ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番

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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

81 豪華客船の一室で(3)

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 話が一区切りついたところで、クリスフォードが声を上げた。

「シーズルス領主のライナス様が、お話があるとのことですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」

 ヒューゴはすっと立ち上がると、また元の位置に戻った。そしてフィルガルド殿下が頷いた。

「ああ。通してくれ」
「はい」

 クリスフォードがライナスを招き入れると、ライナスが少し緊張した面持ちで言った。

「皆様、本日は私の配慮不足で危険な目に合わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした。この船を任せて頂きながらこのような……私はこの件の責任を取るつもりです」

 私は、思わずライナスを見つめた。
 責任を取ると言っても、ライナスは何か悪いことをしたわけではない。今回は、偶々条件が悪かったのだ。前日の嵐のせいで、海が荒れて波が高かったため船を連結させて揺れを防いだ。恐らくそうでもしなければ、繊細なパーティー料理など、並べることも出来ない。港に兵は配備していたが、海は荒れていたので海までは兵を配置していなかった。
 もし咎めるとするのなら、見張り台を封鎖してしまったことだろうが、見た目を重視する貴族を招いていて、ギリギリまで会場を掃除していたので、水の入ったボートや掃除道具が大量に積み上げてあるデッキを見せるのも問題なので隠すという選択もわからなくはない。
 なんとか援護してあげたいと思っていると、フィルガルド殿下が声を上げた。

「ライナス。状況は報告を受けているので知っているつもりです。私としては、クローディアを守りたいということもありますが、実際に被害はないので、今回のことは大事にはしたくないと思っています。事実、被害はなかったのでしょう?」
「被害は……幸運なことに、何もございません。専門の者に点検させましたが『クイーンイザベラ号』も予定通り、明日には出港できます」

 ライナスが答えると、フィルガルド殿下はブラッドを見た。ブラッドは、殿下の視線を受けてそれを肯定するように口を開いた。

「フィルガルド殿下の言う通りだ。法は結果を裁く。結果、今回は何者かに襲撃されたがそれを防いだのだ。裁きは……必要ない。だが、見張り台の封鎖及び、高速船の配備位置や台数は、管理不行き届きと言えるので、その点を改善する報告書を提出するように」

 つまりは……反省文を提出しなさいってことか……。
 私はほっとして胸を撫で下ろした。今回はある意味、自然災害と似ている。少し大きな船は『クイーンイザベラ号』の揺れを防ぐために使われていた。あの荒れた海の上に小舟を出して警備するというのも転覆の危険がある。
 さらに、シーズルス領主のライナス様は10年、この『クイーンイザベラ号』の造船に関わっているのだ。彼のこの船に費やした時間と労力を思えば、反省文程度でよかったと思う。

「今回の問題点を全て洗い出し、提出させて頂きます」

 ライナスもそう言って深く頭を下げた。そして、再び頭を上げた後にこちらを見ながら言った。

「重ねて申し上げにくいのですが、本来フィルガルド殿下は、この船のロイヤルスイートに宿泊する予定でしたが、本日はこの船の総点検を行いますので、代わりに我がシーズルス領邸に部屋をご用意いたしますので、そちらに宿泊していただけないでしょうか?」

 ロイヤルスイート?!
 さすがフィルガルド殿下は、王太子だ。この船の中でもかなり凄そうな部屋に宿泊する予定だったらしい。
 でもこんな騒ぎがあったのだ。確かにこの船へ王族のフィルガルド殿下が宿泊するのは無理だろう。
 この『クイーンイザベラ号』は、明日の夕方にはシーズルス領を出港するのだ。それまでに周りの船の連結を解いたり、何か問題がないかを調べる必要があるのも十分に理解できる。

「異論はありません。お世話になります」

 フィルガルド殿下もすぐに頷いた。


◆ 


 その後、私たちは、シーズルス領邸に戻ることになった。
 船を降りる時に、フィルガルド殿下は数人の貴族から話しかけられていた。

「先ほどの策は素晴らしかったですわ、フィルガルド殿下」
「本当に、フィルガルド殿下は、素晴らしいですわ」

 皆は口々に、フィルガルド殿下を褒め称えた。
 フィルガルド殿下は、そんな貴族たちに何も言わずに微笑んで通り過ぎた。

 恐ろしいことに、ロウエル元公爵の目論見通りに話が進んでいる。さすが貴族のトップ公爵家に長く君臨した人物の考えた策だ。上手く行き過ぎて怖いくらいだ。だが私としては、皆を守るという目的は達成したので、今回の件がフィルガルド殿下の策だと思われても、特に感情は動かなかった。
 だが、王家の馬車に乗るフィルガルド殿下をチラリと見た時、彼の瞳には絶望の色が浮かんでいた。

 フィルガルド殿下のあの瞳は、クローディアの記憶に強烈に残っている。
 クローディアが、まだ貴族学園に通っていた頃。授業でフィルガルド殿下と同級生の女子生徒がペアを組むことになった時に、『許さない』と言って大声を出して、クローディアが授業を妨害した。そんな時、フィルガルド殿下はあの目で私を見ていた。

 だが、なぜそんな目をしているのだろう? 私は悪いことはしていない……はずだ。

 不思議に思いながらも、私はブラッドとジーニアスとリリアと共に馬車に乗った。
 馬車が走りだし、車輪の音などが車内に響き出すと、ジーニアスが悔しそうに顔を歪めながら言った。

「例え誰にも見られなくとも、私は……記録書記官ですので、真実だけを記録します。『』などという曖昧な書き方はしません!! この策を考えて実行されたのは、『』様です!! この功績は全てクローディア様のものです!! 私は、絶対に今日のこの日の事は、全て正確に記録いたします。それが記録書記官としての私の矜持です!!」

 泣きそうな顔で真っすぐに私を見つめるジーニアスの気持ちが嬉しくて、思わず呟いてしまった。

「ジーニアス……ありがとう……」

 するとブラッドもまるで独り言のように言った。

「記録書記官の記述は法で守られる。それを侵害するようなことはしない……それに……私も真実を記録して欲しいと……思っていた」

 ブラッドが珍しく言葉を詰まらせながら言った。

「正確に真実を記録します」

 ジーニアスも顔を上げて力強い瞳を向けながら言ったのだった。

 本来ジーニアスの書いた記録は高位貴族しか見ることのできない資料室か、王族しか入れない書庫に保管されることになる。ほとんど人の目には触れない。
 だが……。
 この日のジーニアスの記録は、後にとても重要な記録として重宝されることになるのだが、この時はまだ誰一人としてそんなことになるとは夢にも思っていなかったのだった。


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