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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還
120 辺境伯邸へ(3)
しおりを挟むウィルファンが「クローディア様、失礼します」と言って、私の前から離れた。そして、泣きながら暴れて兵士を困らせている子供に向かって走りながら、大きな声を上げた。
「エル!!」
泣いていた子供は、ようやく少しだけ冷静になれたようで、ウィルファンを見た後に「お父様……」と言うと、素直に門から出ようとするのを抱いて止めていた兵士の腕から降りた。
そしてそのすぐ後に、こちらを見て目を大きく開けた。
「……え? どうして、家に魔法使い様の馬車が?」
エルと呼ばれた子供は、両手を広げて抱きしめようとしていたウィルファンの脇をくぐり抜けると、こちらに走って来た。
ウィルファンは、急いで子供を連れて来てくれた兵士にお礼を言うと、こちらに向かってまた走って来た。
子供はというと、ウィルファンより先に私の前に到着して大きな声を上げた。
「はぁ、はぁ、魔法使い様!! 僕を弟子にして下さい!!」
私たちは何が起きたのかわからなくて、戸惑ってしまった。すると慌てた様子でマリアが子供の肩に手を添えて、私に頭を下げた。
「クローディア様。息子がご迷惑をおかけして申し訳ございません。とてもやんちゃな子で……」
ウィルファンも追いついて来て私に頭を下げた。
「クローディア様。申し訳ございません。息子のエルファンです。今日はクローディア様がお見えになるので家にいるようにと言い聞かせたのですが、目を離したうちに逃げられてしまいまして……」
ウィルファンもマリアも必死にあやまっているが、当のエルファンは私の顔をじっと見ながら何も言わずに私の返事を待っていた。
私は、しゃがんでエルファンと視線を合わせて言った。
「エルファンと言うのね。はじめまして、私はクローディアと言うの。今日はエルファンのお家に泊めてもらうことになっているの。よろしくね」
私は、まずはエルファンにあいさつをした。すると、またしてもエルファンは目を大きく開けて驚いたように言った。
「クローディア様?! では、あなたがジルの言っていた魔法使い様!!」
――ジルの言っていた?
私がエルファンの言葉に疑問を感じていると、どうやらブラッドとレオンも同じように思ったようで眉を寄せていた。
ウィルファンは、大きな息を吐いてエルファンに向かって言った。
「エル、ごあいさつは?」
するとエルファンは、私を見ながら子供ながらに立派に貴族のあいさつをしてくれた。
「はじめまして、僕はエルファンと言います。魔法使い様……クローディア様。どうか僕に魔法を教えて下さい!! お願いします!!」
私はずっと頭を下げ続けるエルファンの手を取った。するとエルファンも顔を上げた。エルファンの手はとても小さいのに、手に剣ダコが出来ていてすでに、剣の訓練をしているのだ思った。私はそんなエルファンの顔を真っすぐに見ながら言った。
「エルファン、ごめんなさい。私は魔法は使えないの」
エルファンは泣きそうな顔で私を見ていた。嘘をつくことが出来なくて、本当のことを言ったが、純真な子供に絶望に沈んだ瞳を向けられるのは想像以上につらいと思えた。
「え……でも、さっきも魔法を使って……」
エルファンは言葉を失ってしまった。私はそんなエルファンに話かけた。
「どうしてエルファンは魔法が使いたいって思ったの? 魔法は使えないけれど、別の方法で力になれることがあるかもしれないわ」
私が尋ねると、エルファンは目に涙をいっぱい溜めながら、真剣な顔で言った。
「あれが魔法じゃない……別の方法……? ……クローディア様。みんなに内緒にしてくれる?」
私は、エルファンの真剣な瞳がとても眩しく思えて、大きく頷きながら答えた。
「わかった。でも、話を聞いて、私だけではどうしようもないと思ったら、エルファンを助けてくれそうな人には話をしてもいい?」
私がそう言うとエルファンは少し考えて、頷きながら言った。
「うん。わかった。クローディア様、あのね……」
エルファンはそう言うと、私の耳に口を寄せながら言った。
「(僕の大切なお友達のお兄さんが、病気で苦しんでいるから……どうしても助けたくて……。ジルが……『クローディア様は魔法でも使えるようだ』と言っていたから……)」
本人としては小さな声で言ったつもりだったのかもしれないが、エルファンの内緒話は、きっとここにいるみんなの耳に入っただろう。
友達のお兄さんが病気で助けたい。
そして、私の名前を知っていたジルという人物……。
気になることが多くて、私はエルファンの話を聞きながら考えていると、ウィルファンが思わず声を上げそうになっていた。
「エル、一体誰……」
私は、急いでウィルファンを見上げると、口の前に人差し指を立てて、ウィルファンの言葉を止めた。
マリアはエルファンのことを、やんちゃな子だと言っていたが、きっと友達思いのいい子なのだと思う。私は、この子を助けてあげたいと思ってしまった。
病気をどうにかすることは出来なくても、何か出来ることはあるかもしれない。
私は耳から口を離して、私を見たエルファンに向かって言った。
「ねぇ、エルファン。後で詳しいお話を聞かせてくれないかな? 何かできることがあるなら手を貸すわ。まずは、お母様たちにごあいさつをしたり、手を洗ったりしてね」
「本当ですか?! ありがとう、クローディア様」
エルファンは笑顔になると、後ろに立っていたマリアのところに戻って行った。
「クローディア様、お疲れなのに申し訳ございません」
ウィルファンが、本当に申し訳なさそうに言った。
「ウィルファン様。私も勝手に約束してすみませんでした。でも……気になることもあるで、エルファンと話をさせて下さると助かります。ウィルファン様も同席されますか?」
ウィルファンは、大きく頷きながら言った。
「クローディア様さえよろしければ、ぜひ!! では、まずは皆様をお部屋にご案内致します」
こうして私たちは部屋に案内された後に、私の部屋に集まることになったのだった。
◆
部屋に戻ると、私の部屋だと言われた豪華な部屋に、ブラッド、ガルド、ラウル、アドラー、リリア、ジーニアス、ヒューゴだけではなく、レオンとレイヴィンまで集まった。
やはり皆、ジルという人物を不審に思っていた。
「エルファンから話を聞く時は……ガルドとリリアとジーニアスとヒューゴが同席してくれる?」
幼い子から話を聞くのに、ブラッドや、レオンは怖すぎる。泣かれる可能性がある。
それにラウルやアドラー、レイヴィンも怖いと感じる可能性がある。
ガルドはやはり子供がいるからか、子供に対して自然体だった。リリアや、ジーニアスも穏やかな空気なので、きっと警戒されないだろう。エルファンの一番の目的が『病気の人を助けたい』というのなら、薬師のヒューゴほど適任者はいない。
私の言葉をレイヴィンから訳してもらいながら聞いていたレオンが、ソファーから立ち上がると、言葉とは裏腹に楽しそうに言った。
『泣かれたら話が進まねぇからな。不本意だが、仕方ねぇ。おい、指導係。今後のことを話し合うぞ。レイヴィンと、クローディアの双翼もついて来い!!』
ブラッドが、私を見ながら言った。
「後で話を聞きに戻る」
「ええ。終わったら、レオンの部屋に使いを出すわ」
私がそう言うと、ブラッドは頷きながらソファーから立ち上がるとラウルとアドラーと共に部屋を出て行った。
そして、その後。私の部屋を尋ねて来たウィルファンとマリアと共に、エルファンの話を聞くことになったのだった。
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