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第三章 チームお飾りの王太子妃、隣国奪還

116 国境で(4)

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 空に天高く昇る火龍を目撃していたのは、クローディアたちを捕らえようとして待ち構えていた者たちだけではなかった。
 レオンもまた空を見上げ、呆然としながら呟いた。

『今のは……火龍か? この策だけでも十分に時間が稼げていると思ったが……あれが、ちょっとした足止めの策だと? に火龍など……クローディアは、魔術でも使えるのか?』

 レオンだけではなく、スカーピリナ国の兵士や捕えた兵までもが皆、『奇跡だ……』声を上げて驚いていた。

 そして、丘の下にいたガルドやレガード、ハイマ国の騎士も空を見上げていた。
 ガルドは、空を見上げたまま目を細め、クローディアの火龍が出現していた場所を見ながら言った。

「今度は、火龍か……また仕掛けを見ることが出来なかったな……」

 そんなガルドの言葉に同意するように、レガードも呟いた。

「あの火龍にも仕掛けがあるなんて……やっぱり信じられない。今度こそ、見たかったな……」

 ガルドとレガードは、舞台裏を見れなかったシーズルス領で見た白壁を思い出しながら呟いたのだった。









 その頃、援軍と共にこちらに向かっていたレイヴィンと、ダラパイス国の兵士団も、クローディアの火龍を目撃していた。

『あれはなんだ?』
『どういうことだ?! あれは、旧ベルン王家の守護の火龍ではないか?!』
『なぜ今頃、ベルン王家の火龍が……まさか、王家に手を出すなというお告げなのか?』

 旧ベルン国と親交の深いダラパイス国の兵士は、クローディアの火龍を見ながら口々にベルン王家の守護だと叫んでいた。
 一方、レイヴィンはクローディアから敵を足止めすると聞いていた。だが具体的な内容は聞いていなかったので、これが人工的な物だと知っていたため、青い顔で唖然としながら呟いた。

『まさか、これが彼女のちょっとした策?! 火龍とは、伝説の生き物ではなかったのか? ……これは、夢なのか?』

 レイヴィンは、この現実を受け入れることができなかったのだった。








 同時刻。
 ここは、ダラパイス国と旧ベルン国の国境付近。ダラパイス国内にある森の中に隠された石造りの館。
 ここでも、クローディアの火龍が目撃されていた。

「王子!! ダラパイス国の国境付近に、ベルン王家の火龍が!!」

 全身に傷のある少年が、ベッドに入り苦しそうにしている青年に向かって声をかけた。
 青年の瞳にも窓の外に大空を優雅に渡る火龍が映った。

「ああ。見えた……ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……確かに……火龍が……まだ……神に見捨てられたわけではなかったのか……ゴホッ」

 激しく咳き込む青年に、少年が必死な様子で駆け寄った。

「王子、無理はしないで下さい」
「すまないな」

 火龍はクローディアの想像以上に多くの者に目撃され、大きな衝撃を与えていたのだが、当のクローディアはそんなことなど全く気付いてはいなかったのだった。







「クローディア様、もう火の心配はありません」

 アドラーやラウルやリリア、ジーニアスやヒューゴの協力もあり、無事に消火を行うことが出来た。幸い、火は地上では燃えることもなく、木や草が燃えてしまうということはなかった。
 アドラーの言葉に私はほっとしながら言った。

「みんな、消火に協力してくれて、ありがとう。これで安心ね」

 私が消火を手伝ってくれたみんなにお礼を言って、状況を確認するためのブラッドを見ると、望遠鏡を見ていたブラッドがニヤリと悪そうな顔で笑った。

「ちょっと、ブラッド。何を企んでいるの? 怖いのだけれど……」

 鬼の不敵な笑みに、私は怯えながらブラッドの恐怖の笑みの理由を聞くと、ブラッドが片眉を上げ望遠鏡を差し出しながら言った。

「ふっ。クローディア殿。覗いてみろ」

 私はブラッドに差し出された望遠鏡を受け取り、覗くと思わず声を上げた。

「え? どういうこと?」

 敵はまだ援軍も到着していないというのに、明らかに私たちの方を見て、白い旗と円卓の間に飾ってあるような旗を二種類振っていた。
 確か、白い旗というのは降伏の証だったはず。
 
 え?
 どうして急に降伏?!
 何があったの?!

