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第二章 お飾りの正妃、国内にて

106 絡み合う糸(2)

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「クローディア様。先ほどブラッド様からの伝言を預かっております。支度が終わったら、話があるので呼んでほしいとのことです」

 朝起きると、ブラッドから伝言。
 私の寝ぼけていた頭は驚きで一気に覚醒した。

「呼ぶ? ブラッドをここへ?! 来いじゃなくて?! ……何かあったのかな?」

 ブラッドは基本的に私の部屋には来ない。
 それなのに、ブラッド自らがこの部屋に来るということは、間違いなく緊急時だと考えていいだろう。今日はスカーピリナ国王歓迎のパーティーもあるのだ。早く話を聞いた方が良さそうだ。
 
 すぐにブラッドを呼んで貰うと、ブラッドとアドラーが訪ねて来た。今日はガルドはお休みのようだった。ブラッドたちが来ると侍女のアリスは部屋を出て行った。

「おはよう、ブラッド。アドラー。部屋に来るなんてどうしたの?」

 部屋に入って来た二人にソファーに座ったまま恐る恐る声をかけると、まずアドラーが「おはようございます、クローディア様」とあいさつをしてくれた後に、ブラッドが私の前のソファーに座りながら口を開いた。

「おはよう、よく眠れたか?」
「ええ。おかげ様で……」

 ブラッドは、一瞬ほっとしたように頬を緩ませた。普段無表情、不愛想なブラッドの和らいだ表情は破壊力抜群だ。だが、そんな表情を見せた次の瞬間には無表情に戻ってしまう。

「今朝の国王陛下とスカーピリナ国王の会談で、明日、クローディア殿と共にスカーピリナ国へ向けて出発することが決まった」

 そして、容赦ない仕事の依頼。本当は後一週間くらい時間があったはずだ。レオンが表向きには私を迎えに来たことにしていると言っているので、仕方ないが、それにしても随分と早い。
 ……研究施設に行っているというフィルガルド殿下に『無事にもどりました』とあいさつをする時間さえもなかった。
 フィルガルド殿下に会えずに出発することに心を傷めている自分に気付いて、急いでその感情を消し去ることにした。

 私が次にこの城に戻って来る時には、エリスはすでに城に入っている。
 二人は私がいない間、一緒に離宮で生活するのだ。
 エリスに幸せそうに笑いかけるフィルガルド殿下の顔なんて……見たくない。
 そう考えると、二人に会わずに城を出られることはむしろいいことだったのかもしれない。

「そう、すぐに準備をするわ」

 フィルガルド殿下のこともあるが、二人の王の間で決定したことを反対出来る人間はそうはいないので、私はブラッドの瞳を真っすぐに見ながら返事をした。

 移動に余裕が出たと思うことにして、観光気分で楽しむことにしよう。そう、これは旅行なのだ。命を狙われて、軍隊に護衛をされているが、観光に分類することにしよう!!
 素直に頷くと、ブラッドがさらに驚きのことを言った。

「そうか……それと、今夜の夜会についてだ。スカーピリナ国王から、今日の歓迎パーティーにクローディア殿の出席を見合わせるようにと提案された」
「え? どうして?」

 私は思いがけなかった提案に驚いて声を上げた。ブラッドは淡々と説明してくれた。

「クローディア殿の出発が予定よりも早くなってしまったので、今日くらいは一日ゆっくりと休むようにとのことだ」
「レオン陛下が……?」

 レオンが提案したと聞いて驚いたが、レオンなら確かにそんなことを言いそうだとも思えた。想像して少し頬を緩めていると、どこか不機嫌そうなブラッドの声が聞こえた。

「レオン陛下か……スカーピリナ国王は随分と、クローディア殿のことを気にしておられたようだが、クローディア殿も心を許しているようだな」

 ……心を許している? 

 レオンは世話焼きの親戚のお兄さんという印象だった。きっとフィルガルド殿下が出席出来ないと聞いて『パートナーがいなくて気の毒』とか『明日から出掛けるのに前日の夜遊びはやめておけ』など私を心配して、口うるさくなっているレオンが想像出来てしまった。

「そういうのじゃないんだけど……でもレオン陛下らしい……って、ブラッド。顔怖いって……」

 不機嫌そうに眉を寄せるブラッドを見て恐怖で数歩後ろに下がりそうになった。お互いソファーに座っているので、距離は変らないのだが、心の距離だと思ってほしい。

「……元より、この顔だ」

 ブラッドは不機嫌そうに言うが、絶対にそんなことはない。普段は無表情、不愛想だ。だがそんなことを言うとますます眉の間のシワが増えそうなので、私は話を続けることにした。

「それで、ブラッドがわざわざ私の部屋に来たのはどうしてなの? 今の連絡というか、報告なら普通はアドラーに頼むでしょ?」

 私はソファーの近くに立って硬い表情をしているアドラーの様子が気になっていた。
 この程度のことを伝えるくらいなら、多忙なブラッドが自ら私に会いに来たりはしない。
 ブラッドは私をじっと見つめると、眉の間にシワを寄せたまま答えた。

「報告したいことがある……」

 そう言って、ブラッドはジーニアスのまとめた記録が盗まれてしまったことを伝えてくれたが、その話を聞いた私は、なんというか、とても複雑な気持ちになった。

 敵に狙われるかもしれないというのは素直に怖い。
 しかし、両国の国王陛下の会談や、騎士団長と側近の会談だと思って苦労して手に入れたのに、中身が私の旅行記録だったら……相手はかなりがっかするだろうと思い、すでにこれは相手にとって盛大なざまぁ展開なのでは? と思ってしまった。
 深刻な様子のブラッドに私は思っていることを素直に伝えた。

「ん~~この場合、どう考えても、私の記録の方が盗まれてよかったと安心するのが普通じゃない? だって、旧ベルン国って、イドレ国なんでしょう?」

 私としては、あまり深く考えずに言ったのだが、ブラッドは神妙な顔で答えた。

「ああ。国王陛下同士の会談、騎士団長とあちらの側近殿の会談の記録は双方とも軍事機密だった。もし盗まれていたら、確実に戦になっていただろう」

 え?!
 軍事機密?!
 戦?!
 そんな大変な話なの、これ?

「……それ、盗まれたのが、私の記録でよかったね」

 ブラッドは私を見ながら真剣な顔で言った。

「必ずあなたのことを守ると約束しよう。そこでリリア嬢だけではなく、明日から、アドラーやラウル、ガルド、そして私の誰かと同室になることを同意してくれないだろうか?」

 え?

 私は思わずブラッドやアドラーを見たのだった。


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