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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
107 お飾りの正妃の旅立ち(1)
しおりを挟むブラッドが呼び出しではなく、私の部屋に来た理由。
それは……同じ部屋で寝ようか、というお誘いのためだった。
道理で普段は飄々としているブラッドとアドラーの表情が硬いはずだ。私は二人を見ながら尋ねた。
「私というよりも……男性と同室で眠って、リリアはいいの? リリアの評判に関わらない?」
私は一応王太子妃だが、フィルガルド殿下は、私が他の男性と同室で寝ても何も思わないだろう。むしろそれなりに私のことは大切にしてくれているので、守るために四六時中私と一緒にいて欲しいと、ブラッドが殿下に懇願された可能性だってある。それになぜかお飾りの王太子妃だと他国の王族にまで知れ渡っているようだし、フィルガルド殿下と離婚したら、少し口うるさいけどそれなりに私の心配をしてくれている兄と、おおらかでスタイル抜群のタレ目美女の義姉の庇護の元、のんびりと実家で暮らす予定なのであまり心配はしていない。
だが、リリアは違う。まだ婚約者も好きな人もいないと言っていた。私よりも未来あるリリアの方が心配だ。
そんな疑問に答えてくれたのはアドラーだった。
「妹の心配をして頂きありがとうございます。この件を妹も了承しております。それに侍女というのは基本的に、主と共に過ごすことが当たり前です。ここでクローディア様と一緒に他に男性と同室で睡眠をとったところで、特に評判に関わることはありません。母も王妃殿下のお供で、護衛の男性と同室で寝ていたと言っておりました。それに、私としても妹の睡眠は確保したいと思いますので、クローディア様が我々との同室を許可してくだされば、妹を休ませてやれるので有難いです」
リリアは責任感が強い。移動中は一般的な宿泊施設や領主邸などを利用する。ラウルの実家のシーズルス領邸ほどセキュリティーが強化してある場所は少ない。最悪の場合、窓からの侵入だって考えられる。そんな緊急時にリリア一人に責任を押し付けるような状況は、確かに負担が大きい。しかも、スカーピリナ国まで半月はかかるのだ。リリアを休ませたいというアドラーの気持ちは痛いほどよくわかる。
「リリアがいいなら私は特に問題ないわ。でも……護衛が目的なら、ブラッドはどうして同室なの?」
ラウルやアドラーやガルドが同室だというのは理解できるが、ブラッドはなぜだろう?
私が不思議に思って尋ねると、ブラッドが無表情に言った。
「剣は扱える」
……剣は扱える。
剣は貴族学院でも履修できるので、扱えるだろうが、元騎士団副団長のガルドや現騎士団副団長のラウルや、そのラウルと互角のアドラーがいるなら、ブラッドは無理する必要がないはずだが……。
それとも、補欠のような位置づけだろうか?
記録書記官のジーニアスや薬師のヒューゴは普段剣を持っていないので、戦えるとは思えないし、アドラーとラウルとガルドだけでは大変かもしれないので、一応、補欠として事前確認をしておくという意味合いかもしれない。
なるほど、用意周到なブラッドらしい。いざと言う時、代わりがいるという環境は安心にも繋がる。精神衛生上大切かもしれない。
「そうなの、無理しないでね。ブラッド」
「ああ。今、話すべきこと以上だ」
今、話すべきこと?!
その言い方、まだ何かあるの?!
