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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

96 それぞれの休日(2)

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 私は王太子妃になってからというもの、常に静かに食事をしていた。朝食は基本的に一人で部屋で摂り、昼食や夕食は、ブラッドやガルドやアドラーと食べることが多い。しかし、ブラッドもガルドもアドラーもほとんど話をしない。皆、口数少なく素早く食事をして、すぐに仕事に戻るというタイプばかりだ。私も「これ美味しいわね」くらいは言うが、皆が無口なのでほとんど話をしない。

 だから、こんなに食事中に話をしたのは久しぶりだった。

『旨い!! クローディア、この肉はなんの肉だ?』
『このパンの香ばしいさはいいな。クローディアはこの中ではどれが好きだ?』
『クローディアは、そちらの方が好きなのか、私はこちらの方が味がはっきりとしていて好みだ』
『クローディア、ここに来てから何度も口にしているのだが、このお茶はなんだ? さっぱりとしていて飲みやすい。大変気に入っている』

 レオンは見た目はとても怖いが、とても気さくな人物で、食事中は他愛もない話をしながら賑やかに食事をした。
 こんなに誰かと話をしながら食事をしたのは、いつぶりだろうか?!
 もう、遠い昔過ぎて思い出せない!!

 フィルガルド殿下と結婚してから食事中にずっと必要最低限の話しかしてこなかった私は、久しぶりに食事中に会話をするということを思い出して、楽しく話をしていた。

『このお茶は料理長がブレンドしたハーブティーだそうですよ。美味しいですよね』

 いつも私が昼食を摂る時間は護衛騎士も休憩の時間だ。だから私はゆっくりと食事をして彼らの休憩が終わる時間まで食堂で時計を何度も見て時間を潰していたが、今日はレオンと話をしながら食べていたせいか、気が付くと護衛騎士の休憩時間はずっと前に終わっている時間になっていた。

 食堂にいて時間を忘れたなんて久しぶりだわ……。

 私が残り少なくなった食後のお茶を見てそんなことを考えていると、レオンが目を細めながら言った。

『クローディア、昼飯に付き合ってくれてありがとな』
『こちらこそ、こんなに賑やかな食事は久しぶりです』

 イゼレル侯爵家に居た時は、父はそうでもなかったが、母と兄とはよく話をしながら賑やかに食事をした。だが、城に来てからこんなに誰かと話ながら食べたのは久しぶりだった。

『はぁ? あ……そうか、あんた王太子さんとは仮面夫婦だから、一緒に食事もしないのか……悪かったな。ああ、そうだ!! クローディア、俺と一緒にいる時は、俺と食事をしよう!! 俺も一人じゃ味気ないからな』

 つい話をしながら食事をするのが楽しくて、気が緩んで気を遣わせてしまった。私は慌てて声を上げた。

『いえ、お気遣いなく……』

 するとレオンは少しだけムッとしたように言った。

『気は遣ってねぇ、いいのか、悪いのか、どっちだ?』
『では、お互いに時間があった時に』

 これからレオンと一緒にスカーピリナ国に行くのだ。一緒に食事をする機会もあるだろう。私も賑やかに食事をするのは楽しかったので誘いを受けることにした。
 レオンの食事の誘いを受けるとレオンが私を見ながら言った。

『ああ。そうしよう。ところで、クローディアはこの後どうするんだ? 何か気になる物でもあるのか?』

 私は、レオンのすぐ近くに置いてある剣を見ながら言った。
 レオンの背中にある時は、すでにレオンと一体化しているので気にならなかったが、剣を単独で見ると相当重そうだった。

『そうですね……気になる物……レオン陛下のその剣は重くはないのですか?』

 レオンは自分の横に置いていた剣を見た後に、私を見ながら言った。

『もう慣れた。随分とこの剣を気にするんだな? 珍しいのか?』
『はい。以前レオン陛下が持っている剣よりも小さな剣を持った時、とても重くて……私には持つのがやっとでしたので、その剣を使うというのが不思議で……』

 レオンは『そうか……』と言った後に、ニヤリと笑いながら言った。

『どこか剣を振れる場所があるか? 自分の護衛を任せる軍の総大将がどんな男なのか知っていた方がいいのではないか?』

 あの大きな剣をどうやって使うか?

