けれられる思いだった。本当に――イドレ国と繋がっているのか……。
私はみんなを見ながら口を開いた。
「そうね。護衛のみんなには大変な思いをさせてしまうけど、予定通り出発しましょう」
皆が頷いてくれたので予定通り、私たちは雨が上がったらこの地を出発することになったのだった。
◆
その日の夜。私たちの想像もしていなかったことが――起きたのだった。
窓の外は大雨で雷鳴も聞こえる。外は荒れていたが、夕食後はサフィールやディノも戻って来て、私たちは皆で食後のお茶をしながら話をしていた。
そんな穏やかな時を過ごしていると、ダンテ領邸の執事が顔色を変えて食堂に飛び込んで来た。
「ご歓談中失礼いたします。スカーピリナ国より伝令がいらしております」
和やかだった空気が一瞬で冷え切ったものになった。レオンとレイヴィンが「少々失礼する」と言って席を立ち食堂を出て行った。
ブラッドとガルドとラウルは眉を寄せていた。私は何もなければいいと、そう願いながら二人が戻るのを待ったのだった。
◆
「レオン陛下、レイヴィン参謀!!」
レオンとレイヴィンがエントランスに向かうとずぶ濡れのスカーピリナ国の兵が立っていた。
「どうした?」
レオンが尋ねると伝令は、「はっ」と姿勢を正しながら言った。
「バリアント山脈の北部に、イドレ国の兵を確認しました。戦力はおよそ十万、指揮官にはイドレの勇将トンカー将軍。十五日後には我がスカーピリナ国国境に到着予定です。現在、大将閣下、中将閣下総出で迎え撃つ準備をしておりますが、王太子殿下が『お披露目式も控えたこの状況で、陛下と参謀閣下両名を欠いた状態で迎え撃つのは荷が重いゆえ、至急お戻りください』とのことです」
レオンが呟くように言った。
「兄上が……」
スカーピリナ国は現在、レオンが国王の座に就いているが、兄が王太子として実質国政の全てを請け負っていた。
レオンは「ご苦労だった……ゆっくりと休め」と言って、執事に部下を頼んで食堂に戻った。食堂に戻る途中、レイヴィンが口を開いた。
「レオン陛下。私だけでも先にスカーピリナ国に戻ります。陛下は、クローディア様の護衛を」
レオンは眉を寄せた後に「そうだな」と答えたのだった。
◆
時計の針の音と、時折聞こえる雷鳴だけが静かな食堂に響いた。誰も何も言葉を発することはなかった。
皆、スカーピリナ国からの伝令がどんな報告を持って来たのか、それだけが気になっていた。
カツカツカツ。
しばらくして靴音が聞こえた後に、レオンとレイヴィンが食堂に入って来た。
「待たせたな」
レオンがどこか固い表情で言った。そして、レオンが椅子に座ると私をじっと見ながら言った。
「スカーピリナ国の北部に、イドレ国の兵が現れた。そこでレイヴィンを先にスカーピリナ国の地に戻すことにする」
レオンの言葉に、私は思わず声を上げた。
「え? レイヴィンだけ? レオンは戻らなくていいの?」
確かレオンは兵の士気を上げる天賦の才に恵まれ、軍神だと言われていると聞いた。レオンが優しく微笑みながら言った。
「安心しろ。私はお前を送り届けると言ったはずだ」
確かにそう言ったが……本当にいいのだろうか?
私は不安に思っていると、サフィールが声を上げた。
「ディアの護衛なら、我がダラパイス国の大公家が引き受けよう。元々ディアの護衛は、ハイマ国内はハイマ国の兵、ダラパイスからは我が大公家が受けるはずだったのだ。当初の計画に戻っただけだ」
私がブラッドに尋ねた。
「そうなの?」
ブラッドは、眉を寄せながら答えた。
「そういう話も確かにあった。だが、最終的にはハイマの兵がスカーピリナ国まで同行するという話で落ち着いたはずだ。スカーピリナ国の王が護衛を申し出るまではな……」
サフィールが兵を出してくれるのなら頼った方がいいのではないだろうか?
もしここで、レオンが指揮を執らずにスカーピリナ国に何かあれば、同盟同士の繋がりにも影響が出る。
ブラッドがレオンをじっと見ながら声を上げた。
「規模は?」
レオンは静かに答えた。
「十万」
レオンの言葉を聞いてラウルが声を上げた。
「その数……脅しではないですね。覚悟して迎え撃つ必要があります」
十万ってたぶん、兵の数……だよね?
そんな大軍がスカーピリナ国に向かってるの??
本当に、軍神と言われるレオンが不在でいいの??
私は真っすぐに目を逸らさずに、レオンを見ながら尋ねた。
「ねぇ、レオン。私を守りたいっていうのなら、スカーピリナ国防衛を優先するべきじゃないかしら?」
レオンが私を見ながら目を大きく開けた。
スカーピリナ国の軍は同盟国を維持する最大の要だ。ハイマの技術、スカーピリナ国の軍事力、ダラパイスとダブラーンの資源はこの同盟でもかなり重要な位置にある。
特に諸外国に最強の軍事力を誇るスカーピリナ国は兵力で負けるわけにはいかない。そしてその軍事力の要が、レオンの統率力と、レイヴィンの策略なのだ。
「クローディア……」
レオンが私を見ながら後ろ髪を引かれるように私の名前を呼んだ。
「レオン、お願い。私たちを守るためにも、イドレ国に負けないで」
迷うレオンに向かってブラッドが口を開いた。
「クローディア殿の護衛は、もしダラパイス国の兵で足りないようならハイマからも応援を呼ぶ。ベルン奪還でハイマ騎士団は動いていないし、ベルン国復活でハイマの北の守りも楽になる。動員は容易い」
ブラッドもレオンに対して、暗に『行って来い』と言っていた。
レオンは音が聞こえるくらい奥歯を噛み締めると、椅子から立ち上がり私の前まで来て、私の手を取った。私はレオンに手に導かれるように立ち上がると、レオンに抱きしめられていた。
「こちらから申し出た護衛を、途中で投げ出す真似をして本当にすまない、クローディア。だが、必ず勝ってクローディアだけではなく、皆をイドレ国の脅威から守ると約束しよう! お互い、無事にスカーピリナ国で会おう。イドレ兵を……蹴散らしてくる!!」
私はレオンの大きな背中に両手を回しながら言った。
「ご武運を、今度会う時は、スカーピリナ国の王都で会いましょう」
「ああ」
こうして、レオンとレイヴィンは先にスカーピリナ国に戻ることになったのだった。
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