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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
74 クイーンイザベラ号お披露目式(4)
しおりを挟むクローディアたちを『クイーンイザベラ号』に残して、ガルド、ラウル、アドラー、レガードは高速船に乗り込んで不審な船に向かっていた。風向きを利用した方が早いということで、風上から近づくことになったので、この船は相手の船からは死角になるはずだ。
ガルドたちが不審船に向かっている途中に、赤く燃える火が付けられた矢が何本もクローディアがたちが乗る船に向かって通り過ぎて行った。
「火が!!」
ラウルが声を上げると、ガルドが顔を歪めながら言った。
「くっ!! 間に合わないのか?!」
船内が焦りに包まれた瞬間、まるで天使が大きな布を天からかざすように白い壁が現れた。いくつもの噴水の水しぶきが重なり合う様子は月明かりの下では、まるで純白の壁のように立ち塞がり、赤い光を飲み込み消して行く。
ラウルが呆然としながら口を開いた。
「純白の壁? ……なんだ……あれは?」
レガードも唖然としながら呟いた。
「火が……消えて行く……」
放たれる火の矢が純白の壁に消される様子は、この世の物とは思えないほど幻想的だった。
皆、言葉には出さなかったが『火の矢は私が防ぐ』と言ったクローディアが、本当にあの白い壁を出して皆を守ったのだということはわかっていた。得体の知れない興奮が沸き上がってくる感覚を覚えた。
自分の仕える主が起こした奇跡に、言葉にならない感情が渦巻く。
その間にも高速船は、不審船に近付いて行く。
皆が白い壁に見とれていると、アドラーが声を上げた。
「ラウル!! 我々はクローディア様に不審船を止めるように命を受けているのです。例え奇跡を目の当たりにしたとしても、余所見している時間はありませんよ。私とラウルが右の船、ガルド殿とレガード殿が左の船でよろしいですか?」
アドラーが二艘の不審船を見つめながら言った。
船の規模をそれほど多くはないが、ざっと見たところ10人以上は乗っていそうだった。
騎士団を引退したとはいえ、やはりガルドはこれまで越えてきた場数が違う。
腕は立つが経験のないレガードと組んだ方がいいだろう。
それにラウルとアドラーは、貴族学園時代から共に剣を学んでいるので、お互いのクセはわかっている。
アドラーは、訓練もなく咄嗟に連携を取るならこの組み合わせが最適だと考えた。
「それで行きましょう」
ガルドがすぐに頷きながら返事をした。そして、ラウルやレガードも頷いたのだった。
◆
月を背にして右の不審船の上では、アドラーの愛刀シャルフと、ラウルの愛刀シュランクの剣が軽やかに響き渡っていた。
剣士の剣とぶつかる音が、まるで音楽を奏でるように響いている。この船にはアドラーの読み通り、十数人が乗っていた。
やはり奇襲を仕掛けるだけあって、相手もそれなりに訓練された剣士だった。しかも、普段とは違う船の上での戦い。揺れはかなり感じる。
足場の悪さに気を取られて油断しないように、気が付けばアドラーはラウルを、ラウルはアドラーを背にして剣を振るっていた。
剣の音が止まると船に立っているのは、アドラーとラウルしかいなかった。
「はっ……、アドラー。腕が落ちたんじゃないのか?」
ラウルが息を切らしながら言った。
「ラウルこそ、書類仕事ばかりで訓練を怠っているのでは?」
アドラーが乱れた息を整え、剣を鞘に納めながらラウルを見ながら言った。
そんなアドラーの言葉にラウルも剣を納めると頭をかきながら答えた。
「……否定はしない。アドラー、訓練するぞ。このままじゃ、スカーピリナ国で遅れを取るかもしれない」
アドラーがラウルを見て口の端を上げながら答えた。
「同じことを思っていました。訓練……します。あの方は絶対にお守りしなければなりませんから」
シーズルス領に来る途中、狙われているクローディアが警備の厳重な城から出るという情報は刺客にも伝わっていたようで、刺客が潜みやすい場所をあえて通っておびき寄せたのだが、予想よりも多かった。
連日数十人との戦闘。しかも前日は不安定な馬の上。そして今日は船の上だ。
ここまで格下の相手ばかりと対峙して来たが、同等の相手と対峙することになったと思うと二人はじっとしていることは出来なかった。
「……ああ。絶対にクローディア様をお守りしなければな……」
二人は、悔しさと焦りを胸にクローディアの待つ『クイーンイザベラ号』を見据えながら頷いたのだった。
◆
一方、左の船では、レガードが剣を落としそうなほどの恐怖を感じていた。
レガードが恐怖を感じた相手……それは敵の剣士ではなく……。
まるで鬼神のように剣を振るう――ガルドだった。
元騎士団副団長。現在はブラッドの側近を務め、騎士団の中でも別格であり、圧倒的な剣の才能を持つラウルが未だに『あの人には……敵わないかもしれない』と弱気な発言をする相手。
レガードは、彼が騎士団を辞した後に入団したので、ガルドの剣技の凄さを噂には聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。
噂以上に……ガルドという男は、圧倒的な存在だった。
ガルドの剣は――他国から『死神の剣』と呼ばれていると聞いたことがあるが……まさにその通りだった。
彼が剣を振るうと数人が地面に倒れる。
レガードにとって彼は味方であるというのに、彼の剣技を見ると震えが止まらなかった。
レガードはガルドの剣を見て――自分は少し天狗になっていたかもしれない、そう……思った。
皆に最年少で幹部になったと言われ、周りの騎士はすでに自分に勝てる者も少ない。
最近ではラウルとも剣を交えれば、それなりに持ちこたえるようになってきた。
だから知らなかったのだ。
この絶対的な敗北感を……。
「……どうした?」
ガルドが剣をすでに鞘に納め、レガードを見た時、レガードの目から涙が流れていた。
今回、レガードは何もできなかった。
ガルドの剣速に全く着いて行けず、自分は何もしないまま気が付いたら、不審船の剣士が全て倒れていた。
クローディアは多大な恩があるのだ。そんな彼女からの命で、自分の力で彼女の恩に報いる絶好の機会だった。それなのに……自分は何もできなかった。
レガードは、己の拳を痛いほどに握りしめ、ガルドを睨みつけながら言った。
「悔しいと……思いました。私は何も……出来なかった。でもいつか、あなたの隣に立って剣を振りたい!! 私もクローディア様を守りたい!!」
ガルドはそんなレガードを見ながら少しだけ嬉しそうに目を細めながら言った。
「私の剣を見て……悔しいと涙を流すなら、まだ……強くなる」
レガードはきつく拳を握り、ガルドに頭を下げたのだった。
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