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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

91 ナンパ+接待=逃げたい(2)

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 私はかつて学んだのだ。
 そう、あれはブラッドに初めて会った時だ。どうでもいいことばかり聞いて、うっかり名前を聞かなかった。私はそのことを後に酷く後悔したのだ。同じ過ちは犯さない!! 
 初めて会った人には必ず名前を聞く!! 私はよく考えれば当たり前のことを尋ねるために口を開こうとした。

「あの……」
「これは、陛下!!」

 ところが、私が強面の男性に名前を聞く前に、優秀な護衛騎士の一人が相手に声をかけてくれた。

 陛下……?

 この国に陛下と呼ばれる人物は、エルガルド陛下一人だけだ。だがこの男性は当然エルガルド陛下ではない。
 今、この国にいて、エルガルド陛下以外に陛下と呼ばれている人物ということは……?

 私は、長身の少し怖い雰囲気の男性を見上げた。この男性はもしかして、ラノベでクローディアを追い込んだスカーピリナ国の王?!
 私は緊張で心臓が壊れそうになりながらも、スカーピリナ国の言語であいさつをした。

『はじめまして、陛下。私は王太子妃クローディアでございます』

 実はクローディアは、元ダラパイス国の王女だった母の影響で、ダラパイス国を囲む四カ国。西のハイマ国、東のスカーピリナ国、南のヌーダ国、今はイドレ国になっているが北の旧ベルン国。そして、ダラパイス国の五ヵ国語が話せるのだ。
 クローディアは幼い頃は、母の方針で語学の勉強ばかりしていたのだ。おかげで、言語はハイスペックだったりする。ちなみに兄は、この五ヵ国に加えて追加二ヵ国語、合計七ヵ国は話せるハイマでも有数の外交のエリートだったりする。
 私がスカーピリナ国の言葉で話かけると、陛下と呼ばれた男性は途端に態度を崩して私の隣に座りながら言った。

『クローディア……? 言葉が……話せるのか。それは助かるな。俺は、レオンだ。つまり、あんたがお飾りの王太子妃さんか……。結婚前に王太子に捨てられたって聞いてたからどんな醜い女かと思えば、結構美人だな。まぁ、俺のタイプじゃないが……』

 こ、怖い!! そして失礼!!

 スカーピリナ国王は、レオンと名乗り、失礼というか、随分と不遜な態度で私の隣に無遠慮に座ったかと思うと、初対面に関わらずに『あんた』扱い。しかも、ベンチの背もたれに両腕を広げて、長い足を組むって……。

 怖いんですけど~~~!! 
 そして、かなり失礼なんですけど~~!! 私たち初対面ですよね~~?!

 内心怯えながらも、この国の王族としての態度を崩さぬように言った。

『奇遇ですね。私もあなたと同じように思いました』

 平気だという顔を必死に作っているが、内心は怖い。私が精一杯、虚勢を張っているとスカーピリナ国の王がニヤリと笑いながら言った。

『へぇ~あんた、なかなか言うな……今日はヒマだし、珍しい花が咲いてるっていうから来てみれば、まさかお飾りの王太子妃さんに会うとはな』

 いや……私だってバラを見に来て、まさか因縁の相手スカーピリナ国王に会うとは思ってなかったよ……。

 私としては久しぶりの休日に気楽にバラを見に来ただけなのに、恋人たちには逃げられ、因縁の相手には会うしで散々だ。しかもとは絶対に良い噂ではなさそうだ。
 私がぐったりと疲れていると、レオンが私の顔をじっと見ていた。
 無視してバラのことだけを考えよう。

 私はバラを見に来たのだ。
 私はここの美しいバラだけを見ている。
 バラを……。

 私がバラに集中しようとしているのに、この男は相変わらず私をじっと見ている。

 痛い、痛い、視線が痛い!! これ以上見られたら……穴が開くって、心に!!

