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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還

126 それぞれの諜報活動(1)

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 クローディアたちが席を外した後、旧ベルン国の王子アンドリューの寝室では、ヒューゴがアンドリューから話を聞いていた。

「アンドリュー王子殿下。ローザ王女殿下。はじめまして、ダラパイス国王の第四秘書のヒューゴ・グランと申します。現在はクローディア様の護衛として同行しております」

 ヒューゴが自己紹介をすると、アンドリューが目を細めながら言った。

「……ダラパイス国のグラン家と言えば、薬師として有名な家ですね。そのような方に診てもらえるなど……ゴホ、ゴホ。クローディア様には感謝しなければ……ヒューゴ殿。私たちのことはアンドリューと、ローザとお呼び下さい」

 ヒューゴは、アンドリューに返事をした後に、ローザを見ながら言った。

「かしこまりました。ローザ様の足は……」

 ローザは、ヒューゴの言葉を遮って口を開いた。

「ヒューゴ様。私の足は生まれつきです。ですが、兄はつい最近までお元気だったのです。どうか、兄を診て下さい」

 ヒューゴもローザを見た時、自分ではどうしようもないかもしれないと思っていたので、ローザの提案を受け入れることにした。

「わかりました。それでは大変申し訳ございませんが、ローザ様、エルファン様しばらく、席を外していただけませんか?」

 ローザは頷くと、椅子から立ち上がり、エルファンに声をかけた。

「エルファン様、今日は何をしましょうか?」
「一緒にパンを焼こうよ!! そろそろなくなるだろ? いつも通り力仕事は僕がするからさ」
「ふふ、ありがとうございます」

 エルファンは、嬉しそうにローザに寄り添い部屋を出て行った。

 ヒューゴは二人が部屋から出たのを確認すると「御身体を診せて頂いてもよろしいでしょうか?」と尋ねた。アンドリューも頷き、服を脱いだ。アンドリューの身体は、確かにずっと病気がちだった人間の身体ではなく、とても鍛えられていた。もしかしたら、今のようになったのはここ最近のことなのかもしれないと思うほどの肉体だった。
 ヒューゴは、アンドリューを丁寧に診た後に深く息を吐きながら言った。

「アンドリュー様、半年前。殿下を診られた医師は『原因不明』と言っていたとおっしゃいましたね?」

 アンドリューは頷きながら答えた。

「ええ」

 ヒューゴはさらに尋ねた。

「もしかして、半年前はこれほど酷くはなかったのでありませんか? 頭がぼんやりするとか、身体が重いとか……そのような症状だったのではありませんか?」

 アンドリューは驚きながら答えた。

「その通りです」

 ヒューゴは、アンドリューを見つめて、真剣な顔で言った。

「半年前に医師が『原因不明』だと判断したのは……仕方ないことだったのかもしれません。……恐らく……我々薬師の専門分野です」

 ヒューゴの言葉にアンドリューとネイはゴクリと息を飲んだ。ウィルファンは、眉を寄せてじっとアンドリューとネイを見ていた。
 ヒューゴが鞄から瓶を取り出し、蓋を開けながら静かに尋ねた。

「病になる前に、このような香りのする飲み物や食べ物を口にしませんでしたか?」

 ネイはもアンドリューも瓶の中の匂いを嗅ぐと真っ青な顔で片手で口元を押さえたのだった。








 ヒューゴがアンドリューの診察を終えた頃。アンドリューの寝室近くの応接室内には、重い空気が漂っていた。

 ――具体的な策はあるのですか?

 この息が詰まりそうになるほどの重苦しい空気は、私のそんな質問がきっかけだった。
 ジルベルトは、眉を寄せて「ベルン国奪還に向けて地下組織を作っている」と言っていたが、具体的な方法は何も決まっていなかった。

 つまり……奪還へ向けての準備はしているが、具体的な打開策はなし、と言うわけだ。
 
 頭の中が、無謀だとか、無理だとかそんな後ろ向きな考えに支配されそうになった。
 奪われた国を取り戻すなんて、どうしたらいいのか、わからない。
 そんな時、脳裏にクローディアの記憶の中のフィルガルド殿下のつらそうな顔が浮かんで来た。

 ――クローディア、お願いです。どうか他の人の話にも耳を傾けて下さい。

 他人の話に耳を傾ける。
 そうだ。決断するのは、情報を集めて、その集めた情報からどんなことができるのかを考え抜いた後だ。
 だからこそ、情報の少ないベルン国の宰相のジルベルトと王子殿下が必死で考えても解決策がないのだ。

 まず、話を聞いて整理しよう。全てはそれからだ。

 私は、ジルベルトを見ながら言った。

「ジルベルト様。あなたはここにいるブラッドの問いかけに答えて下さい。知らないことは知らないと言って構いませんが、知っていることは全て話してください」
 
 レナン公爵家のブラッド君は、本当に空気を読まない。そんな能力は一切持ち合わせていない。

 でもだからこそ、こういう緊張した場で、少々聞きにくいことでも必要だと思えば容赦なく聞くし、相手が無意識に隠そうとしている情報も躊躇なく聞き出す。奪われた国とはいえ、ベルン国の宰相ジルベルト相手に、的確に情報を聞ける相手など、ブラッド以外に考えられない。
 きっと、鋭い言葉での斬り合いになるだろうから、ジルベルトに逃げ場を与えないためにも、私は席を外した方がいいと思えた。
 
