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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
100 王太子の庭で(3)
しおりを挟むクローディアたちがバラ園で刺客を捕縛しようとしていた頃。ブラッドとガルドは、フィルガルドの管理する研究施設から戻るために馬車の中に居た。
「ブラッド様は、本当にフィルガルド殿下のことをよくわかっておいでですね。あれほど頑なだったのに、まさかスカーピリナ国行きをすんなり了承されるとは思いませんでした」
ガルドがブラッドを見ながら感心したように言った。ブラッドは、小さく息を吐いた後に言った。
「長い付き合いだからな……相変わらず本当に甘い王太子殿だ。だが今回はその甘さに付け込んでしまった。……今、フィルガルドに表に出て来られては困る。ずっとどうするかを考えていたところに、今回の研究所の破壊の件だ。私は天の差配かと思ったくらいだ」
ブラッドは、フィルガルドがスカーピリナ国王に『クローディアを行かせない』と言った場合のことをずっと考えていた。相手の無茶な要求や、国際的に生じる問題などの後始末などを考えると眩暈がしてたのだ。
だから、ブラッドにとって今回の研究所の件は朗報であったのだ。
それに加えて、今回ブラッドは、クローディアをスカーピリナ国に行かせることを了承させるために、理論ではなく情に訴える手段を用いてしまった。ブラッドとフィルガルドは長い付き合いだ。だがブラッドがこうして情に訴える手段を用いたのは初めてだった。それほどブラッドもなりふり構ってはいられなかったのだ。
ガルドもそれを十分にわかっていたので、ブラッドを援護するように言った。
「我が国の心臓部である研究所の機能が停止したのです。本来なら焦るところですが、私もフィルガルド殿下のクローディア様への執着は日に日に強くなるように感じましたので、正直に言うとクローディア様のスカーピリナ国行きを承諾して下さって、安堵いたしました」
ガルドの言葉にブラッドも頷いた。
ブラッドの目から見ても、これまであまり特定の人物に執着を見せたことのないフィルガルドが、クローディアにはこれまでにないほど執着を見せているのが気にかかることでもあった。
だが、本来はフィルガルド自身が伯爵令嬢を妻に迎えることを選んだのだ。それなのにフィルガルドは、忙しいというのもあるのだろうが、ずっと側妃となる娘に会っていないと聞いていた。
だからクローディアを連れて国外に出て、側妃が離宮に入れば、フィルガルドとの仲を深めるだろうと思ったのだ。
博愛主義者のフィルガルドはいつだって、皆が平等に大切なのだ。彼にとっては皆が大切なので、偏った見方をせずに、公平な判断をすることが出来るし、自分の王族としての役目も蔑ろにはしない。王となる人間にとっては良い資質だ。ブラッドから見てもフィルガルドは甘いところはあるが、公平に物事を見れるので、理想的な王だと思っている。だが、プライベートになると一概には公平さが良いとは言えないように感じた。今だって、フィルガルドは側妃との結婚を控えているにも関わらず、クローディアを惑わせるような態度をとることにブラッドは心の底から疑問と苛立ちを感じていた。
「ああ。それに今は、例の花の咲く時期だ。クローディア殿とフィルガルドを離せたことは僥倖だった」
ブラッドが目頭を押さえながら呟くように言うと、ガルドも「ああ、例の……」と呟いた後に言った。
「そうですね。スカーピリナ国からの迎えも来ているようですし、すぐにでも出発されますか?」
ブラッドは目頭から手を離すとガルドを見ながら言った。
「それがいいだろうな。あの二人を離したいというのもあるが、研究所の件をスカーピリナ国の者の耳にも入れたくはないからな。ガルド、なかなか家族との時間を作ってやれずにすまないな」
ガルドは、珍しく疲れた様子のブラッドを労わるようにはっきりと言った。
「ブラッド様とクローディア様をお助けすることが、妻や子供たち守ることだと思っております。戦場は……人としての尊厳、理性、大切な物が全て失われてしまうこの世の地獄です。私は愛する者を戦火に巻き込みたくはありません」
ブラッドはガルドをじっと見た後に言った。
「そうか……では着いたら、すぐにでも出発の準備だ」
「はい」
その後、城に到着したブラッドの耳に思わず天を仰いでしまうような報告が入った。
「ブラッド様。ラウル副団長からブラッド様が戻り次第に伝えるようにと仰せつかっております。本日、クローディア様が、フィルガルド殿下所有のバラ園の近くで何者かに襲われました。こちらが現段階でわかっていることをまとめた報告書でございます」
ブラッドは報告書に目を通すと、顔をしかめた。そして報告書をガルドに渡した後に門番に礼を言った。
ガルドが報告書から顔を上げたタイミングで、ブラッドがガルドに向かって言った。
