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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還

149 真の味方(1)

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 クローディアたちが、ベルン国の王宮に呼ばれていた頃。
 フィルガルドは、ハイマ国王宮内の自身の執務の机に、激しく拳をぶつけていた。

「なぜ、これほどの脅威が迫っているのに、誰一人として、動こうとはしないのだ!! このままでは我がハイマ国だけではなく、全ての国々がイドレ国に飲み込まれるかもしれないのに!!」

 フィルガルドは、執務机の横に立ちながら頭を抱えていた。バイオレットアッシュの価値がわかった直後から、フィルガルドはずっと父である国王や、三公爵家や、四侯爵家にベルン救済の手助けを出来ないかと打診していた。だが、フィルガルドは、誰一人としていい返事を貰えなかったばかりか、考え直した方がいいと諭されたのだった。
 危機感を持って、焦っていたフィルガルドに向かって、クリスフォードが息を吐きながら言った。

「フィルガルド殿下。旧ベルン国の救済など……そんな夢物語に手を貸す者などおりません」

 フィルガルドは、眉を寄せ苦しそうな表情で声を上げた。

「なぜ、夢物語なのだ?! カイルからの報告書には、ベルン国の騎士団は解体していないと書いてあるだろう? それに、王太子と王女が行方不明だとしても、国王と王妃はご存命だ。我が国が兵を出せば、ベルン国を救済できる可能性は充分にある。クリスフォードだって、イドレ国の皇帝がバイオレットアッシュの価値に気付けば、取返しのつかないことになることぐらいわかっているだろう?!」

 クリスフォードは、真っすぐにフィルガルドを見ながら言った。

「ええ。それはもちろんです。ですが、フィルガルド殿下……殿下だってわかっているはず。皆、国王陛下が否と申されていることに、協力する者などおりません……それに自分の守るべきものを守ることで精一杯です」

 フィルガルドはクリスフォードの言葉を聞いて頭を抱えた。

「だが……このままでは、北の国境を守る兵は、イドレ兵との対応で疲弊しているし、イドレ国皇帝にバイオレットアッシュの価値を気付かれるかもしれないだろう?! 大局を見れば、そちらの方が脅威ではないか?!」

 クリスフォードは、顔を歪ませながら言った。

「皆、大局など見る余裕などありませんよ……それぞれ、立場がありますから」

 フィルガルドは、勢いよく立ち上がり執務室を出ようとした。

「フィルガルド殿下、どちらへ?」

 フィルガルドは顔を歪ませながら言った。

「もう一度、フルーヴ侯爵と話をしてくる。あの家なら、騎士団を管理しているから、北の騎士団の疲弊を嘆いているはずだ。もう一度、誠意をもって話をすれば、協力を得られるかもしれない」

 クリスフォードは、フィルガルドの側に行くと、大きな声を上げた。

「無駄です。それに殿下がこれまで誰かに対し誠意を持たずに接したことなどないはずです。どんな時だってフィルガルド殿下は、誠心誠意話をされていました。そうではなく……陛下が同意されないのです……他の貴族が動くわけがありません……殿下には殿下のやるべきことがあります。どうか、そちらを優先して下さい」

 フィルガルドは、苦しそうに眉を寄せ、クリスフォードから視線を外しながら言った。

「私は王族だ……。私が優先すべきことは……国を……民を守ること……ただ、それだけだ……」

 そう言って、フィルガルドは、執務室を出て行ったのだった。

「お待ちください!! 殿下!!」

 クリスフォードが大きな声で叫んでいたが、フィルガルドは振り返らずに、父である国王エルガルドの元に向かったのだった。





 フィルガルドは、少々強引に国王の執務室に入った。

「父上、お話があります」

 執務室には、レナン公爵もいた。国王エルガルドは、フィルガルドを見て明るい声を上げた。

「ああ、フィルガルドか。丁度、お前を呼び出そうと思っていた。吉報だ」

 フィルガルドは、無表情に尋ねた。

「……吉報?」

 エルガルドは上機嫌に答えた。

「ああ。そうだ。ベルン国がイドレ国からの支配を逃れたようだ」

 フィルガルドは、信じられなくて瞳を大きく開けた。

「え? つまり……ベルン国は自国の奪還に成功したのですか?」

 エルガルド機嫌が良さそうに答えた。

「ああ、そのようだ。それで、お前の話とは?」

 ベルン国はすでに、イドレ国の支配を逃れた。
 つまりは、すでにベルン国は復活したということだ。
 フィルガルドは、『信じられない』という思いと『よかった』という困惑と安堵により、身体から力が抜け、思考が完全に停止してしまっていた。

「フィルガルド」

 エルガルドに声をかけられて、フィルガルドはようやく意識をエルガルドに向けた。

「それは確かに吉報です……ですが、なぜ急に? 元よりそのような動きがあったのですか?」

 エルガルドは、「密偵からは、民が自らの意思で立ち上がったと報告を受けた」と答えた。
 密偵と聞いて、フィルガルドは、嫌な予感がしてすぐにエルガルドに頭を下げた。

「そうですか……失礼いたします」

 フィルガルドは、国王エルガルドの執務室を飛び出すと、急いで騎士団に向かった。
 
 ――密偵ではダメだ。あの者たちは、ブラッドを裏切らない。もっと、公平な情報を持つ者に聞く必要がある。

 フィルガルドは、息を切らしながら騎士団長のカイルの執務室を尋ねた。

 『騎士団が、遠征の準備をしている』

 以前、そんな話がフィルガルドの耳に入ってきたのだ。
 しかも今回は、本隊を第三部隊、騎兵隊全てに出動準備命令が降りるほど大規模な遠征訓練だと聞いた。もしかしたら、今回の件と関係があるのかもしれない。

「カイル団長いるか?」

 フィルガルドが、団長カイルの執務室に訪ねて行くと、カイルは椅子から立ち上がり、フィルガルドを出迎えた。

「これは、フィルガルド殿下。いかがされました?」

 フィルガルドは、カイルの前に立つと鋭い目つきで尋ねた。

「ベルン国奪還について、何か知らないか? 騎士に遠征の準備をさせていただろう? あれはもしかして……」

 フィルガルドの問いかけに、騎士団団長のカイルは深い息を吐いて「お座り下さい、殿下」と言った。フィルガルドは、促されるままソファーに座ると、まるでカイルに掴みかかるように口を開いた。

「カイル、教えてくれ。何か知っているのだろう?」

 真剣な表情のフィルガルドに向かって、カイルが両手を顔の前で組むと、重々しい雰囲気で口を開いた。

「わかりました。お伝えいたします。……この話は、どうか殿下の胸に留めておいて頂きたいのですが……先程ダラパイス国から戻った部下からの報告です。……ベルン国奪還には、クローディア様が深く関わっておられます」

 フィルガルドはまるで身体が凍りつくように冷たく動かなく感覚を覚えた。
 そして、しばらく沈黙した後に震える声で言った。

「え……クローディア……が?」

 カイルは、フィルガルドを見て頷きながら「はい」と答えたのだった。


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