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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還
124 森の中の隠された洋館(2)
しおりを挟むクローディアたちが、馬に乗って森の中の隠された洋館に向かっていた頃。リリアとジーニアスとレイヴィンは、マリアと共に辺境伯の屋敷内にある書庫にいた。
「主人が聞き取りや独自の調査でわかったベルン国と、イドレ国に関する資料は……この辺りです……すぐに用意いたしますね」
マリアが数人の執事に指示を出し、テーブルの上に次々に膨大な量の資料を並べ始めた。
実は、リリアやジーニアスやレイヴィンには、辺境伯の屋敷に残って、情報整理の任務が与えられたのだ。
レイヴィンが、次々に並べられていく資料を見ながら顔を青くしながら言った。
「今日中に、これを全部……確認するのか? たった三人で?! 本当に、そっちの指導係殿は鬼だな……」
頭を抱えているレイヴィンを横目に、ジーニアスもリリアも慣れた様子で動いていた。リリアは無駄のない動きで、マリアの並べた資料を確認して並べ始めた。
「クローディア様をお支えできるのでしたら本望です。ジーニアス様。私がまずベルン国の情報を時系列で並べます」
ジーニアスは紙とペンを用意して、椅子に座ると頷きながら言った。
「そうですね。クローディア様のために尽力できるのならむしろ幸せです。リリアさん、お願いします」
二人は、レイヴィンの嘆きなど完全に聞き流し、黙々とそれぞれの作業を始めた。
「お、おい……二人とも主への忠心が、重すぎないか?」
レイヴィンが二人の様子に戸惑っていると、リリアが当たり前のように言った。
「話をしていては終わりませんよ、レイヴィン様。私たちは兄とは違いますから」
そして、ジーニアスが笑顔で言った。
「そうですね……この量を終わらせるには逆算すると話していると厳しいでしょうね……アドラー殿なら可能かもしれませんが……」
ジーニアスの言葉に、レイヴィンは目を大きく開けて驚いた後に、頭をおもいっきり掻きながら言った。
「アドラー何者?! まぁ、これでも一応、スカーピリナ軍の参謀なんでね。やりますよ?! やりますけどね!! リリア嬢、こちらにもお願いします」
「はい、ではイドレ国の情報はレイヴィン様にお渡ししますね」
レイヴィンは困ったように返事をした。
「お願いしま~~す」
こうしてジーニアスたちは、ダラパイス国が持つ二つの国の情報を資料にまとめたのだった。
それから三人が、黙々と資料を整理して数時間が経った頃、ジーニアスが青い顔で声を上げた。
「お二人とも、これを見て下さい!!」
リリアと、レイヴィンは急いで席を立つと、ジーニアスの手元を覗き込んだ。
「これって……?!」
リリアも青い顔をしながら声を上げた。レイヴィンも顔を引きつらせて笑いを作りながら言った。
「なるほど……イドレ国とは随分と、姑息な手を使ってくるようだな……」
ジーニアスとリリアとレイヴィンは顔を見合わせて頷くと、残りの資料の確認を急いだのだった。
◆
私たちは、ジルベルトにあいさつを済ませると、エルファンの案内で、ローザたちが待っている部屋に向かった。
どうやらアンドリュー王子殿下が病気なだけではなく、ローザも足が不自由なようだった。
エルファンは部屋に入ると元気にあいさつをした。
「ローザ!! ローザのお兄様、ネイ、おはようございます。実は、クローディア様は魔法は使えないそうなので、弟子入りは諦めましたが、助けて下さるとおっしゃってくれたので、今日はクローディア様たちをお連れしました~~」
エルファンの言葉で、ローザが声を上げた。
「はじめまして、クローディア様!! 本日は、兄のためにお越し下さり、本当に感謝いたします」
ローザは可愛い笑顔で、とてもしっかりとしたあいさつをしてくれたので、私もローザにあいさつをした。
「はじめまして、ローザ。こちらこそ、迎えてくれたこと感謝しています」
ローザは杖に頼りながら淑女の礼をすると「失礼します」と言って、再び椅子に座った。
私は、ローザの足が不自由なことを知って驚いてしまった。
なぜエルファンは、ローザの足を治してほしいと言わなかっただろうか? 普通に考えれば、真っ先にローザの足を治してほしいとお願いしそうなのに……。
私が疑問に思っている間に、ネイの手を借りて、身体を起こした旧ベルン国のアンドリュー王子は、つらそうに微笑みながら口を開いた。
「ようこそ……ゴホッ、ゴホッ。折角来て頂いたのに、こんな姿で申し訳ございません。……お久しぶりですね、クローディア様。ブラッド殿も、レオン殿もお元気そうですね、ゴホッ、ゴホッ」
私は、アンドリュー王子の言葉に耳を疑った。
――お久しぶりですね、クローディア様?!
