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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

111 旅は社交?!(1)

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 馬車がテール侯爵邸の庭に到着した。テール侯爵邸はよくある屋敷の入り口の前まで馬車を直接つけることのできるタイプのお屋敷ではなく、少し離れた場所に豪華な屋根がついた馬車乗り場が設置されているタイプのお屋敷だった。
 この馬車乗り場から、放射線に立派なお屋敷が何棟も立っていてそれぞれに屋根付きの豪華な通路があるので、迎えの者がそれぞれの建物に案内する形式になっているのだろう。
 馬車を降りると、いつもならブラッドが一人で私より先に降りて手を差し伸べてくれるが、ブラッドはなぜか不機嫌そうにレオンと反対側の馬車の降り口のすぐ横に立って手を差し出し、レオンもさらに反対側から手を差し伸べてくれた。
 私は、戸惑いながらも左手をブラッドに、右手をレオンの手を取りながら『ありがとう』と言いながら馬車を降りた。そして、いつも最後に馬車を降りるジーニアスが馬車を降りる頃には、ガルドや、ラウル、アドラーも私の側に立っていた。よく見ると、レガードの姿も見える。どうやらレガードも今回の旅に同行してくれたようだった。

 レオンの隣には見たことのない赤い髪を後ろに無造作に流したどこかつかみどころのない雰囲気の男性が立っていた。レオンは、私を見ると大きな声を上げながら言った。

『クローディア、紹介が遅れたな。参謀のレイヴィンだ。一応、ハイマ語を話すことができる。私の通訳は普段はレイヴィンがしている』

 どうやら、彼はレオンの参謀のようだった。国王陛下のお供に側近ではなく、参謀というのは不思議に思ったが、国が違えば文化も違うのでそういうものか、と思い深くは考えずにあいさつをした。

「はじめまして、レイヴィン様」

 私があえてハイマ国の言葉であいさつをすると、レイヴィンがにこやかに笑いながらハイマ国の言葉であいさつをしてくれた。

「はじめまして、クローディア様。主からお噂は聞いておりましたが、想像以上にお美しいですね~~冗談ではなく、本気で目が離せません。え~と、キスはどこまで許して下さるのでしょうか? 個人的にはぜひ顔のどこかにしたい……」

 レイヴィンがまだ言葉を続けている最中に、私の目の前に大きな二つの背中が見えた。
 右がラウルで、左がアドラーだった。

「はじめまして。私はクローディア様の側近のアドラーと申します。クローディア様に触れることはご遠慮ください。キスなどもっての他です。どこにも許可いたしません」

 アドラーがレイヴィンを睨むようにいうと、レイヴィンが肩を上げながら大袈裟に残念そうな声を出しながら言った。

「どこにも?! そうですか……残念です。ではもう少し心を許してもらえたら、今度は個人的に……副団長殿、そう殺気を飛ばしながら睨まないで下さい」
「レイヴィン殿。冗談が過ぎますよ」

 ラウルが青筋を立てながらも目が笑っていない笑顔で言った。
 レイヴィンは、どこ吹く風と言った様子で、ガルドに視線を向けながら言った。

「冗談ではないのですが……ところで副団長殿。失礼ですが、あのお方はどなたですか? 昨日の夜会にはいらっしゃらなかったですよね?」

 レイヴィンの問いかけに、ラウルはガルドを見ながら言った。

「この方は、ブラッド殿の側近のガルド殿です」

 ラウルに紹介されて、ガルドが穏やかな笑みを浮かべながらレイヴィンとレオンを見ながらあいさつをした。

「はじめまして、レナン公爵御子息ブラッド様の側近のガルドと申します」

 ガルドが自己紹介をした途端、レイヴィンが顔をこわばらせ、震えるようにスカーピリナ国の言葉で叫んだ。

『そ、そ、その声?! まさか、ハイマの死神か?!』

 ハイマの死神?!
 なんだか、凄い呼び名がレイヴィンの口から出てきて、私は思わずレイヴィンを見つめた。するとレオンが目を細めながら言った。

『ほう、この男が……例の死神か……』

 レイヴィンは、ガルドをじっと見ながら呟くように言った。

『なるほど、そういうことか……。ハイマ国がすんなりと王太子妃の護衛を我が国に任せるなんて、裏があるとは思っていたが……死神が護衛に居たからか……確かにそれなら軍など必要ないな』