「ガルド、クローディア殿の元へ向かうぞ」
「はい」
こうして、ブラッドはガルドと共にクローディアの私室へと向かったのだった。
◆
アドラーとラウルとリリアと護衛騎士と共に、私は私室に戻った。
部屋の前にはすでに数人の護衛騎士がいた。今日の護衛をしてくれた三人は「クローディア様失礼いたします」と言って足早に去って行った。もしかしたら、先ほどの件の後始末があるのかもしれない。アドラーとラウルは、私が私室に入ると手を離した。ラウルはバラ園にすぐに戻るのかと思っていたが、部屋の前にいる護衛騎士に何かを伝えて部屋に入って来た。いつもはラウルは私の私室には入らないことが多いが、今日はしばらく私と一緒に居てくれるようだった。
「クローディア様、おかえりなさいませ」
侍女のアリスは事情を聞くことなく私たちを迎え入れてくれた。その後リリアとアリスは、目で会話をするような仕草をした。その後アリスは「お茶をご用意いたします」と言って、部屋を出て行った。
私は、自分の部屋に戻ってほっとしたこともあって、ソファーではなく、近くの椅子に座った。すると、アドラーが私の前にリリアがその横に跪きながら言った。
「クローディア様、媚薬に気付くのが遅れたこと。クローディア様に怖い思いをさせてしまったこと。大変申し訳ございませんでした」
そう言ったアドラーと同じようにリリアもつらそうに顔を歪めていた。
あの辺りはバラの爽やかな香りで満たされていた。私が甘い匂いに気付いたのは風向きも関係していたからかもしれない。風に混じって甘い匂いがしたのだ。気がつかなくても無理はない。ヒューゴの媚薬の匂いは、今思えば随分と薄めてあったのだと思う。私も以前、嗅いだことがなければわからなかっただろう。私がわかったのは単なる偶然だ。するとラウルも私の前に跪きながら言った。
「クローディア様、バラ園の警備は本来騎士の仕事です。それなのに……騎士団の副団長として部下の監督不行き届きをお詫びいたします」
ラウルも深々と頭を下げた。
今度は私がアドラーとリリア、二人の手を取った。そして私は、まずはアドラーと、泣きそうな顔をしていたリリアを見ながら言った。
「アドラー、リリア忘れないでね。あなたたちは、本来お休みだったのよ? だから今日、私を助けてくれたことが奇跡なのよ!! 働かせ過ぎだと責められたとしても、二人が自分を責めることはないわ」
「クローディア様……」
「クローディア様」
アドラーとリリアが泣きそうな顔で頭を下げた。そして私は二人から手を離して、今度はラウルの方を見ながら言った。正直に言って私は全くラウルに責任があるとは思っていない。ラウルはずっとシーズルス領に行っていたし、媚薬の予防の話もシーズルス領で聞いたのだろう。帰って来てすぐに対応する方が難しい。だが、騎士団の幹部としての謝罪なら私が迂闊なことを言うわけにもいかないので、私はシーズルス領でブラッドがシーズルス領主のライナス様に言ったセリフを借りることにした。
「ラウル。あなたが騎士団の副団長として責任を感じているというのなら、今回のバラ園の警備についての問題点を洗い出し、今日のことを今後の警備に活かして下さい。私からは以上です」
「はっ! 今後の警備に活かすように致します」
ラウルも頭を下げた。なぜバラ園に刺客が潜んでいたのかわからないが、今回は未然に防げたので私としてあまり大きな問題にしたくないと思えた。
それに私にも問題はある。私のことをいつも一番に考えてくれる人たちにこんなに心配をかけて、折角の彼らのお休みを台無しにしてしまった。
今度は私がアドラーやラウルやリリアに頭を下げた。
「それにね、あやまるは私の方なの。狙われているのに、迂闊な行動をとってしまってごめんなさい。もっと……自分の立場を自覚するべきだったわ……」
「そんな……」
「クローディア様が悪いわけではありません」
リリアや、ラウルが声を上げて、私が下を向いていた時、扉をノックする音が聞こえて、部屋の外から侍女のアリスが「ブラッド様がお見えです」と声をかけてくれた。私はブラッドに入るように伝えてもらうと、すぐにブラッドが部屋の入って来た。
ブラッドは鬼のような形相で現れたと思えば、私の前まで来て睨むように椅子に座った私を見下ろしながら低い声で言った。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「……え?」
だからブラッド君、顔とセリフが合ってないんだって!!
私は呆然としながら「大丈夫」と答えたのだった。
――――――――――――――――
100話になりました。
ここまで読んで下さってありがとうございます!!
( ´,,•ω•,,)_旦
物語はまだ続きますので、
どうぞ今後ともよろしくお願いいたします♪
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