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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
94 消せない過去(2)
しおりを挟む『おい……あんた……もしかして、研究所のこと……知らなかったのか?』
私は動揺が激しくて動けないでいると、レオンが探るような表情で言った。
『……』
私は動揺していて何も答えられなかった。そんなの……肯定しているのと同じだ。
『まさか……王太子さんが城にいないことも……知らなかったとか?』
『……』
沈黙は肯定していることと同じ……わかっているが言葉が出てこなかった。
『嘘だろ……あんたたちは、そこまで繋がりのない仮面夫婦なのか……参ったな……』
レオンが頭を抱えながら言っていたが、私の頭にレオンの言葉は上手く入って来なかった。
繋がりのない……仮面夫婦……?
フィルガルド殿下が昔から、王都の外れに熱心に通っていることは知っていた。
フィルガルド殿下が優しい人だというのも痛いほど知っていた。
でも……。
――私って、フィルガルド殿下のこと何も知らなかった……。
私のせいで貴重な技術を他の国に渡した……?
研究施設って……?
研究施設に雷って……?
そもそも……。
――私は、今、この城にフィルガルド殿下がいないことさえ……知らなかった!!
私は、例えかりそめであろうとも夫であるフィルガルド殿下のことを……他国の王よりも……知らなかった。
そもそも、まさかこんな形でフィルガルド殿下のこれまでの苦労を、知ることになるとは思わなかった。
いや、もしかしたらこんなことがなければ、私は一生、フィルガルド殿下の苦労など知らなかった可能性もある。レオンは、きっと迷惑をかけた令嬢が私のことだとは気付いていない。だからこそ、こんな話をしたのだろう。
自分の愚かさを嘆きたい気持ちを押さえて、私は真っすぐにレオンを見つめた。
私には知らないことが多い。それなら、私はレオンから話を聞く必要がある。
『話を中断して申し訳ございません。……レオン陛下は、フィルガルド殿下に会いに来たのですか?』
私は震える足を支えて、レオンに尋ねた。レオンはそんな私の動揺など気付かないフリをして、先ほどと変らない態度で話をしてくれる。
『まぁ、表向きには違うぜ? みんなにはあんたを迎えに来たって言ってる』
レオンが私を見ながら言った。私は想像していなかった答えに戸惑いながら尋ねた。
『私の迎え? もしかしてスカーピリナ国行きのことですか? なぜレオン陛下自ら私を迎えに?』
レオン陛下即位の式典に出席するために私は、スカーピリナ国に行くことになっている。
だが、それはブラッドや騎士たちと向かうことになっていたはずだ。迎えに来るなんて話は一切聞いていない。シーズルス領から戻る馬車の中でブラッドもそんなことは言っていなかったはずだ。
レオンは目を細めると、悪い男と言った顔をしながら言った。
『まぁ、あんたを迎えに行くっていえば、まずダラパイス国には歓迎されて、ゆっくりとイドレ国の敵情視察が出来るだろ? それに王太子さんに直接揺さぶりをかけられる』
私は思わず眉を寄せた。
『フィルガルド殿下に揺さぶり?』
レオンはまるで私の反応を確認するように言った。
『そ、実はな。あんたと王太子さんがそんな政治的なドライな関係だと思ってなかったからな、軍を連れて現れて、外は危険だと、直接王太子さんをたきつければ、あんたをうちには行かせない、って言わせられると思ってたんだよ。話に聞くと王太子さんは随分と甘い人間のようだからな』
私はその言葉を聞いてはっとしながら、レオンを睨むように尋ねた。
『もしかして、私を行かせない代わりに、フィルガルド殿下に交換条件を突きつけるつもりだったとか?』
ラノベでクローディアがスカーピリナ国に行かないと言った時、スカーピリナ国の王をなだめるために、フィルガルド殿下がエリスと共に悩み、王と交渉したというような記述があった気がする。
先ほどからレオンは、私がスカーピリナ国に来ないように誘導しているように見受けられる。
過去に、迷惑のお詫びとしていい思いをしているのなら、今回も同じようなことを考えていても不思議はない。
『おお~~賢いな。そうそう。王族を呼ばない代わりに、うちと武器の共同研究を申し込むつもりだったがな……』
やっぱり何かを企んでいたようだった。だが、その企みを私に話した理由が気になる。
私はレオンを見据えながら尋ねた。
『なぜそれを私に話したのですか……?』
レオンは、目を細めた後に言った。
『王太子さんも男だからな。例えお飾りであろうと妻にする女に少なからず情があるはずだから、揺さぶりをかけられると思っていたんだ。だが、あんたたちがそこまで徹底した情の通わない仮面の夫婦なのだとしたら、この手は使えないだろ? 現にエルガルド殿にはあんたの送迎を快諾されたしな』
そこまで言うと、レオンは私を怖いくらいに真剣な顔で見下ろした。私も話を聞くためにレオンを睨み返した。するとレオンが話を続けた。
『……それに実際、式典にハイマの王族クラスが出席すれば、同盟国の連中も動くからな……しかもあんたは、シーザー殿の孫娘。周りを納得させるには十分だ。共同研究の見込みがないなら、さらってでもあんたを俺の国に連れて帰る方が有益そうだ……いいか、クローディア。絶対にあんたを俺の国に連れて行く。俺から逃げられると思うなよ?』
随分と脅迫めいた言葉だが、私は不思議と怖くはなかった。
おそらく、覚悟が出来たのだと思う。
『さらわなくても、私は絶対にスカーピリナ国に行きます』
私はスカーピリナ国の言葉で言った後に、ハイマ国の言葉で呟いた。
「……それが殿下への償いになりそうですから」
フィルガルド殿下に随分と迷惑をかけてしまった。私はこれ以上、彼の重荷にはなりたくない。散々私という女性で苦労してきたのだ。今度こそ、フィルガルド殿下には本命のエリスと結婚して幸せになってほしい。
クローディアの想いを引きずっているというのもあったが、私自身が優しい瞳を向けてくれるフィルガルド殿下に魅かれて、殿下への想いをずっと断ち切ることが出来なかった。
もしかしたら、フィルガルド殿下の心にも少しは私の居場所が残っているのかもしれないと、密かに期待していたかもしれない。
だが、そんな甘い考えは――捨てよう。
フィルガルド殿下にはエリスがいる。
私はこれまで散々迷惑をかけたフィルガルド殿下に、私のできることで償う必要がある。私が王族で、隣国の王の孫娘であることが利用できるのならとことん利用しよう。お飾りの王太子妃というのだって利用しよう。もう、使えるものはなんだって使う。
今度は私が、フィルガルド殿下を守ろう。
そうやってけじめをつけなければ、私はきっと過去を引きずって、前には進めない。
ふとレオンが楽しそうに言った。
『本当にあんた、いい顔するな。……よし、昼飯にするぞ。行こうぜ、クローディア』
レオンは、私に差し伸べた。
私もレオンからもっと話を聞く必要がある。私はレオンの大きな手に手を乗せながら言った。
『……ご一緒します』
私は殿下の幸せを守ることを最優先にすると決めたのだった。
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