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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
104 王城内で(3)
しおりを挟むジーニアスが薬草保管室の前で待っていると、慌てた様子の兵士が走って来て、部屋に入ろうとしたので、ジーニアスは兵士を止めながら言った。
「お待ち下さい。現在、取り込み中です。用件はなんですか?」
兵士はジーニアスを見ると、姿勢を正しながら言った。
「その服装は記録書記官殿ですか。実は王太子殿下の庭で襲撃事件があり、王太子妃殿下が狙われました。王太子妃殿下はご無事です。ですが、バラ園の中の兵士になんらかの薬が使われました。至急薬師の方を!!」
「薬を使われた?! そちらも緊急ですね」
ジーニアスはドンドンと扉を叩きながら言った。
「至急案件です!! 扉を開けて下さい」
すぐに中から、一番年若い薬師が鼻から下を完全に覆うための布を当て、目に分厚い薬品を取り扱い用の眼鏡をかけて出て来た。
「どうしました?」
薬師が尋ねると、兵士が口を開いた。
「王太子殿下の庭で、王太子妃殿下襲撃事件があり、なんらかの薬が使われました。ラウル副団長から『媚薬の可能性があるので至急薬草保管室のヒューゴ殿を呼ぶように』と仰せつかって参りました」
年若い薬師は、眉を寄せながら言った。
「媚薬……それは確かにヒューゴさんの専門分野ですね。わかりました。少々お待ち下さい」
薬師が部屋の中に入るとすぐに慌てた様子のヒューゴが部屋から、勢い良く呼び出して来て、兵士の両肩をガッシリと掴みながら言った。
「王太子妃殿下襲撃って、王太子妃殿下は、クローディア様はご無事ですか?」
ジーニアスはそういえば、ヒューゴにクローディア襲撃事件があったことを伝えるの忘れていたことを思い出した。
兵士は、ヒューゴの必死な様子に顔を強張らせながら答えた。
「王太子妃殿下はご無事で、すでに部屋に戻られました!! ですが、見張りの騎士の意識がありません。薬師殿、お願いします!!」
それを聞いたヒューゴは、兵士の両肩から手を離しながら「そうですか……」と言った。そして、ジーニアスを見ながら言った。
「では、ジーニアスさん、行って参ります。文官の方は他の薬師が対応していますので、もうしばらくお待ちください」
「はい! 気を付けて」
ヒューゴは兵士と共に、走り去って行った。ジーニアスはその後ろ姿を見送ったのだった。
その後ジーニアスは、アメを取りに来たであろう侍女たちに、今は取り込み中だと伝えるのと、中にいる文官の婚約者に食事に行くのが遅れることを伝えて欲しいと頼んだ。侍女の中に文官の婚約者を知っているという女性がいて無事に伝えてくれることになった。
◆
ジーニアスが薬草保管室を尋ねて来る人々の対応をしながら待っていると、薬草保管室の扉が開いて、室長が出て来た。
「お待たせしました。中へどうぞ」
「はい」
ジーニアスは、室長に言われて中に入った。
「ジーニアスさん!! ありがとうございました~~~!!」
中に入ると、文官がジーニアスに抱きついて来た。
「どうしたのですか?!」
ジーニアスは困ったように尋ねると、室長が答えてくれた。
「これは神経系の毒で、使われると数日意識を失う厄介な毒物です。解毒薬は飲んでもらったので、もう大丈夫です。しかし不思議なことに、この量の毒を含んだハンカチを口に当てられたにしては、この方の意識があることが奇跡なのです。結構強い毒なので」
室長の言葉に、ジーニアスは文官が無事だった理由に思い当ることがあった。
――もしかして、シーズルス領でもらったお土産のお菓子だろうか?
