ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番

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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還

125 森の中の隠された洋館(3)

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 私の隣にブラッドが座り、前にレオンが座るように促され、ラウルとアドラーとガルドは、私の座っているソファーの後ろに立って、ジルベルトは私とレオンの顔が見えるようにテーブルの横に立った。
 レオンは、ジルベルトを見上げながらスカーピリナ国の言葉で尋ねた。
 
『まわりくどいのは性に合わない。単刀直入に聞く。なぜ、クローディアを襲った?』

 レオンはまず、ジルベルトの命だとの証言がたくさん集まっている昨日の国境付近での襲撃について質問し、ジルベルトは聞かれることを知っていたかのようによどみなく答えた。

『レオン陛下と、クローディア様のお力をお借りたいと思いました。言い訳ですが、決して危害を加えるつもりはありませんでした』

 これは捕えた兵の証言通りだった。

『兵にわざと情報を流したのは、クローディアの親戚を囮にするという二重の仕掛けがあったからか?』

 レオンの問いかけに、ジルベルトは淡々とした様子で言った。

『エルファン殿は関係ありません。彼が生まれた時、すでにクローディア様は王太子妃になることが決まり、この国に足を踏み入れることなどありませんでしたので、クローディア様と全く面識のない彼を囮にするつもりはありませんでした。彼が、ここにあなたを呼びたいと言ったのは、火龍を見てからです。情報を兵を通してそちらに流せれば……きっとレオン陛下なら、捕えた兵から話を聞き、クローディア様のお迎えのために、ここに乗り込んでくれると思っておりました。そちらがあの状況で逃げ切れるとは、想定していなかったので……』

 ジルベルトの言葉に、レオンは小さく『そうかもな』と言ったのだった。すると今度は、ブラッドが口を開いた。

『ハイマ国の王太子の庭を襲撃したのは、あなたの仕業か?』

 ジルベルトは、真剣な顔で言った。

『いえ、襲撃は我々ではありません。ですが、私はイドレ国が、ハイマの港に襲撃を仕掛けるという情報を掴んだので、それを目的のために利用させてもらおうと思いました。しかし、信頼できるところからの情報だったにも関わらず、ハイマが襲撃されたという情報が入らず、おかしいと眉を寄せていたところに、今後は、王太子の庭を襲撃するという情報が入り、すぐに動きました。その時、クローディア様のシーズルスでの記録を入手しました』

 シーズルスでのクイーンイザベラ号襲撃と、フィルガルド殿下の庭に火をかけようとした犯人は、イドレ国だったんだ!!
 
 この二つの襲撃事件は、イドレ国が仕掛けたことだったのだと、私は初めて知った。
 私は内心かなり驚いていたのだが、みんなは全く驚いた様子はなかった。
 驚いているのは私だけで、ブラッドは相変わらず無表情に質問を続けていた。

『では、クローディア殿の記録を盗んだのは、あなたたちか?』

 ジルベルトは頷いた後に答えた。

『はい。イドレ国がスカーピリナからの国賓を迎え、警備の手が足りない隙を狙って王太子殿下の庭を襲撃するという情報が入っていたので、その襲撃を隠れ蓑にしようと思いました。兵にも伝えた通り、本来でしたら両陛下の会談の記録を奪う予定でした』

 私は自分の頭の中で、ジルベルトの話を整理した。

 ジルベルトにはイドレ国の情報が筒抜けのようだ。
 イドレ国の動きがわかっているのなら、記録を盗むというのはあまり目立つことではないので理解できる。だが、森の中に隠れているのに、兵を使って私を捕えようとしたら目立ってイドレ国に見つかってしまうのではないだろうか?

 私は気になっていることを尋ねた。

『ねぇ、ジルベルト。あなた、森の中に隠れているのに兵を動かして、イドレ国には見つからないの?』

 ジルベルトは、これまで見せていた冷静さを捨て去り、見たこともないほど、苦しそうに顔を歪め、吐き捨てるように言った。

『イドレ国の王が、ベルン国の統治のために派遣した男は……地位と名誉と金にしか興味のない強欲な貴族でした。あの男は、民に重税を課し、自分は王宮で毎日遊び暮らしている。イドレから来た兵もベルンの国で好き放題だ。そんなヤツらにダラパイス国内の様子を探るなどという勤勉さはありません。……イドレ国は全て独りの皇帝の指示によってのみ動いています。そして、その皇帝は手に入れた途端、ベルンから興味を失っていますので』

 自分の守って来た国をないがしろにされるのは……胸を焼かれるほど、苦しいだろうと、そう思った。
 助けたいと思った。
 でも同時に、自分に何ができるだろうとも思った。
 私には私の使命がある。

 無言になった私たちの前に、ジルベルトはテーブルから離れて、棚に置いてある木箱を持って来ると、それをテーブルに置いて、ゆっくりと蓋を開いた。

 中には美しく輝く薄紫色の宝石が入っていた。

 ――私はこの宝石を知っていた。

「これ……バイオレットアッシュ?!」

 私の目の前には、ハイマの三公爵家の一角、ロウエル公爵家の財源を傾かせて、現役公爵を爵位剝奪に追い込んだ我が国の誇る至宝バイオレットアッシュが、置いてあった。しかも見たこともないほどの大きな塊だった。
 みんなバイオレットアッシュの塊に目を奪われていた。
 ジルベルトは私たちを見ると、力強く言った。

「この量でおよそ五十本分になると言われています」

 私は、背中に汗を流れるの感じて声を上げた。

「え?」

 ジルベルトは、真剣な顔で私を見ながら言った。

「ハイマの天才フィルガルド王太子殿下がこの世に送り出した類稀な奇跡の剣。スカーピリナ軍を絶対勝利に導いたあの奇跡の剣をこの量のバイオレットアッシュがあれば、五十本も作ることが可能です」

 フィルガルド殿下がこの世に送り出した剣?
 どういうことなの?
 もしかして、レオンが言っていた私の我儘と交換条件にした剣の材料って……バイオレットアッシュだったの?!