 レオンも頷きながら言った。

『死神が護衛か……よかった……クローディアは、ないがしろにされているというわけではないのか……』

 レイヴィンと、レオンはガルドを見ながら二人で何かを納得しているが、私にはさっぱり理由がわからずに、思わず尋ねてしまった。

『ねぇ……ハイマの死神って?』

 私が尋ねると、レイヴィンは焦った表情から急に、にこやかな笑顔になり、ハイマ国の言葉でとんでもないことをさらりと言い放った。

「昔のことを言うのは少し恥ずかしいのですが、実は私、数年前まで、ちょっと名の知れた盗賊団の頭をしておりまして……」

 は?
 盗賊団の頭?
 名の知れたって……たぶんいい意味じゃないよね?

 私がレイヴィンを見つめていると、レイヴィンは先ほどと変らぬ様子で飄々としながら言った。

「そちらのハイマの死神……えっと、ガルド殿、たった一人に盗賊団を壊滅させられてしまったのです」

 え?
 ガルド一人で、名の知れた盗賊団を壊滅?
 待って、盗賊団っていうくらいだから、一人じゃないよね?!
 それを壊滅?!

 混乱する私のことなどお構いなしにレイヴィンはさらに言葉を続けた。

「いや~~各国から指名手配されて、自分でいうのもちょっと気恥ずかしいのですが、悪名高い最強最悪だと言われていた盗賊団だったのです……しかし、ガルド殿にあっさりと潰いされてしまいました。私たちの他にもガルド殿に潰された山賊や盗賊団は数多く、ガルド殿は皆に死神と呼ばれているのですよ~~」

 えええ~~~?
 何それ……。
 ガルドって、強そうだとは思ったけど……そんなに強いの?

 私はガルドに向かって大きな声を上げていた。

「ガルド、盗賊団を一人で壊滅させたって本当?!」

 ガルドは、あごに手を置いて、困ったように笑いながら答えてくれた。

「そう……ですね。騎士団に在籍した時は、遠征や護衛や巡回などで、たまたま盗賊団を見つけたら、その都度こまめに捕えていました。でも、そんな呼び方をされているのは知りませんでした。捕えた盗賊はそれぞれの国に差し出していたので、その後も関わっていませんし……」

 私は、レイヴィンに恐る恐る尋ねた。

「あの……レイヴィンの率いていた、悪名高い盗賊団って、一体何人くらいいたの?」

 レイヴィンは、少し考えるようにして言った。

「ガルド殿が踏み込んで来た時、盗みに出てた連中もいましたから、全員揃っていたわけではないですが、五十以上はいたと思いますよ。いや~~突然一人で乗り込んできたガルド殿に、目にも止まらぬ早さで成敗されてしまいましたよ~~あの時は何が起こったのかよくわからなかったな~~」

 私は思わず引きつった顔で答えた。

「へぇ~~、そんなに……。でも、元盗賊団の頭がどうして、参謀に?」

 私が尋ねると、レイヴィンがにこやかに笑いながら言った。

「主が、『お前、なかなか使えるな。俺に忠誠を誓うなら……死に場所を牢獄か、戦場か選ばせてやる』っていうので、主に忠誠を誓いました。それに……戦術などを学ばせて下さるともおっしゃるので、今後はガルド殿に乗り込まれても壊滅しない組織を作りあげようと思いましてね、色々頑張りました」

 私だけではなく、みんな一斉にガルドを見た。
 近年、軍事国家として、周囲が目を見張るほどの戦果を上げ最強と言われる軍を率いるレオンの参謀がまさか、ガルドに壊滅させられた盗賊団の頭だったなんて……。
 そんなことって、ある?
 当のガルドはみんなに見られて困ったように笑いながら、とんでもないことを言い放った。

「改心されたのですね、それはよかった」

 よかったの……かな?
 ねぇ、これって、その返しで合ってるの??
 ガルド、器が大きすぎない?!

 私の頭が整理出来ない内に、テール侯爵家からの案内人が到着したのだった。




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