 ジルベルトには少々気の毒だが、私はこの場をブラッドに任せることに決めた。
 ――使える情報がなければ、動けない。そして、ブラッドなら宰相から必要な情報を聞き出せる。

 私の提案をジルベルトは目を大きく開けて驚いていた。だが、すぐに大きく頷いた。

「……御意」

 私は、隣に座るブラッドを見ながらレオンにもわかるようにスカーピリナ国の言葉で言った。

『ブラッド、宰相からベルン奪還のカギになりそうな情報を引き出して。私は、アンドリュー王子の容態と意思を確認して来るわ』

 宰相の言葉だけを鵜呑みにして動くのは危険だ。
 奪還した後、上に立つのはアンドリュー王子なのだ。彼の意思確認は絶対だ。
 私の意図を汲み取ったのか、ブラッドは、すぐに口の端を上げながら言った。

『任せてくれて構わない』

 そして、私はレオンを見ながら言った。

『レオンはどうする?』

 レオンも目を大きく開けた後に、目を細めながら言った。

『俺もここで指導係と共に話を聞こう。ついでに俺の掴んでいる情報もジルベルトに確認して、裏を取るつもりだ』

 どうやら、ジルベルトは、ブラッドだけではなくレオンの相手もする必要があるらしい。
 こうなったら、この空間は常人は足を踏み入れば凍り付いてしまうほどの極寒の空間になるだろう。

 私は頷くとアドラーと、ラウルとガルドを見ながら言った。

「これから私は、アンドリュー王子の元へ戻るわ。ラウル、ガルドは一緒に来てくれる? アドラー、あなたはここに残ってブラッドたちの話をまとめて」

 きっとこれから、この場所には機密に溢れた膨大な情報が飛び交うだろう。そんな中でも非常に情報の処理能力に優れたアドラーならきっと三人の話の内容を的確にまとめてくれるはずだ。それに、アドラーならこの空間にも耐えられるような気がした。
 アドラーは私を見ながらゆっくりと頭を下げた。

「かしこまりました。お任せ下さい」

 私はアドラーに「お願いね」と言うと、ソファーから立ち上がり、ラウルとガルドと共に、応接室を出るためにゆっくりと歩いた。

 応接室を出ながら、私はずっと不安で押しつぶされそうになっていた。
 イドレ国から、ベルン国を奪還する。

 そんなことが本当に出来るのだろうか?
 そんなことにみんなを巻き込んでよかったのだろうか?

 今更ながらに自分の決断を重く感じて、私は早くなる心臓を片手で押さえながら応接室を出たのだった。

 
 応接室を出た私に、ガルドが心配そうに話かけてくれた。

「クローディア様、大丈夫ですか?」

 私はガルドに言われて、ようやく自分の足が震えていることに気付いた。
 止まらない膝の震えを誤魔化すように、私は背筋を伸ばして、ガルドとラウルに微笑みかけた。

「大丈夫よ! 私は、自分のできることをするだけだもの」

 震える足を隠して、精一杯虚勢を張った。

 上手く笑えているだろうか?
 笑顔の仮面をちゃんとつけているだろうか?

 足の震え、早く止まれ!!

 そんなことを思っていた私は、あたたかさに包まれていた。

「え?」

 気が付くと、私はラウルに抱きしめられていた。
 ラウルは私を抱きしめたまま切々と訴えかけて来るように口を開いた。

「クローディア様……そんな……泣きそうな顔で笑わないで下さい……こんな先の見えない不安に満ちた状況の中、怖くなるのは当たり前です。どうか、私たちの前くらいはクローディア様のお心を見せて下さい!!」

 ラウルの胸の中はとてもあたたかくて、広くて……そんなラウルに抱きしめられると、折角作っていた笑顔の仮面が外れて泣きそうになってしまった。
 でも、仮面をつけ続けるのは心が苦しくなるので、仮面を外させてくれたラウルに感謝して身体を預けると、ようやく足の震えが止まった。

「ありがとう……ラウル……」

 私はラウルにしか聞こえない声でお礼を言って、ラウルのあたたかな胸の中から出て、しっかりと自分の足で立った。
 ラウルは私をじっと見つめると、真剣な顔で言った。

「クローディア様の背中は私が守ります。どうぞ、あなたのお心のまま進んで下さい。そして、疲れたら、また私の胸をお使い下さい。私の胸の中はクローディア様専用ですので」

 ラウルの言葉に思わず口元が緩んで、私は再びラウルに「ありがとう」と告げた。すると、ガルドが私の手を取って、いつものいい声にさらに凛々しさを増した力ある声で言った。

「ラウル殿が背中を守るというのなら、私はあなたの行く道を切り開きましょう。クローディア様の思うままに進んで下さい」

 私は、ラウルとガルドの力強い言葉に、泣きそうなことも忘れて、仮面ではない笑顔になっていたのだった。

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