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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

102 王城内で(1)

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 クローディアたちがバラ園で刺客を捕まえていた頃。ジーニアスは、記録部でシーズルス領での記録を記録専用の文字から誰でも読める文字に書き換えて、ほっとしていた。そしてまとめた記録を手にして、嬉しそうに呟いた。

「本当にシーズルス領でもクローディア様の活躍は素晴らしいものだったな」

 ジーニアスは記録書記官としての公式な記録には真実のみを書き記した。この書類にはブラッドやロウエル元公爵の企みなどは一切反映されていない、ありのままの事実だけが書かれていた。
 記録書記官の公式記録は、記録担当の文官が一日の終わりに取りに来て、資料室に保管する。
 普段は文官が書類を取りに来るまで、記録部には誰かが待機しているが、今日はジーニアスが残ると言ってあったので、記録部にはジーニアスが一人で残っていた。

 昨日、ジーニアスがブラッドの元にスカーピリナ国王の目的を伝えに行ったら、どうやらブラッドは知っているようだった。あの様子ならもしかしたら、スカーピリナ国行きが早まるかもしれない。
 だからこそジーニアスは、早くシーズルス領のことをまとめておきたかったのだ。

 ジーニアスが、背伸びをしながら時計を見ると、そろそろ文官が今日の分の記録を受け取りにくる時間だった。ジーニアスはシーズルス領での記録を他の記録書記官がまとめた物と一緒に提出するために、提出用の封筒に入れようとした。
 だが、ジーニアスの記録の量は他の記録書記官の文書よりも多くて同じ封筒には入りきらなかったので、別の封筒に入れた。すると、ノックの音がして馴染みの文官が入って来た。

「失礼します。あれ? ジーニアスさんがいる。珍しいですね」

 ジーニアスは最近はずっとクローディアに付いていたので、文官の文書回収時間に記録部にいることがなかったので、久しぶりに担当文官を顔を合わせたのだった。

「確かに久しぶりですね。ああ、そうだシーズルス領のお土産がありますが、一つ食べますか?」

 ジーニアスが尋ねると、文官が目を大きく開けて嬉しさを隠さずに言った。

「シーズルス領……お土産?! もしかしてそれ、ジーニアスさんが選んだんですか?」
「そうですが……どうぞ」

 ジーニアスが差し出すと、文官が興奮したようにお土産に手を伸ばしながら言った。

「シーズルス領で、お菓子に目がないジーニアスさんが選んだってことは……これって噂の海藻が入ったお菓子ですか?」

 ジーニアスは驚きながら答えた。

「ええ、その通りです。シーズルス領邸のシェフにお願いして焼いて頂きました」
「シーズルス領邸のシェフ?! 本場って感じですね!! 嬉しいな~~。一度食べてみたかったんですよね~~。いただきます~~~!! 旨っ!! 海藻って言われてもわかりませんね~~こんな旨くて、解毒効果まであるなんて、最高のお菓子ですね~~」

 文官は、近くにあった椅子に座って、その場ですぐにお菓子を口の中に入れた。ジーニアスは、お茶を文官に差し出しながら言った。

「喜んでくれてよかった。これ、お茶です。まぁ、お菓子に含まれている量で解毒できるかっていうのは微妙でしょうけど……」

 文官はジーニアスの入れてくれたお茶を飲んだ後に言った。 

「あ、お茶までありがとうございます。あ~~~美味しかったぁ~~。この海藻って、白露って植物の粉と合わせると万能の解毒薬になるんでしょ? 本当なんですかね?」

 文官はすっかりとくつろいだ様子で尋ねた。ジーニアスは困ったように言った。

「さぁ、噂に聞くだけで、実際に海藻と白露の粉を使った万能薬を見たことも試したこともないのでわかりませんが、大変貴重だということなのでなかなか見ることはできないかもしれませんね」

 文官はジーニアスの入れてくれたお茶を飲み干すと、目を細めながら言った。

「それもそうですね。あ、そうだ。例の伯爵令嬢の噂聞きました?」

「例の伯爵令嬢って……フィルガルド殿下の側妃になられる方のことですか?」

 ジーニアスが無意識に眉をひそめると、文官が頭をかきながら言った。

「あ~~失敗した。そんな不機嫌な顔しないで下さいよ。ジーニアスさん、クローディア様に心酔しすぎですって! 一部の文官の中では、彼女かなり評判いいですよ。清楚で可憐。しかも博識、頭脳明晰で王妃教育も進捗も問題なし!! その上、フィルガルド殿下のご公務に理解があり、『殿下が会いたいと思われた時にお会い出来ればいい』とおっしゃって、会えないことに不平不満も言わずに、お茶会など開いて、周りに自慢することもなく、慎ましく王妃教育に励んでおられるそうですよ。彼女に会った人間が皆『理想的な側妃だ』と口にしています」

