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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
79 豪華客船の一室で(1)
しおりを挟むブラッドの話を聞いて色々思うところはあった。
自分では風向きなどは気にしていなかったので、船の火が街にまで及ぶことは考えなかった。しかも、この船を襲撃されることが、戦の引き金になるということも全く考えもしなかった。
あの時の私は、ただ目の前の命を守りたいとか、この船に10年もかけた人たちの努力を無駄にしたくない、ということだけしか頭になかったのだ。
だが、みんなを守れたことは純粋に嬉しかった。
そしてなにより……いつも冷静沈着なブラッドが、これほど対応に迷いが出るほど、今回のことを評価していることが単純に嬉しかった。
思えば、結婚式の日の夜、テラスでブラッドに会った時から、ブラッドはいつも私が欲しい言葉を与えてくれる。普段は鬼のように厳しくて、不愛想なのに最後には私の一番欲しい言葉をくれるのだから……本当にブラッドは良い上司なのかもしれない。
そんな私の一番欲しい言葉をくれるブラッドだが、普段は壊滅的に言葉が足りない。
私が、先ほどのブラッドの言葉で一番引っ掛ったのは――奪われるかもしれない、と言うセリフだった。
これまでブラッドは刺客に命を狙われているという言い方をしていた。
それなのに、さっきブラッドは奪われると言った。
ブラッドに『奪われるって、どういうこと?!』って……聞きたかった。
だが今はブラッドとフィルガルド殿下が話をしているので、割り込むわけにはいかない。
仕方なく私は、ブラッドとフィルガルド殿下の会話に耳を傾け続けた。
「待ってくれ、ブラッド。整理させてくれ」
どうやらフィルガルド殿下も私と同じように混乱していたようで、こめかみを押さえながら声を上げた。
話を整理したい、というフィルガルド殿下には、私も激しく同意していた。
「ああ」
ブラッドも先ほどよりも少し落ち着いたようで、静かに頷いた。
フィルガルド殿下は、じっとブラッドを見ながら鋭い瞳を向けながら言った。
「まず……今回の彼女の功績を『王家』などいう言葉を使って曖昧にしたのは、クローディアの身の安全を確保するため、というのは間違いないか?」
「間違いない。クローディア殿を守ることを優先した」
ブラッドが答えると、フィルガルド殿下は質問を続けた。
「クローディアを狙う刺客が増えたというのは、客観的に把握できる事実だと思う。だからその件に関しては質問はない。だが……不正の件に彼女が関わったことで、彼女が狙われるようになったという根拠は? ブラッドの憶測か?」
私は思わず目の前のフィルガルド殿下を見つめた。殿下の質問は最もだと思えた。刺客が増えたということは、人数が増えるということなので数値化できる事実だ。だが、理由についての根拠はあるのだろうか? この質問への答えは今回、ブラッドが悩みながらも、ロウエル元公爵の助言を受け入れた理由にもつながる。
私も興味深くブラッドの解答を待った。
私とフィルガルド殿下に見つめられて、ブラッドは眉を寄せながら答えた。
「残念だが、憶測ではない。彼女を狙って来た刺客から得た情報だ。まぁ、それだけではないがな……」
そう言って、ブラッドは窓辺に立っていたヒューゴを見つめた。
なぜ、ブラッドはここで彼を見ているのだろうか?
もしかして、ヒューゴがここにいることと、ブラッドの決断は関係あるのだろうか?
私が不思議に思っていると、フィルガルド殿下がブラッドの視線に気付いて、ヒューゴを見ながら声を上げた。
「そう言えば……見ない顔だが、君は?」
フィルガルド殿下に尋ねられて、ヒューゴはゆっくりと顔に手を持って行くと目を隠す仕草をした。そして顔を上げると、先ほどまで茶色だったヒューゴの瞳が朱色になった。よく見ると、手の上に何か小さな物が輝いていた。
え? あれって……えええ?! もしかして……ヒューゴって、カラコン使ってたの?! むしろカラコンがあるの?!
こっちの世界にカラーコンタクトがあったことも驚きだし、ヒューゴの目の色にも驚いた。
だってあの色は、この国では珍しいが、私は幼い頃からよく知っている……母の瞳の色とよく似ていたのだ。私の瞳は、父の明るい茶色と母の朱色が混じったのか琥珀色だが、この国ではあまりいない。フィルガルド殿下の緑も特徴的だが、一般的にはジーニアスのような茶色やラウルのような青、アドラーやリリアのような灰色も多い。ブラッドの藍色も珍しいがいないこともない。
「君はもしかして、 ダラパイス国の人間か?」
フィルガルド殿下の問いかけに、ヒューゴは近くまで歩いて来て、私たちの前に跪いて頭を下げたあとに、膝を付けたままフィルガルド殿下の顔を見て答えた。
「お会い出来て光栄です。王太子殿下。私はヒューゴ・グランと申します。ダラパイス国の王の第四秘書です。私は我が国の王の命を受けて、御令孫で在られますクローディアをお守りするために参りました」
ヒューゴが答えると、フィルガルド殿下が息を吐きながら言った。
「ダラパイス国の人間?! 聞いていないな……ブラッドは把握していたのか?」
「いや、気づいたのは最近だ。ちなみに彼は、イゼレル侯爵家経由で技術者として正式な手続きでこの国に入国している。だから、城で薬師も出来ていたのだ」
え? まさかの実家経由で入国?!
つまり……兄はこのことを知っている?
私は、新事実にまたしても頭を抱えたのだった。
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