 それは少しだけ興味がある。私は、レオンに『ちょっと待って下さい』と言って、廊下で待機しているはずの護衛騎士の三人を呼んでもらった。するとすぐに、護衛騎士の三人がやってきた。

「クローディア様、食事はお済みですか?」

 私は護衛騎士にハイマ国の言葉で答えた。

「ええ。終わったわ。ところで、どこかレオン陛下が剣を振れる場所はあるかしら?」

 私が尋ねると護衛騎士の一人が困ったように言った。

「クローディア様もご一緒にですか?」
「ええ」

 私もレオンのぜひ見たいので頷いた。護衛騎士の三人が悩みながら言った。

「そうですね……騎士団は城の敷地から出てしまうので、ガルド様がご一緒の時でないと、ブラッド様に許可を頂いていないのです」
「え? そうなの?」

 私はガルドと一緒に比較的どこにでも行っていたので、知らなかったが、どうやらガルドの居ない時は移動が制限されるようだった。もしかして、ガルドはとても強いのだろうか?
 あんなに声が良くて、強くて、声に色気があって、頭が良くて、ガルドはハイスペック過ぎないだろうか?
 私がガルドのことを考えていると、護衛騎士の一人が声を上げた。

「クローディア様。フィルガルド殿下や、ブラッド様やガルド様が訓練に使っている場所がございますので、ご案内いたします。クローディア様がいらっしゃれば、入口で許可を貰えると思います」

 どうやら騎士団まで行かなくても、剣を振れる場所があるようでほっとした。

「では案内よろしくね」
「はい」

 こうして、私とレオンは護衛騎士に案内されて、城に敷地内にある訓練所に向かったのだった。

 ◆



「クローディア様、お休みの日にこんなところで何をされているのですか?」

 訓練所に行くと、アドラーとラウルとリリアが汗を流しながら訓練をしてた。そして、私の姿を見ると三人とも訓練を中断させ、アドラーが真っ先に私に声をかけてくれた。
 アドラーの瞳にはレオンへの警戒心が滲み出ている。ピリピリと殺気まで漂って来て、正直怖い。
 ラウルは、レオンに一礼をした後に、私に尋ねた。

「クローディア様、もしかしてその大剣、この方はスカーピリナ国の国王陛下ですか?」

 私は急いでみんなにレオンを紹介することにした。

「そうなの、こちらはレオン陛下。スカーピリナ国の国王陛下よ」

 そして、今度はレオンを見ながら、スカーピリナ国の言葉で紹介した。

『レオン陛下、私の側近のアドラー、騎士団副団長のラウル、私の侍女のリリアよ』

 私がみんなを紹介すると、レオンが私を見て大きな声を上げた。

『はぁ? あんたの側近?! こんなに若くてたくましい顔の整った男が? こんな男を四六時中、妻の側に置くなんて……本当に信じられない。俺なら嫉妬で狂いそうだ』

 嫉妬……? その視点はきっとこの国の誰にもなかったと思う。

 私は、同性のクリスフォードが四六時中殿下の側にいることで嫉妬していたので、レオンの言うこともわかる。だが、フィルガルド殿下は、笑顔で喜んでくれたことを思い出した。でもきっとフィルガルド殿下なら、愛するエリスの側近がアドラーだったとしても喜んでくれそうだ。フィルガルド殿下が嫉妬という感情を持っているようには見えない。

 こんな邪な思いで、アドラーを見たことがなかったので、居たたまれなくなりながらアドラーを見ると、なぜかアドラーは気を悪くしたようには見えず、喜んでいるようにも見えた。

 アドラーは、レオンを見ながらスカーピリナ国の言葉で言った。

『陛下、お褒め頂き光栄です。私はクローディア様のお側におりますので、よろしくお願い致します』

 アドラーの言葉にレオンが驚いた後に、ニヤリと笑った。

『なるほど、お前が本命か……覚えておこう』

 は?
 なにが?

 私は意味がわからなくて、混乱してしまったのだった。



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