「見た所、あの旗の紋章は旧ベルン王国のものだ。そんな連中に、ベルン王家の守護である火龍など見せれば、こうなることは予想済みだ」
 
 私はブラッドの言葉を聞いて驚いてしまった。

「は? 火龍? 旧ベルン国の紋章?? え? どういうこと?」

 ブラッドが呆れたように言った。

「やはりそこまでは考えていなかったのか……まぁ、知らないだろうとは、思っていたが……」

 自分でいうのもどうかと思うが、そんなこと知るわけがない。
 国内のことだって、あやふやなのだ。国外のことなんて、知っているはずがない。

 私はというと、手持ちの物でなんとか相手を脅かせないかと考えて、咄嗟にお化け屋敷の火の玉を思い出したのだ。火の玉が見えたら、きっと驚くだろう、そう思った。だが、丸くすると火を付けるのが大変だし、弓で狙いやすいように長い布にした。だから、いうなれば不完全火の玉だ。

 だからあの人たちが旧ベルン国の人だとか、旧ベルン王家の紋章が火龍だということは、もちろん知らなかった。何度もいうが、私が目指したのはお化け屋敷の火の玉だ。不完全火の玉だったのだが、それが逆によかったようだ。本当に、物事は何がどう転ぶのかわからないものだ。

 私が偶然とは恐ろしい物だと考えていると、いつの間にか丘を登ってきていたレオンが近づいて来た。
 どうしたのだろう?
 レオンの表情が……怖い!!

 私がたじろいていると、レオンが私に近づきながら言った。

『クローディア、お前……何者だ?』
『ハイマ国の王太子妃……です』

 私が何が起こったのか状況がわからずに当たり前のことを答えると、レオンが脱力しながら言った。

『いや、それは知っているが……』

 レオンが頭を掻きながら私の耳に口を寄せながら尋ねた。

『クローディアは、その……魔術などという物が使えるのか?』

 ――魔術?!
 私は思わず目を丸くした。そして、思った。

 ここが魔法が使える世界だったら、どんなによかっただろうと!!
 そしたら魔法で空を飛んだり、物を空中に浮かせてみたりしてかなり楽しかっただろうに!!
 
 私は遠くを見つめるように言った。

『残念ながら、そんな能力は……持ち合わせて……いないわ。欲しかったけど……。あれはお酒を使った仕掛けよ』

 レオンが私の返事を聞いて眉を寄せながら言った。

『あれが魔術ではなく、酒だと?! どういう……ああ、詳しくは……指導係に聞くか……』

 レオンは、私では話にならないと思ったのか、ブラッドを見つけると、すぐにブラッドに近付いて行った。私の説明では不安だったのだろうか?
 私が寂しく思っていると、甘やかな色気のある低音が聞こえて来た。

「クローディア様、やりましたね」

 声のする方を見ると、ガルドやレガードも近くまで来てくれていた。
 私はケガのなさそうな二人を見て、ほっとしながら答えた。

「ガルド、レガードありがとう。誰も逃さないようにしてくれたのね。おかげで、作戦が上手くいって、助かったわ」

 この作戦の要は、偵察隊を一人も逃がさずに、相手を不安にさせることが大きな目的だったので、ガルドたちが無事に目的を果たしてくれたことに私は心から感謝した。
 ガルドは優しく微笑みながら言った。

「いえ、あのくらい問題ありません」

 こうして、私は無事に兵士を誰一人として傷つけることなく、窮地を脱することが出来たのだった。





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