 初めて聞いた情報が滝のように流れ込んで来て、息が苦しい。
 そんな私に、ジルベルトは、もう後がないというように真剣な顔で言った。

「フィルガルド殿下はバイオレットアッシュに代わる物を探すために激務に追われているとの情報を入手いたしました。聞けば、いつ倒れてもおかしくない仕事量だとか。これさえあれば、もっと余裕が出るのではありませんか?」

 私は、隣に座っているブラッドを見ながら叫んでいた。

「フィルガルド殿下が……倒れる?! ねぇ、ブラッド!! どういうこと?!」

 ブラッドは、眉を寄せて低い声で言った。

「フィルガルド……殿下が開発した奇跡の剣には、このバイオレットアッシュが使われている。だが、我が国のバイオレットアッシュの採掘量はそれほど多くはなく、旧ベルン国に頼っていた。だが、ベルン国がイドレ国に占領されてしまった今、我が国は、自国で採掘されるバイオレットアッシュで賄う必要があるが、それも……もう限界だ。フィルガルド……殿下は、バイオレットアッシュがなくとも強靭な剣が作れるように尽力しているが……中々新しい物は作れていないのが現状だ」

 フィルガルド殿下はそんなことを?
 では、これまでフィルガルド殿下が忙しそうだったのは、エリスと一緒にいたからではないの?
 エリスとの結婚準備で忙しかったわけではないの?

 ぐらぐらと自分に足元が崩れそうになる感覚を覚えて呆然としている私を、ブラッドが抱き寄せながら言った。

「クローディア殿、少し休むか?」

 私は泣きそうな顔のブラッドを見て、ようやく意識を戻した。
 そうだ。もう、過去は振り返らないと決めた。

「大丈夫よ。ありがとう、ブラッド」

 私はそう言うと、ジルベルトを見ながら言った。

「話を続けて……」

 ジルベルトは、さらにスカーピリナ国の言葉で話を続けた。

『イドレ国はまだ、このバイオレットアッシュの価値に気付いておりませんし、圧政により、旧ベルン国内は不満が溢れ、暴動を起こす寸前です。今なら……ベルン奪還の勝機もある』

 私は耳を塞ぎたくなった。

 なぜなら私は、ジルベルトがこれから口にするセリフを予想することが出来てしまったからだ。
 
 でも、こんな大きな決断を私の一存で決めてもいいのだろうか?
 せめて、フィルガルド殿下に相談した方がいいのではないだろうか?

 迷う私に、まるでスローモーションのようにゆっくりとした動きでジルベルトの口が動いた。
 
『クローディア様。レオン陛下。どうか、ベルン国奪還に手を貸して下さい』

 深く頭を下げたジルベルトに向かってレオンが口角を上げながら答えた。

『元よりそのつもりだ。俺なりに調べたが、確かに旧ベルン国だった辺りは、イドレ国のやり方への反発が大きいからな。そこをつけば国盗りも夢物語ではない。それにヤツらにバイオレットアッシュを渡すのは脅威だ。俺個人として手を貸そう』

 ――俺、個人として?

 レオンはスカーピリナ国王として動くわけではなく、個人で動くと言っている。つまり、何かあっても国には迷惑をかけないということだ。
 それなら、私は?
 私も個人で動くと言うのなら、フィルガルド殿下を守れる?
 フィルガルド殿下には迷惑はかからない?
 
 だって私は――お飾りの王太子妃だから。

 お飾りの王太子妃という言葉にまたしても背中を押されて、私はブラッドを見ると、ブラッドはハイマの言葉で、いつもの無表情で言った。

「これは、あなたにしかできないことだ。私は、あなたの選択を支える」

 ブラッド、どうしてそんなにいつも通りなの?!
 もっと動揺してよ!
 もっと困ってよ!!

 そんな、私の選択を支えるなんて……当たり前みたいに言わないでよ!!

「どうして……そんな……」

 ブラッドは、相変わらずいつもと変わらぬ様子で言った。

「仮にこれを国に持ち帰ったところで、何一つ現状を変えることなどできはしない。円卓の間など大層な場所で、己の守るべき者たちの利権と保身を抱えた連中の機動性の欠片もない決定より、クローディア殿の奇想天外で、どこまでも自由な発想に賭ける方がずっといいからな。例えどんな結果になろうとも、私はあなたを守ると言ったはずだ。あなたの気高く美しい心で、選べ。それが最善だ」

 なに……それ……普段はきついことばかり言うくせに……。
 
「みんなは? 危険かもしれないよ?」

 私は後ろに立っているガルド、ラウルと、アドラーを見ながら言った。

「クローディア様の選ぶ道が一番希望に溢れた道です。どうぞ、あなたのお心のままにご決断を」

 ラウルがそう言って微笑むと、アドラーも穏やかな顔で言った。

「元より、私は他の誰でもないクローディア様の側近です。どうぞ、あなたの望む未来を口にして下さい」
 
 そしてガルドも微笑みながら言った。

「叶えてみせますよ。どうぞ、お願いして下さい」
 
 私が最後にブラッドを見るとブラッドは何も言わずに少しだけ微笑んだ。
 本当に狡い!! こんな時に微笑むなんて……。

 私は、ジルベルトを見ながら言った。

「――ベルン国奪還に、手を貸します」

 こうして、ベルン国奪還に向けて動き出すことが決まったのだった。







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