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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
69 二時間目地理のお勉強
しおりを挟むその後、各自夕食まで部屋で休むことになった。私はリリアにお茶を入れて貰って窓の外を眺めていた。しばらくすると、家々に灯りが見え始めた。今にも雨が降り出しそうな曇り空なので、街の灯りが反射してゆらゆらと揺れて見える。思わず魅入ってしまうほどの幻想的な景色だった。
「美しいですね」
リリアも私と同じようにこの景色に魅せられているようだった。
「……ええ。ずっと見ていられる……」
窓の外を見ながらふと私は頭に浮かんだことを口に出していた。
「ふふふ。ブラッドだったらこの景色を見てどんな言葉を口にするかな?」
もしかして、ブラッドならこの景色を見ても『雨が降りそうだ』と言って終わりそうだと思うと少しだけおかしくなった。
「そうですね~~ブラッド様……。ん~~ラウル様なら『クローディア様の美しさには敵いませんよ』とおっしゃりそうですけど……そして兄は『そうですね』と可もなく不可もない無難な返事をしそうです。ジーニアス様は、『この辺りは景観保持のために建築様式が決まっているようですから、この光景は様式美と言えます』と解説してくれそうです」
リリアの言葉に私は思わず3人を想像して笑ってしまった。
「リリアの観察眼は見事ね! そう言われてみると、確かにリリアの言ったセリフを言っているみんなが、まるで現実のように目に浮かぶわ!!」
私とリリアは顔を見合わせて笑った後に、もう一度、この景色を見た。
「ブラッド様のお答えは……本人に聞かれるのいいのではないですか?」
リリアが目を細めてそんなことを言うので、私も思わず頷いてしまった。
「そうね……」
ブラッドのこの景色を見た感想が知りたい……それはつまり、――私はブラッドと一緒にこの景色が見たいのだということにその時の私はまだ気付いていなかったのだった。
◆
クローディアがリリアと夜景を見て話をしていた頃。
ブラッドは自分が泊まる部屋で仕事をしていた。カリカリと規則的なペンの音が止まりブラッドが顔を上げた。そのタイミングでガルドが声をかけた。
「ブラッド様、少し休まれてはいかがですか? お茶を入れます」
ブラッドはペンを置くと、ガルドを見ながら答えた。
「頼む」
「かしこまりました」
ブラッドがソファに移動すると、ガルドがブラッドにお茶を入れながら言った。
「スカーピリナ国の歓迎の夜会が、今回の船の披露式に重ならなくてよかったですね」
実は城を出る前に、スカーピリナ国の王の歓迎の夜会は、今回のお披露目式が終わって城に戻る予定だった2日後になったと連絡を受けたのだ。ブラッドは目を閉じて、目頭を親指と人差し指で押さえながら答えた。
「ああ。……どちらにしても、クローディア殿には無理をさせてしまうけれどな」
明日、ロイヤルスイートにクローディアが宿泊する件は、当日フィルガルドがクローディアを誘い、クローディアが応じたら宿泊するということにまとまったので、ここシーズルス領邸にはクローディアは3日間泊まると伝えてある。
ブラッドが疲れている姿を見たガルドが、お茶をテーブルの上に置きながら言った。
「ブラッド様、景色でもご覧になったらいかがですか?」
ブラッドはそう言われて目を開いて、窓の外を見ながら口を開いた。
「雨が降りそうだな……」
「この景色を見てそんなことをおっしゃっては、クローディア様ががっかりされるのではないですか? クローディア様はきっとこの景色を見てとてもお喜びになりそうです」
ガルドの言葉を聞いたブラッドは少しだけ口角を上げながら言った。
「そうか? 彼女は案外、静かに淡々とこの景色を見ていそうだけれどな……クローディア殿はどうでもいいことは大袈裟に口にするくせに、本心は自分の中に抑え込むところがあるからな……」
ブラッドは、少しだけ雨が降り出した窓の外を見ながら無意識に呟いた。
「この景色は彼女の目にどう映っているのだろうな……」
ブラッドもまた、クローディア同様にこの景色を共に見たいと思っていたのだった。
◆
リリアと二人で窓から外を見ていると、大粒の雨が降り出した。
「降って来たわ」
「そうですね。あまり降らないといいですけど……」
リリアも窓の外を見ながら心配そうに言った。二人で雨を見ていると、扉がノックされて、執事が「お食事の支度が整いましたので、ご案内致します」と呼びに来てくれた。アドラーとラウルも廊下で待ってくれていたので、一緒に会場に向かった。
食事会場にはすでにみんが揃っていて、豪華な料理が並んでいた。ビュッフェ式で自由に好きな物を食べれるようだ。
私はブラッドやガルド、ジーニアスたちと合流すると、領主のライナスが夫人と子供たちと共に、あいさつに来てくれた。
「クローディア殿下、ご紹介致します。妻のキャシーです」
「はじめまして、クローディア様。お会いできて光栄です」
ライナスの奥様は、とても長身でカッコイイという言葉がぴったりの女性だった。ライナスよりも背が高くで、スラリと伸びた背筋は女性でも憧れてしまうほど凛々しい。
「はじめまして、歓迎感謝いたします」
私は少しだけ緊張しながらあいさつをした。
「こちらが、長男のライオネル、長女のアルマ、次男のライド、三男のラサル、次女のアマダです」
どうやら、ライナスには5人のお子様がいるようで、「はじめまして、クローディア殿下」と長男のライオネルが言った後に皆、まるで騎士のように一糸乱れぬ礼をしくれた。恐らく下の二人はまだ小学生にもなっていないくらいの年だと思うが、大人顔負けのあいさつを見せてくれた。
「皆様、まるで騎士のように美しいあいさつですね」
私が褒めるとみんなが「光栄です」とまた礼をしてくれた。ラウルは騎士団の副団長だし、シーズルス家は騎士家系なのだろうか?
そんなことを思っていると、ラウルが微笑んで説明してくれた。
「兄の奥方様は、元騎士です。ガルド殿と同じ頃に騎士団に在籍しています」
ラウルの言葉にライナスの奥様のキャシーが微笑みながら言った。
「ガルド隊長とは同期です。……申し訳ございません、ガルド元副団長ですね。私が騎士を辞した時には隊長でしたのでつい……」
ガルドがにっこりと微笑みながら言った。
「お久しぶりです。お元気そうで安心しました」
「隊長も相変わらずいいお声ですね。身が引き締まります」
キャシーが元々伸びていた背筋をさらに伸ばしながら答えた。お互いにあいさつをしただけなのに、それだけでまるでずっと共にいたような空気が流れていた。騎士の同期というのはどこか特別な物なのかもしれない。時を経てもなお続く二人の間の信頼関係は羨ましいと思った。
「皆様、今日はどうぞたくさんお召し上がり下さい」
キャシーが、ガルドから視線を外してこちらを見ながら言ったので、私たちも頷いて食事を始めた。
どの料理もとても美味しくて食べ過ぎてしまった。
「……雨が強くなってきたな」
食事を終えて、そろそろ部屋に戻ろうと思っていると、ブラッドが窓の外を見ながら呟いた。
窓の外と見ると、雨だけではなく風も強く吹き付けていた。私も思わず呟いた。
「明日は大丈夫かな……」
大雨の中船上のお披露目式は大変そうだ。こっちの世界には天気予報という便利な物はないので、とても不便だ。私はこちらに来て天気予報がいかに偉大かを思い知った。そんなことを話していると、ライナスが口を開いた。
「この雨は通り雨です。明日には晴れるのでご心配には及びません」
「そうなのね……」
私は、そう言うと外をじっと眺めていたのだった。
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