『あの……陛下。何か御用でしょうか?』

 視線に耐えられずに話かけると、レオンが口を開いた。

『レオンだ。もう忘れたのか? あんたの頭には、中身が入っているのか?』

 私はムッとしながら言い直した。

『レオン陛下、先ほどから私の顔を見て何か言いたいことでもあるのですか? それに私はあんたではなくクローディアです!!』

 レオンは相変わらず何を考えているかわからない顔で私を見ながら言った。

『クローディア……どうしてスカーピリナ国に来るんだ?』

 私は質問の意味がわからなくて眉を寄せた。そもそも、新しい王が誕生したから来いと言ったのは、スカーピリナ国だ。そちらが来いと言ったから私が行くことになったのだ。私は少し憮然としながら答えた。

『私は、レオン陛下に招待されたと聞きましたが……』

 するとレオンが頭を激しくかきながら言った。

『いや、確かに招待はしたが……まさか来るって返事は想定していなかったんだよ。今、国同士が、かなり緊張状態だってわかってるのか? しかもクローディアは女性王族なら命だって狙われてるんだろ?』

 今の言い方だと、レオンはまるで私に来て欲しくなったという様子だ。もしかして、レオン……いや、この場合スカーピリナ国にとっては私が来ないと言った方が都合がよかったのだろうか?
 そんなことを考えながら私はレオンの問いかけに答えた。

『……ええ……それなりに、何度も襲われていますし……』

 レオンが私を見てあからさまにがっかりと肩を落としながら言った。

『知ってて来るって言ったのか……何も知らない能天気で愚かな女かと思えば……自分で生贄だって、受け入れて来るのか……参ったな』

 生贄……。
 そう言われて私は胸が痛んだ。実は私もブラッドにスカーピリナ国に王家の代表で行けと言われた時、正妃にするエリスを守るための生贄かと思ったのだ。
 ブラッドは否定してくれたが、私はずっと気付かないフリをして、見ないように隠していた言葉だった。心が凍りそうになって俯いていると、レオンが空を見上げて息を吐きながら言った。

『お飾りの王太子妃だってみんなに陰口言われて、しかも王太子は他の女との結婚準備があるって、クローディア一人に危険な役目押し付けて……それでよく今回のこと受け入れたな?! 信じられねぇ。クローディア、あんた可哀想過ぎるだろ……。いいか。こういう時、普通の男は俺に向かってあんたを危険な場所になんて行かせないっていうんだぜ? まぁ、俺なら絶対に言う。それなのに、そんなことも言ってもらえない。挙句の果てには、俺に護衛もお願いしますと来たもんだ。本当に可哀想だ……』

 真実は、時に凶器になることを私は……痛いほど……知っていた。

 ―― クローディア、あんた可哀想過ぎるだろ。

 まるで鋭利なナイフのように鋭い言葉が私の胸に突き刺さる感覚がある。
 可哀想だ――きっとみんなずっと思っていたはずだ。だが今まで面と向かってその言葉を私に言い放った人物は初めてだった。
 胸の奥が焼けつくように痛い……。

 少し前の私だったら、泣いていたかもしれない。図星をつかれて怒り狂っているかもしれない。
 いや、もしかしたら泣きながら怒り狂っていたかもしれない。
 だがこんな風に傷ついた時、必ずブラッドのセリフが浮かんでくるのだ。

 ――君にしか出来ないもっと有益なことがある。

 その言葉が私を支えているのだ。私は二度と、フィルガルド殿下のこと以外、何も見えていなかったクローディアには戻りたくはないのだ。私は私として生きて最高の充足感を味わいたい。

 私はあえてレオンを見て口角を上げて笑って見せた。

『お飾りの王太子妃? それがどうしたというのです? レオン陛下は私が危険な役目を押し付けられているとおっしゃいますが、面倒な役目を押しつけているのは、むしろ私です。一生王家という牢獄に縛り付けられて生きるよりも、王家に嫁いだ女性というブランドを身に着け、事が終われば自分の好きに生きる人生を約束されている私のどこが可哀想なのですか?』

 虚栄と本心を混ぜ合わせた言葉は、私を守る鎧のように姿を変えて、レオンの前に立ち塞がる。
 あれほど同情の瞳を向けていた彼の瞳が私の言葉で、瞳に熱が戻った。
 哀れむ庇護対象から、対等な存在になれた気がした。

 それが証拠に、これまで酷く濁っていた彼の瞳が輝くと同時に、レオンが顔を寄せながら囁いた。

『なるほどな、そういうことか……俺の国は王族と言えども恋愛至上主義だからな、正妃と側妃を同時期に娶るっていうのは、正直よくわからない感覚だったんだが、お飾りってそういう意味なのか。それだけ肝が据わっているなら……少々のことは問題ないな』

 ……ん?
 あれ?
 この流れって……大丈夫……なの?

 なぜだろう、私はくっくっくっと笑うレオンの不気味さに眩暈がしそうになったのだった。
 私はただバラを見に来ただけなのに……面倒事に巻き込まれたしまった気がするのは、考えすぎだろうか? どうか、考えすぎであってくれ!!



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