え?
クローディアさん、この方にお会いしたことがあるの?!
全く彼女の記憶に残ってないのですが?!
一体、いつお会いしたのだろうか?
とにかく、申し訳ない……申し訳無さすぎる!!
大変残念なことに、クローディアの記憶にはアンドリュー王子のことは全く残っていなかった。
私はアンドリュー王子に、記憶にございませんとは言えずに「お久しぶりです」と言って誤魔化すしかなかった。するとレオンがブラッドに通訳をして貰った後に、スカーピリナ国の言葉で言った。
『アンドリュー殿。無理をするな……随分と……悪そうだな。つい一年前までは共に狩りに出掛けていたのに……』
狩り?!
今のアンドリュー王子の様子からは想像が出来ないほどの快活なエピソードが飛び出し、私は驚いてしまった。
レオンの言葉を聞いて、アンドリュー王子は、今度はスカーピリナ国の言葉で言った。
『本当にお恥ずかしい……限りで……ゴホッ、ゴホッ、ゴホ』
激しく咳き込み出したアンドリュー王子を見ていられなくて、私は思わずアンドリュー王子にかけより声を上げた。
「アンドリュー王子殿下、大丈夫ですか?! もう、無理に話をしないで下さい」
私がそう言うと、殿下はしばらく何も言わなかった。そしてネイに背中を撫でられ、少し呼吸が楽になったのか、アンドリュー王子が私を見ながら眩しそうに目を細めた。
「本当にまっすぐで、美しい瞳ですね……やっと正面から……見ることが出来ました。ずっとその瞳に憧れていたのです……あなたの瞳は……常にフィルガルド王太子殿下に向けられていましたので、ゴホゴホ。今、初めて私は、あなたの瞳に映ったように思います」
アンドリュー王子の言葉を聞いて、私はエルファンの瞳を思い出した。
私もエルファンの瞳は真っすぐで、とても気高くて純粋で美しいと思ったのだ。もしかしたら、クローディアのフィルガルド殿下を見つめる瞳もそうだったのかもしれない。
もし、アンドリュー王子が憧れていた瞳が、クローディアやエルファンのような力強い瞳ながら、今の私の瞳とは別のものなので、少しだけ申し訳なり、思わずアンドリュー王子から視線を逸らした。
私が視線を逸らしたタイミングで、レオンがアンドリュー王子に声をかけた。
『アンドリュー殿、貴殿の病名は?』
レオンの問いかけに答えたのは、ローザだった。
『半年ほど前、王宮から逃げる直前に、お医者様に見て頂いたのですが……原因不明と言われました』
原因不明……。
私はヒューゴを見ると、ヒューゴも私を見て頷いた。そして私は再びアンドリュー王子を見ながら言った。
「アンドリュー王子殿下、本日は薬師と共に来ておりますので、彼に任せて頂けませんか?」
アンドリュー王子は、私を見て微笑むと、咳き込みながら短く「感謝します」と答えたのだった。
その後、ヒューゴとローザの側にいるというエルファンと、ウィルファンにその場を任せて、私たちは邪魔にならないように、アンドリュー王子の部屋を出た。
私たちが部屋を出ると待っていたかのように、ジルベルトが扉の前に立っていた。
「こちらへどうぞ……お茶の用意が出来ております」
私はみんなの顔を見た後に頷きながら言った。
「ありがとうございます」
そして、ジルベルトの後について行ったのだった。
私は隣を歩くアドラーに、ジルベルトに聞こえないように小声で尋ねた。
「ねぇ、アドラー。ベルン国が、イドレ国に占拠されたのはいつなの?」
私の問いかけに、アドラーも小声で答えた。
「半年ほど前です」
――半年ほど前……?
半年くらい前と言うと、急に私とフィルガルド殿下の結婚が決まった頃と時期が一致する。
これは偶然だろうか?
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そう思って、私は急いでその考えを打ち消した。
いや、フィルガルド殿下はエリスと早く結婚したくて、私との結婚を早めたのだ。
絶対に……そうだ。
「クローディア殿。どうした? 大丈夫か?!」
ブラッドに睨まれ、私は意識を戻した。
相変わらず、ブラッドは表情とセリフが全く合っていないが、今はそれが安心できた。
「……大丈夫よ」
そして私たちは、アンドリュー王子の寝室のすぐ近くにある応接室に入ったのだった。
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