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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還

117 国境で(5)

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 それからすぐに、レイヴィンが援軍を連れて来てくれたが、特に戦うこともなく私たちを狙っていた人々は皆、捕縛された。

 私たちは再び馬車に戻り、ダラパイス国の玄関口である砦に向かっていた。今は、馬車の中でブラッドから、レオンが敵兵から聞き出したという情報の報告を受けていた。

「くっ……それでは……無事に国王陛下同士の会談内容が盗まれていれば、クローディア様をこれほど危険な目に合わせることもなかったのですか?」

 ブラッドから説明を聞いたジーニアスがまるで、この世界の終わりが来たかのような悲壮な顔をしていた。
 普段の冷静なジーニアスなら、国王陛下同士の会談内容が盗まれるなんて、重大なことをなどという言い方はしないだろうから、相当落ち込んでいるようだ。

「ジーニアス、両陛下の会談では軍事的な話合いもされたのだから、盗まれなくてよかったのよ! そもそも、盗むのがダメなの!! ジーニアスが責任を感じることではないの!」

 レオンが聞き出した偵察隊の人たちからの情報によれば、今回、私たちを狙っていたのは、旧ベルン国の兵。
 旧ベルン国をイドレ国から奪還するために、宰相が裏で糸を引き、スカーピリナ国とハイマ国の王家の密談を盗ませた。
 そして、それをイドレ国の王に渡すと脅して、両国にベルン国奪還の協力を持ちかけたかったようだが、盗んだのは私の旅行記。その中身を見た宰相はなぜか、私を連れて来る作戦に変更したらしい。
 
 ジーニアスの書いた記録を盗ませた人物。
 そして、今回の待ち伏せの動機。
 さらには、なぜ私を連れ去りたかったのか、その理由まで偵察の兵は明確に答えることが出来ている。
 それって、普通のことなのだろうか?
 私は少しだけ疑問に思って、思わず口を開いた。

「でもそこまで詳しくわかるなんて……随分と内部に詳しい人が偵察隊にいたのね……少し気になるのだけれど……」

 敵の宰相が裏で糸を引いていると聞いて、私が最初に思い浮かんだのは、ハイマ国で同じような地位にいるブラッドだった。もし、ブラッドが敵の宰相だったら、そんな重要な情報をこちらに漏らすように多くの兵の耳に入れるような真似をするだろうか?
 絶対に漏れないようにしそうだ。
 敵から内容を聞き出したのが、レオンだったからかもしれないが、捕えた兵を見たところ傷ついている様子はなかった。
 もしかしたら、宰相はこちらに情報が漏れても構わないと思っていた可能性がある。
 いや、漏れてしまったというより――むしろ……。

 ブラッドがなぜか機嫌良さそうに答えた。

「それは、スカーピリナ国王も言っていた。あまりにも簡単に白状するので、何かの罠かもしれないとな……」

 ブラッドの話の内容はとても機嫌が良くなるような内容ではない。それなのに、この鬼上司は不気味なほど上機嫌だ。
 ブラッドとはそれほど長い付き合いというわけではないが、これだけはわかる。

 ――ブラッド、何か企んでる?!

 私はじっとブラッドを見つめながら尋ねた。

「罠……ブラッドは……どう思うの?」

 怯えたように問いかけると、ブラッドが目を細めて楽しそうに口を開いた。

「聞きたいのか?」

 憎たらしい!!
 なんて、ふてぶてしい態度だ!!
 
 でも……ブラッドがこんな言い方をする時は、何かとんでもない方向に進んでいる時でもあることを私は知っている。
 私はブラッドに顔を近付けながら大きな声で言った。

「また、質問に質問で返す!! それ、良くないからね!! 絶対に聞きたいわ!!」

 ブラッドは、美しく笑うと私の目を見つめて、眩しそうに言った。

「……私は、罠というより、賭けではないかと思っている。あの記録を手にしてしまったのだ。女神に縋りたくなったのだろうな。だが……まさか、ベルンに国の奪還の意思があったとは……。彼らが目的を果たしたいのなら、王同士の会談の記録で脅すより、あなたを取り込んだ方がはるかに効率がいいことは間違いない。彼らもそうだが、我が国は……またしてもあなたに助けられたのかもしれないな……」

 ブラッドは、旧ベルン国がイドレ国から国を奪還することを望んでいる?
 そう思ったが、私はそれ以上、言葉に出来なかったのだった。





 その頃、レオンはレイヴィンと共に馬車に乗っていた。
 いつも飄々とした態度のレイヴィンが、真剣な様子でレオンに向かって口を開いた。

『ベルンが不穏な動きをしているとは耳に入っていましたが、まさか、あの宰相殿がこんな大胆な手を使ってくるとは思いませんでしたねぇ……油断しちゃいました』

 レイヴィンの言葉にレオンが何かを考え込むように答えた。

『そうだな……捕えた兵の話では、エルガルドと私の会談の記録で脅すつもりだったが、もう一度盗みに入るわけではなく、なぜかクローディアを絶対に連れて来るという方針に変っている。そのことも妙だ……クローディアを誘拐したところでハイマ国とダラパイス国、両国から自分たちが総攻撃を受けるだけだ。これから国を取り戻そうっていう連中がクローディアを誘拐したところで利用価値などないだろう?』

 レオンの言葉に、レイヴィンが怪しく目を光らせながら答えた。

『盗まれた王太子妃の記録には、果たして何が書いてあったのでしょうねぇ~~?』

 レイヴィンの意味深な言い方に即座にレオンが声を上げた。

『レイヴィン、俺がそういう言い方が嫌いなことは知っているはずだ。単刀直入に言え。何が言いたい?』

 レイヴィンは、レオンを真っすぐに見ながら言った。

『事件とは、起こってみないと人々の耳には入らないってことです。例えば、未然に防がれた事件などは、防げたことに安堵して表には出て来ない。今回のように……』

 レオンが怖いほどの視線をレイヴィンに向けながら言った。今回の件、もしもクローディアが誘拐されていたら大事件になっていた。しかし、無事にクローディアを守り切った今、関係者以外の人々の耳に入ることはないだろう。

『つまり、盗まれた記録には、今回のようにクローディアによって、何らかの事件が防がれた経緯が書かれている可能性があるということか?』

 レオンの言葉にレイヴィンは大きく頷いた。

『そうです。昔、盗賊団を率いていた頃。ハイマの港には厳重に警備された倉庫があるという噂を聞いたことがあります。警備が厳重でとても入り込めるような場所ではないので盗みに入ったことはありませんので、倉庫の中身はわかりません。しかし、今回、その港から無事にクイーンイザベラ号という王妃の名前を冠した船が出港している。実は、私は今回クイーンイザベラ号が無事だったことが意外だったのです。絶対に何かあると思っていたんですがねぇ……何も起きなかった。もう後がない抜け目ないベルンの宰相が、危険を犯してまで彼女を求めた理由など……船が無事だったことと関係あると考える方が妥当かと……』

 レイヴィンの言葉に、レオンが先ほどの火龍を思い出し、真剣な顔で呟いた。

『ハイマの港でのクローディアの動き……か……。これは、例の物だけではなく、他にも介入する理由が出来てしまったな』

 レイヴィンが小さく笑いながら言った。

『そうですね~~本当に楽しませてくれますねぇ~~あの王太子妃様』

 レイヴィンの言葉にレオンの顔が歪んだ。

『王太子妃様か……』

 レオンのそんな顔を見たレイヴィンは少し眉を下げた後に『クローディア様は……』と言い直したのだった。


 
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