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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
89 波紋(2)
しおりを挟むラウルが騎士団長と話をしていた頃、ブラッドは国王エルガルドの執務室にいた。
エルガルドの執務室には、エルガルド、レナン公爵がいた。
整理整頓を徹底しているはずのエルガルドの執務室が乱れていて、エルガルドの目元には影が見えた。ブラッドの父レナン公爵もどこか疲れた様子だった。
エルガルドはブラッドを見ると、どこか疲れた様子で言った。
「ブラッド。船の件、フィルガルドより聞いている。クローディアの名を隠したのは、良い判断だった」
ブラッドは何も言わずに静かに頭を下げた。
そんなブラッドに、エルガルドが何もかもを見透かすような瞳でブラッドを見ながら言った。
「ところでブラッド。ロウエル元公爵の策をそのまま利用したというのはわかるが、なぜ『フィルガルド』の名ではなく、『王族』ということにしたのだ?」
確かに普段のブラッドを知っていれば、今回の策は随分と曖昧な策だと思うだろう。やはりエルガルドもそう判断したようだ。ブラッドは、エルガルドを真っすぐに見ながら答えた。
「今回の『クイーンイザベラ号』の襲撃事件、私には思うことがございます」
エルガルドが片方の眉を上げながら言った。
「申せ」
「はい。今回あの船が狙われたのは、イザベラ王妃の名前を冠した『クイーンイザベラ号』だったからではないかと考えております」
ブラッドの答えにエルガルドもレナン公爵もはっとした顔をした。
各地で報告されている王族の襲撃事件。今回完成した船の名前はまさに王妃の名前である『クイーンイザベラ号』だ。
「ふむ……」
考え込むエルガルドに向かって、ブラッドがさらに説明を続けた。
「襲撃を仕掛けた者にシーズルス領内に仲間がおり、捕えられずに逃げ延びた場合、その者がどこかで『フィルガルド殿下』と耳入れば、それが敵に伝わります。敵は、なぜ今回のお披露目式に陛下と、王妃が来ていないのかと、腕利きの刺客に探りを入れさせる可能性があります。ですが『王族』だという言い方をすれば、何も知らない者には、陛下と『クイーンイザベラ号』の名前を冠している王妃殿下が出席していたと思うでしょう。ロウエル元公爵には、諸外国にそのように噂を広めるように伝えてあります」
そう『王族』と伝えることには、ブラッドには二重の目的があった。
『王族』とすることで、あの場にいたものには『フィルガルド』と思わせることが出来るし、いなかった者には、船の名前にもなっている『王妃イザベラ』そして、彼女の夫『エルガルド国王』だと思わせることが出来る。
しかも、船のお披露目式の影響でシーズルの街はお祭り騒ぎだった。不審船による襲撃で仲間がシーズル領に潜んでいるかもしれないと咄嗟に判断したのだ。
現に灯台の監視者は何者かに媚薬のようなものを使われている。これは、シーズルスの街にも敵の偵察がいた可能性はかなり高い。
「なるほどな……確かに自分の名を冠している船のお披露目式にイザベラが来なかったとなると……探られる可能性があるな」
ブラッドは、目を一度伏せた後に、エルガルドを見据えながら言った。
「それだけではございません。恐らくあの船襲撃の目的は、我が国を発端とする開戦の誘導……だと思われます」
技術力の高いハイマ国は、同盟国の中でも発言力がある。どの国も開戦を自ら始めると犠牲が多くなることを知っている。だから同盟国の多くは、技術力の高いハイマ国か、軍事国家であるスカーピリナ国がイドレ国を抑えてくれることを願っていることだろう。
「……そうか」
エルガルドは、短く息を吐いた後に、目頭を押さえた。
皆の前では威厳を保っているエルガルドは、レナン公爵とブラッドの前でだけ、このように疲れた様子を見せたり、深く腰掛けて姿勢を崩したりする。
ブラッドはさらに話を続けた。
「はい。さらにあの船は我が国の技術力の粋を集めた最新鋭の汽船ですから、各国からの注目度も高い。王妃殿下の不在は、憶測が憶測を呼び『お飾りの王妃を囮にしたハイマ国の自作自演の開戦を仕掛けるための準備』などと言われる可能性もございます」
実は初めにクローディアが『クイーンイザベラ号』を訪れた時、イザベラではなく、クローディアの顔を見た船の関係者はあからさまにガッカリと肩を落としていた。
『十年もかけた船のお披露目に陛下がいらっしゃらないのか……』『王妃様のお名前が入っているのに、王妃さまではなく、お飾りの王太子妃か……』と長年努力した自分たちを直接労ってもらえないのかと不満を口にしていた。
今回、クローディアの活躍のおかげで関係者もクローディアに不満を持っていたことなどなかったようになっているが、心の底ではその想いがあるだろう。そんな想いを敵が知って利用される可能性もあったのだ。
「そうか……それで咄嗟に『王族』としたのか……私の疑問は全て解消された。感謝する……ブラッド」
エルガルドは椅子に深く腰を掛けたまま呟くように言った。
今のエルガルドに普段の王としても威厳はない。
そのままの姿勢で、エルガルドはブラッドを見上げながら言った。
「スカーピリナ国王だが、本来の目的は軍事的な視察で間違いないだろうが……表向きな理由は、クローディアの送迎とのことだ」
ブラッドは、全く想像していた答えと違って表情には全く出なかったが、内心は驚いていた。
「クローディア殿の送迎……」
エルガルドは現在訪問しているスカーピリナ国王のことなど興味を無くしたかのように言った。
「ああ。あちらは軍隊を連れて来ている。十分過ぎる戦力だ。それに我が国としては、騎士を多く派遣しなくても良いからな。スカーピリナ国王の申し出を受けることにした」
ブラッドの頭には不安がよぎった。
もし、スカーピリナ国の王が何かを企んでいた場合、かなり絶望的な状況になる。
だが、同時にブラッドは、騎士を少なくすることで、機動力を上げてクローディアを確実に逃がせるかもしれないとも思えた。
先日の不審船の撃退。ガルドたち4人で鮮やかに敵船の賊を捕らえて見せた。もしかして少数精鋭の方がクローディアを守れるのではないか……。
ブラッドは頭の中でありとあらゆる可能性を考えた後に、エルガルドに尋ねた。
「そうですか……ではこの国から騎士は全く派遣しないおつもりですか?」
エルガルドは疲れたように言った。
「いや……数人は連れて行っても構わない。全くいないというわけにもいくまい。人選はブラッドと騎士団長に一任する」
騎士決定権はブラッドに委ねられた。それならば……。
ブラッドは静かに答えた。
「……かしこまりました。それでは失礼いたします」
ブラッドは、あいさつをするとエルガルドの執務室を出たのだった。
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