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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還

134 チームお飾りの正妃の戦略会議(3)

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 人は何かを奪われた時、目の前のことを受け入れることができない。
 そして、少し時間が経つと、奪われたことに対して怒りが生まれる。奪われたことの理不尽さや、今後への不安と恐怖が生まれて、怒りに支配される。そして、怒りを通り過ぎると絶望が襲ってくる。
 この絶望は深く、人々の心に傷を残す。
 そして、傷ついた心を抱えて日々を過ごす中で、新たな希望を見出し、ようやく動き出せる……。

 ベルン国の人々は、イドレ国の統治を受け入れることは出来ず、絶望し心に傷を残していた。
 ある者は、ダラパイス国に逃げた。
 またある者は、地下組織を作り反撃の機会を伺っている。
 そして、多くの旧ベルン国の民は、イドレ国の兵を恐れて王都付近で息をひそめている。

「民にとって心のより所がないというのは大きいわね……」

 私が眉を寄せながら言うと、アドラーも呟くように言った。

「そうですね……」

 ジルベルトからの情報の中で、イドレ国側は旧ベルン国の人々に『ベルン王家は倒れた』という情報を流した、というものがあった。国王と王妃は離宮に閉じ込めて隠し、王太子は弱らせて民の前に出せなくした。
 ベルン国を奪還するために動いたところで統治者がいない状況では、民は動きようがない。
 ジルベルトもずっとそう思っていたのだろうが、当のアンドリュー王子の容態が悪く保護するためにも、アンドリュー王子の健在を皆に伝えることができなかったのだろう。

「なんとか、国王陛下やアンドリュー王子を守りながら、王族の存在を皆に伝えたいわ。そうすれば、民が動きやすくなるし、騎士団と地下組織が同時に動けば、イドレの兵は抑えられるでしょ?」

 私は、レオンに視線を向けながら言った。

「ああ。現在旧ベルン国内にいるイドレ国の兵力は、それほど多くはない。しかも、イドレ国の兵の中には仕方なくイドレ国に従っている者たちも多く、兵力は多いが統率は取れていない。王族か……やはりここは王太子の健在を皆に知らせたいところだな」

 レオンの言葉を聞いたブラッドも静かに口を開いた。

「そうだな。だがそうなると、離宮に捕えられているベルン国の国王も解放する必要があるな。そうでないと人質に取られ、人心を乱される可能性もある」

 みんなで話し合った結果、私たちがするべきことの全容が見えて来た。

 アンドリュー王子の存在を皆に伝える……。
 さらには、国王と王妃の解放。
 そして、騎士と地下組織に連絡を取りタイミングを合わせるように指示をする。

 会議の前は、何をどうするべきなのか、何もわからなかったが、皆が真剣に情報を見て考えてくれたおかげでやるべきことが明確になった。
 
「後は、これをどうやって形にしていくかですね……」

 レイヴィンが呟くように言った。
 私は、地図や情報の書かれた書類を見比べながら頭を抱えた。
 
 どうする?
 どうすればいい?

「手順が、難しいですよね……」

 リリアが真剣な顔で言った。するとジーニアスも頷きながら言った。

「ええ。騎士と旧ベルン国の民の有志で構成されている地下組織を同時に動けるように働きかけるのも大変ですよね……同じ奪還を目指す人々でも、騎士と民の有志は一度も連携したことのない違う立場の人々ですから……」
 
 手順が難しい?
 同じ目的を持った人々なのに、中身が違う?

