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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて

160 噂の真相(2)

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 ブラッドが着替えた後、私たちは応接室に集まる事になった。人数が多くなるので、ハイマからは私とブラッドとアドラー、スカーピリナ国からはレオンとレイヴィン、ダラパイス国からは、サフィールとディノと、ダンテ領主。アドラー、レイヴィン、ディノはそれぞれの主の後ろに立っていた。
 皆が座ると、レオンが口を開いた。

「それで、どうだったんだ?」

 レオンの問いかけに、ブラッドが口を開いた。

「あれは恐らく、熱泉だ」

 熱戦……? 熱線……?

 私の頭にぐるぐると謎の言葉が回る。ブラッドは何を言いたいのだろうか?

 私が首を捻っていると、ダンテ領主が声を上げた。

「まさか!! あれほど血のように赤い物など聞いたことがありません!!」

 血のように赤い?
 私はブラッドに「ネッセンって何?」と尋ねた。するとブラッドは、「熱湯が吹き出る泉のことだ」と答えた。

 熱湯が吹き出る泉?
 それってもしかして……!

「赤い温泉ってこと?!」

 私が声を出すと、ブラッドが眉を寄せながら言った。

「あの温度は温泉という雰囲気ではないぞ?」

 ……あ、もしかしてこっちの世界に温泉って言葉はないのかな?
 熱かったら、熱泉で冷たかったら、冷泉??
 どうやら、火龍最期の地とは赤いお湯の温泉ということのようだ。日本には赤い温泉がある。私は赤い温泉の存在を知っているが、初めて見た人は驚いて、火龍だと思うのも無理はないのかもしれない。

「赤くて血のように見える熱泉ってこと? 血……そうか、鉄の匂いで血だと思ったんだね」

 赤い温泉は鉄成分を多く含むことがあるから血の匂いと誤解するかもしれない。
 なるほど、それで火龍の血……火龍最期の地になったのか……。
 この噂のからくりがなんとなくわかってほっとしていると、ダンテ領主が眉を寄せながら言った。

「行ってもないのに、匂いがわかるのですか……。ハイマにはそのような泉があるのですか?」

 私がブラッドを見るとブラッドは「赤い熱泉はないな。白い熱泉はあるが……」と言った。どうやらハイマには硫黄系の温泉があるのかもしれない。するとレオンが、眉を上げながら言った。

「我がスカーピリナ国には、赤い泉はないが、イドレ国との国境付近の山に透明なエメラルドグリーンの熱泉があるぞ」

 透明なエメラルドグリーン? 白く濁ってないんだ……塩酸系温泉かな? 珍しい……。

 温泉好きだった私は昔を思い出して、目を細めた。そもそも私の『泉』という名前は温泉好きの両親の影響だったりする。小さい頃から温泉好きの両親に連れられて、様々な温泉に行っていた。今の私には、そんなことを呑気に考える余裕があった。火龍の最期の地だという噂の正体が温泉だったとわかったのだ。それなら特になんの問題もない。

「だが、問題はそこではない」

 私が安心していると、鬼のブラッドが鋭い目つきで口を開いた。
 
 ――鬼は解決したと思った瞬間に、場を緊張させた。

「問題は、どうやってあの地を見つけたか……だ。あの場所を見つけたのが、何年もこの土地に住む者なら話がわかる。だが、なぜベルン国から逃げて来てた人間たちが、あの地を見つけることができたのか……それがわからない。周りは切り立った崖、と原生林。逃げて来て不安な者たちがあの地に入るなど考えられない。あの地の存在を知っていた者が流した噂の可能性がある……」

 ブラッドの話を聞いたサフィールが眉を寄せながら口を開いた。

「レナン殿は、ダラパイス国内にその噂を流した者がいると言いたいのか?」

 サフィールの言葉に、ブラッドは大きく頷いた。

「そうだ。人の噂は空をも飛ぶ勢いで広がることがある。王太子妃が誘拐された後からこの噂が広がっているというも気になる。この地は、ダラパイスの王都に隣接するだけではなく、守りの要……辺境伯領と隣接している……」

 ブラッドの後に、レオンが眉を寄せながら言った。

「なるほど……ベルン国がもし、イドレ国のままだったら……このダンテ領から人を遠ざけて、辺境伯を孤立させて、国防の要、辺境伯領を叩くつもりだったのかもしれないな……イドレ国め……本当に汚いことを考える連中だ!!」

 レオンの後にサフィールが顔を青くしながら言った。

「レナン殿、もしかしてこの地には、すでにイドレ兵が紛れている可能性があると言いたいのか?」

 ブラッドは眉を寄せながら言った。

「大規模に紛れているか不明だが……偵察隊くらいは紛れている可能性は大いにあるな。火龍の呪い騒ぎで、この街は人の居ない家ばかりだ。いくらでも潜伏が可能だ」

 そういえば、ここに来る途中、街は異様なほど人影が見えなかった。ベルン国が奪われたその同時期に、火龍の騒ぎなど起これば……多くの人が恐怖でこの場所を逃げ出すのも無理はない。
 確かに、これまでイドレ国が他国を奪って来た戦法に似ている。

 ブラッドの言葉を聞いたサフィールは即座に立ち上がって声を上げた。

「ディノ、陛下と辺境伯に連絡を! 陛下には王都から兵の要請を。辺境伯には領内にイドレ兵が潜んでいないのかを調べるように連絡を! ダンテ、すぐに私兵を集めろ!! 全ての街道を封鎖しろ!! 誰も外に出すな!! おのれ……イドレめ……我がダラパイスを喰い物にするつもりか……容赦はしない」

 ディノは「御意」と答えると、即座に部屋を出た。ダンテ領主も「承知いたしました」と答えると部屋を出て言った。サフィールは私たちを見ながら言った。

「感謝する……すまないが、失礼する。ディア!!」

 サフィールに睨まれて私は「はい」と言いながら顔を上げるとサフィール睨みながら顔や首を真っ赤にして片手で首の後ろを押さえながら言った。

「王都に行ったら……邸の庭を散歩しないか? とっておきの場所があるんだ」

 庭を散歩?
 私は笑顔で「ぜひ」と答えた。するとサフィールはこれまで見せたこともないほど嬉しそうに笑うと「約束だぞ」と言って応接室を出て行ったのだった。

 バタバタとサフィールも居なくなった応接間で私は頭を抱えていた。

 このパターンは聞いたことがある。

 もしかしてこれが、王太子妃がイドレ国と交わした密約だったら……。
 これまで奪われた国の王妃や、王太子妃はイドレ国に自分が出来そうな些細な依頼をされてそれを実行している。ベルン国の王太子妃は、アンドリューに媚薬を贈った。他にも噂を流したり、指定された日に夜会を開いたり、イドレ国に従って国を奪われている。

 レオンが天井を見つめながら言った。

「王太子妃がイドレ国と繋がっている……指導係、どう思う?」

 ブラッドは、ゆっくりと口を開いた。

「その可能性は……高い」

 王太子妃がイドレ国と繋がっているかもしれない?

 二人も同じことを考えていて、私は息を飲んだのだった。







――――――



次回更新は2月20日(火)です。




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