 ジーニアスはますます不機嫌そうに言った。

「最近のクローディア様だって、お会いしたいなんて我儘は言わないし、お茶会などを開いて自慢などしませんけど!!」

 文官はジーニアスをなだめるように言った。

「そうですけど~~。普通は、自分は側妃に選ばれたのだと言って、周りの令嬢を牽制したり、自慢するものなのですよ」

 ジーニアスも文官の言葉に、考えるように言った。

「……確かに。……王妃教育を受けている女性が主催するお茶会は、ある程度補助だって出る。王妃教育が順調なら、その成果を試すためにも、王妃教育担当の女官からお茶会を開くことは推奨されるはず……。それなのに、一度も周りに自分が側妃だと自慢したことはないのですか?」

 普通王族になるというと、皆お茶会などを開いて、周囲を牽制したり、自慢したりするのが普通だ。クローディアも婚約者になった時は、盛大なお茶会を開いては『自分がフィルガルド殿下に選ばれたのだから殿下に近付くな』と牽制と自慢を繰り返したと聞いた。
 だがこれはクローディアだけではなく、多くの者がそうしている。ジーニアスの疑惑を含んだ問いかけに文官は真剣な顔で答えた。

「ないんですよ、一度も!! しかも、結婚報告の夜会の時でさえ、常にフィルガルド殿下から離れて、皆にあいさつをしていたという話です」

 ジーニアスは眉を寄せた後に言った。

「そんな令嬢がいるのですか? あのフィルガルド殿下に選ばれて?! なんだか完璧過ぎて怖いですね……」
「は~~そんなこと言う人、ジーニアスさんが初めてですよ!! 本当にクローディア様大好きですね!!」

 文官が呆れたように言った。

「その言い方は問題があるように思います。もちろん、クローディア様のことは大好きなのですが、邪推するようなものではなく、クローディア様は、いざという時は頼りになって素晴らしいのに、普段は少し抜けたところあって、それが可愛らしくて……」

 ジーニアスがクローディアの話を始めると、文官が呆れたように言った。

「はいはい、ジーニアスさんのクローディア様語りは長いですから、私はこの辺で失礼しますよ~~。この後、婚約者と食事に行くんです!! では、お菓子ご馳走様でした~~~!! じゃあ、これ預かって行きますね~~」

 文官は、ジーニアスの机の上に置いてあった記録文書の入った封筒を持つと、記録部を出て行った。
 ジーニアスは、文官の飲んだコップを片付けながら呟いた。

「理想的な側妃……か」

 片付けを終えてふと、書類棚を見ると、ジーニアス以外の記録書記官の記録文書の入った封筒が残されていた。

「……私の記録だけ持って行ったのか?! 仕方ないな」

 ジーニアスは記録文書の入った封筒を持つと記録部にカギをかけて、文官を追いかけたのだった。





 ジーニアスと別れた文官は、この後の婚約者との約束のために急いで資料室に向かっていた。
 すると、突然背後から何者かにハンカチのような物で、口を抑えられた。

「~~~~~~~(誰か!!)」

 文官が必死に助けを呼ぼうと声をあげると、背後からこのハイマ国以外の言語が聞こえた。

『効かないだと?』

 ……効かない?

 文官は偶然にもその言語がわかる人物だった。だから文官は自分を襲って来た男の言葉が理解出来たのだ。

 ……今のは、旧ベルン国の言葉?

 文官が背後の男の言葉を聞いてそう思っていると、遠くから声が聞こえた。

「離れろ!!」

 文官を襲った刺客が声のした方を振り向くと、ジーニアスが駆けつけていた。

「~~~~~~(ジーニアスさん、助けて!!)」

 刺客はジーニアスの姿を見ると、文官の腕に持っていた記録の入った封筒を奪い逃げようとした。
 ジーニアスは背中からムチを取り出して、声を上げた。

「逃がしません!!」

 ジーニアスは、離れた場所から刺客狙うと、刺客の片方の手に当たり、刺客の持っていたハンカチが床に落ちた。ジーニアスの距離からムチが、届いたのは片方の手が限界だったので、刺客を足止めすることまでは出来なかった。
 刺客は文官を突き飛ばすと、ジーニアスのムチの攻撃範囲を離れるように、走って姿を消したのだった。

「大丈夫ですか?!」

 ジーニアスが文官に駆け寄ると、文官が酷く慌てた様子で言った。

「い、い、い、い」
「い?」

 ジーニアスが文官の顔を覗き込むと、文官は大きな声で叫ぶように言った。

「今の!! 旧ベルン国の言葉!! しかも、記録文書、盗まれました!!」
「え……」

 ジーニアスは一瞬、思わず目を見開いて固まってしまったのだった。








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