「だから、お菓子ですって!! ジーニアスさんのお土産の!! あれが解毒してくれたんですよ!! 食べた直後でしたし!!」
どうやら文官もジーニアスと同じことを思ったようだった。
「記録書記官殿、どう思われますか?」
室長に尋ねられて、ジーニアスは自分の考えを口にすることにした。
「私は、シーズルス領邸のシェフに、『シーズルス領に伝わるお菓子をお土産に作ってほしい』とお願いしました。すると、シェフは『クローディア様も召し上がるのか?』と言ったので、私は『もちろんです』と答えました。シーズルス領邸で、クローディア様は大変な恩人だと思われておられます。もしかしたら、シェフはクローディア様が召し上がることも想定して、普段より多くの解毒の海藻を使った可能性があります。私もお菓子で解毒されたというのは驚きですが……」
ジーニアスの言葉に、室長が唸りながら言った。
「シーズルス領の解毒の海藻を使用したお菓子ですか……随分と贅沢な物ですが……それなら、文官殿が助かったのも頷けます。この薬草保管室にもストックがあります。あの海藻は大変高価ですが、効果はかなり高く、植物系の毒にはほとんど効果を発揮する優れものですからね……文官殿。運がよかったですね」
室長の言葉に文官は涙目になってもう一度「ジーニアスさん、ありがとうございました~~」と言いながら抱きついたのだった。
その後、薬草保管室の薬師はヒューゴの応援に行くと言うので、ジーニアスと文官は、先ほど記録文書を預けた兵士のところに戻り書類を受け取った。
ジーニアスは、すぐにでも書類の中身を確認したかったが、記録文書の入った封筒はしっかりと封がしてあり、その封は資料室で開く決まりになっていた。だからジーニアスは、先ほど盗まれた書類が本当に自分の書いたシーズルス領での記録なのかを確認するために、資料室に同行することにしたのだ。
資料室に着くと、ペパーナイフで文官が記録文書の入った封筒を開け確認した。
「書類の中身は、国王陛下と、スカーピリナ国王陛下の会談ですね。後は、騎士団長と、スカーピリナ国王の側近殿の会談の二つですね」
ジーニアスは中身を見て、イドレ国、つまり旧ベルン国の人間に盗まれた記録文書は、自分の書いたシーズルス領での記録文書だと改めて確認した。
「やはり盗まれたのは、シーズルス領での記録のようですね」
ジーニアスの言葉に文官は申し訳なさそうに言った。
「上には私から盗まれたことを報告します。恐らく、ジーニアスさんにはもう一度文書を提出してもらうことになると思います」
ジーニアスは頷きながら言った。
「わかりました。それでは私はこれで失礼します」
ジーニアスは、資料室を出ると頭を抱えた。
ブラッドがクローディアを守るために、本心を抑え込んで苦渋の決断をして、フィルガルドが罪悪感に苦しんでまで隠した事実が、よりにもよってイドレ国に渡ってしまうとは思わなかった。
もし、自分が明日文書を提出していたら……。
せめて、もっと早く終わらせて書類棚に置いていたら……。
クローディアの情報を敵国に渡すことなどなかったかもしれないのに!!
ジーニアスは自分の行いを酷く悔やんだ。
しばらくしてジーニアスは顔を上げた。
そもそも、なぜ今回記録文書が盗まれたのだろうか?
記録文書は、会談の次の日に文書にされることが一般的だ。シーズルス領など離れた場所に行った場合、旅先で記録文字を一般的な文字に変えることはしない。なぜならある意味記録文字は特殊な文字なので、記録書記官しか読めないので安全なのだ。だから王都に戻って数日かけて読める文字に変える作業をする。
ジーニアスも次の遠征が控えていなかったらゆっくりと作業したはずだ。
それを踏まえて考えると刺客が狙っていたのは、クローディアのシーズルス領での振る舞いの記録ではなく、国王陛下とスカーピリナ国王の会談か、あるいは騎士団長とスカーピリナ国王の側近の会談の記録の可能性が高い。
それらには軍事的な取り決めや、国同士の対応などが書かれているので、そちらが盗まれた場合の方が、大問題かもしれない。
「とにかく、ブラッド様に報告だ!!」
ジーニアスは、クローディアのシーズルス領での功績の書かれた文書が盗まれたことを報告するために、ブラッドの元に向かったのだった。
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