私が恐怖を感じていると、ブラッドがソファーから立ち上がろうとした。私はそんなブラッドに向かって急いで声をかけた。
「ねぇ、ブラッド。ダラパイス国にも行くのでしょう?」
「ああ。もちろんだ。国王陛下にあいさつに伺い、城にも数日滞在する予定だ」
ブラッドの言葉を聞いて、私はブラッドを見上げながら声をかけた。
「ブラッドに、お願いがあるんだけど……」
「なんだ?」
私は、ブラッドにあることをお願いしたのだった。
◆
次の日は曇り空だった。風が強くで、馬車乗り場に向かう途中の渡り廊下を通ると、風が少し離れた場所にあるフィルガルド殿下のバラ園のバラの香りを運んでくれた。
私はその香りに頬を撫でられながら、心の中で呟いた。
――いってきます、フィルガルド殿下。
エントランスに着くと、ブラッドやガルド、ラウルにアドラー、ヒューゴにジーニアス、そしてリリアが待っていてくれた。
「おはよう、みんな」
あいさつをするとそれぞれがあいさつを返してくれた。すると、エントランスに久々に見る私の兄が飛び込んで来た。
「クローディア!! 間に合ってよかった!!」
兄は馬を飛ばして来たのか、息を切らしながら現れた。
「お兄様!!」
私が兄に駆け寄ると、兄が布に包まれた手のひらサイズの箱を渡してくれた。どうやら、私の欲しかったものは無事に間に合ったようだった。
「これがお前に頼まれていた例の物だ。クローディア、忙しいというのはわかるがいつもいつも、頼むのが遅すぎる。もっと余裕を持ってだな……」
もうすぐ出発だというのに、兄のお説教が始まりそうだ。ここは笑顔で乗り切ることにした。
「ありがとうございます!! 助かりました、お兄様」
兄は困ったように笑うと私を抱きしめ、小声で呟くように言った。
「クローディア、気を付けて。何かあったらすぐに連絡をしなさい。ダラパイス国までは、イゼレル侯爵家の専用の貿易用の道もあるから、すぐに対応できる。城と違って、フィルガルド殿下や、レナン公爵子息を通さずとも私と連絡が取れるはずだ」
「わかりました。ありがとうございます、お兄様」
私は兄の言葉を素直に心強いと思った。イゼレル侯爵家は、ダラパイス国との貿易の礎を築いただけあって、ダラパイス国方面の交通網が王家よりも発達している。そんな兄が何かあった時に動いてくれるのは本当に有難かった。
「それと母上から、お祖父様たちの好きなお酒を用意したから持って行ってくれ、だそうだ。表に用意しておいた」
「わかりました!」
私はみんなで、表に出てお酒を見て驚いた。
荷馬車に大きな酒樽が6個も詰んであった。私は兄を見ながら言った。
「あの……お兄様。これ、多いのでは……? 私、今から旅に出るのですが……」
「大丈夫だ、運び手も手配済みだ」
兄は問題ないと自信満々に言っていたが、問題ないのだろうか?
私が兄と会話をしていると、レオンが前の馬車から降りて来てスカーピリナ国の言葉で声をかけてきた。
『クローディア、待っていたぞ。よく眠れたか?』
私はレオンに向かってあいさつをした。
『レオン陛下。おはようございます。歓迎の夜会のこと配慮して下さってありがとうございます』
私は一応、レオンに夜会を免除してくれたことのお礼を伝えた。レオンは、兄を見ると困ったような顔をしながら言った。
『気にするな。誰と話しているのかと思えば、家族と別れを惜しんでいたのか、邪魔して悪かったな。カイン、昨日は世話になったな』
レオンの口ぶりから、どうやらレオンと兄は知り合いのようだった。兄がレオンに向かって頭を下げた。
『光栄です。昨日もお願いしましたが、あらためて、妹をどうぞよろしくお願い致します』
『ああ。任せてくれ』
どうやら昨日のパーティーで、兄とレオンが仲良くなったようだった。
『明るいうちに今日の宿泊地まで移動したい。おい、指導係。すぐに出発できそうか?』
レオンが私の後ろに向かって言った。
『ああ、問題ない』
敬語が行方不明~~~?!
私のすぐ後ろにはブラッドが立っていて、ブラッドはレオンに敬語を使わずにため口で話をしていた。いや~ブラッド君。他国の王様にため口ってどうなの?
『そうか、ではすぐに出るぞ。クローディアまた後でな』
レオンはブラッドの言葉遣いを気にすることなく、前の馬車に乗り込んだ。
「皆、出発するぞ」
ブラッドの言葉で皆が一斉に動き出した。私は兄に「いってきます」と言った後に、馬車に乗り込んだのだった。
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