 私は、ローザやエルファン、ガルドやラウルと昼食を楽しんだことを思い出した。

 そうだ……あの時、ローザと……。

 私は、立ち上がって声を上げた。

「ねぇ、みんなこういうのはどう?」

 私は、みんなに作戦の話をしたのだった。
 




 私が作戦を話すと、皆が石のように固まって動かなくなった。

 同意してもらえないだろうか?
 私が不安に思っていると、レオンが声を上げた。

『クローディア、お前。自分の立場がわかっているのか?! お前は、イドレ国に狙われている!! そんな危険なこと……お前がイドレ国に奪われたらどうするつもりだ?! お前がそこまでする必要はない』

 レオンは切羽詰まった様子で私の前まで歩いて来てテーブルに片手をついて私の顔を至近距離で見つめた。
 私は、レオンを見ながら呟くように言った。

『レオン……心配してくれるのは嬉しいけど……』

 私がレオンに意図を、どう伝えようかと迷っていると、レオンが苛立つように声を上げた。

『ヌーダ国にいるというハイマ国の重鎮から、お前のことを嗅ぎまわっているマントの男がいたと聞いたんだろう?! お前だって、そいつがイドレ国のヤツって気付いているだろう?! ヤツは、すでにお前の価値に気付いている!! お前がそれほど大胆に動けば……接触して来るに決まっている。ヤツらは人の弱い部分を利用する。イドレ国のヤツが接触してきても心が揺らがないほど、ハイマの王太子を想っているのか?!』

 フィルガルド殿下を想っているか?
 そんなことを聞かれてしまえば、答えは決まっている。

 ――大切に想っている。
 私は、贖罪も込めて彼を守ると決めた。

 恋愛至上主義なスカーピリナ国出身のレオンの言葉はよくわかる。
 だが、私が動く理由は……すでに好きだとか、嫌いだとかそういう甘美な感情ではない。

 私はレオンを真っすぐに見ながら言った。

『レオン、私がアンドリュー王子や、レオンやアドラーに話を聞いて一番に心配したことはね……エリスが……フィルガルド殿下の心を寄せる側妃が、イドレ国に狙われて利用されることだったの』

 レオンは、目を大きく開けて驚きながら声を上げた。

『……なにを……』

 私はイドレ国の人間にお飾りの正妃だと思われている。
 だからこそ、王妃様の船や、フィルガルド殿下の庭といった私と関係のない場所が襲撃されている。
 でも、私がある程度使えそうだと思えば、まだ王宮にも入っておらずに、皆に側妃だと紹介することもできないエリスを狙うよりも、私を狙うかもしれないと思ったのだ。

『私を使えると思えば、イドレ国はフィルガルド殿下の側妃ではなく私に目を向けるかもしれない。でも私はお飾りの正妃だから、フィルガルド殿下の弱みにはならない。それに今は、物理的に殿下とは離れているから、私が殿下に何かをできるわけでないし、向こうもこれまでの手は使えないと思うの。だから、私はイドレ国の目をエリスではなく、私に向けさせたいの。今のままじゃ、私ではなく、エリスが狙われてしまうから……』

 そう、私はむしろお飾りの正妃である自分に、相手の目を向けさせたいのだ。
 だから私は大胆に、自分の思うまま自由に動ける。

 レオンは私を見ながら震えるようなに言った。

『……狙われたいだと? ちょっと待て……そんな言い方……お前はまるでハイマの王太子と側妃を認めているような……やはり、王太子を愛してはいないのか?!』

 ――愛してる。
 それは、スカーピリナ国の言葉で――ただ一人のパートナーという意味での……愛してるという言葉だった。

 私はレオンを見ながら言った。

『私は……フィルガルド殿下が、大切。でもね、レオン。そんなことは……私の感情は、関係ないのよ。それに私の側にはみんながいるわ。例えイドレ国の人が接触してきたとしても、私の隣にはここにいる誰かがいてくれる。一人ではないわ』

 例えフィルガルド殿下の心はなくても、私には、みんながいる。
 それだけで正妃としては十分に恵まれているのだ。
 レオンはまるで糸のきれた人形のように無表情に私の口にした言葉を繰り返した。

『……そういうことか……』

 レオンはそう言うと、今後はブラッドを見ながらゆっくりと言った。

『指導係……今のクローディアの策を聞いてどう思う?』

 皆の視線が一斉にブラッドに集まる。皆の視線を受けながらブラッドは無表情に言った。

『大筋、異議はない』

 私がブラッドを見ると、ブラッドが私を見て頷いたのだった。







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