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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

65 海辺の街へ(1)

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 ジーニアスが執務室に入ると、薬師のヒューゴがジーニアスを見て片眉を上げた。

「ただいま戻りました。そちらの方が例の薬師の方ですか?」

 ジーニアスの問いかけに答えたのはラウルだった。

「ああ。この度、薬師のヒューゴ殿も船の披露式に同行することになった」
「同行……」

 ジーニアスは、じっとヒューゴを見つめながら尋ねた。

「あの、失礼ですが……どこかでお会いしたことはありませんか?」

 ヒューゴは笑顔で答えた。

「私は、薬草保管室にいるので、そこで会ったのかもしれません」

 ジーニアスは、首を傾けた。自分は普段薬草保管室に用事はない。それに、そんな場所ではなく別の場所で会ったことがある気がするのだが、記憶力には自信があるのに、どうしても思い出せなかった。

「ジーニアス。それで、リリア嬢の情報は正しかったのか?」

 ラウルが焦れたように尋ねた。

「ああ、申し訳ございません。フィルガルド殿下は確かに、船の披露式にご出席されます。さらに……」

 ジーニアスはゴクリと息を飲んで届けの写しをブラッドに差し出しながら伝えた。

「披露式の夜。フィルガルド殿下は、クローディア様と共に、ロイヤルスイートにご宿泊されるとの届けが出されております」

 ガルドと、ラウルが同時に声を上げた。

「馬鹿な!!」
「なんだって?!」

 ブラッドは、ジーニアスの持ってきた届けの写しをただ静かに見ていた。その姿が人々を恐怖のどん底に叩き落とした。
 ブラッドは長い長い沈黙の後に、低い声で呟いた

「媚薬に……ロイヤルスイートか……考えるとしたら……クローディア殿を絶対に王妃にしたい勢力……あるいは……クローディア殿に外交をさせたくない勢力の仕業か」

 クローディアは現在、他国の者に命を狙われている。そのことが今回のことと関係しているのかわからない。だが、十分に警戒する必要がある。

 ブラッドは、皆を見ながら告げた。

「フィルガルド殿下は元々この事業に力を入れているので、出席するというのなら、止めることは出来ない。だからせめて部屋を代えれるように動くことにする」

 ブラッドは自分でも信じられないほど焦っていた。
 クローディアとフィルガルドを同じ部屋で共に一夜を過ごすと考えただけで、胸の奥をジリジリと焼かれるような不快感を感じたのだった。

 こうしてそれぞれの思惑を胸に、シーズルス領に向かう日を迎えることになるのだった。





 
 アドラーのおかげでぐっすりと眠った私は、次の日のブラッド先生による鬼講義も耐え、ようやく今日は、シーズルス領に向かう日になった。今回の護衛は、ラウルだけではなく、レガードの所属する第5部隊が担当してくれるというので、知っている人がたくさんいて嬉しくなった。
 ただ少しだけ天気が心配で、私が空を見上げていると、ブラッドから突然薬師の方を紹介された。

「ヒューゴと申します。はじめまして、クローディア様」

 薬師のヒューゴは笑顔だったが、その笑顔を見た私は心から申し訳なく思った。
 
 この人……もしかしてブラッドに連行されたんじゃ……。

「はじめまして……その……ごめんなさいね……無理しないでね」

 私はヒューゴにそう言うと、思わずブラッドをじっと見た。

 なぜ、突然薬師の方が同行することになったのだろうか?
 しかも私にわざわざあいさつをするということは、ブラッドに何らかの意図があり、無理やり連れて来た可能性さえある。

 私はヒューゴから離れて馬車に乗り込もうとしている、ブラッドにジト目を向けながら言った。

「ちょっとブラッド、さっきの人、無理やり連れて来たわけではないわよね?」

 ブラッドは大変ふてぶてしい態度で言い放った。

「本人の希望だ。なぜ、そんなことを思ったのだ?」

 私は、思ったことをストレートに伝えた。

「だってヒューゴって人、笑顔だったけど目が笑ってないじゃない!!」
「ははは。さすがクローディア様ですね。私も同意します」

 ラウルが突然、楽しそうに笑いながら言った。

「ふふふ。侍女の多くは、あの方のあの笑顔に陶酔していたようですよ?」

 ガルドもラウルと同じく楽しそうに言った。
 なるほど……ヒューゴはすらりと長い手足に、切れ長の目。髪は天然の緩いスパイラルパーマで無造作な雰囲気でモテるというのもとてもわかる。
 だが、絶対普段はもっとにこやかに笑っているはずだ。こんな『頑張って笑っています!!』という雰囲気ではないのだろうと思う。
 一方ブラッドは、無表情を保ちながらも片眉を上げるという器用なことをしながら言った。

「クローディア殿。話は馬車の中だ。とりあえず出発するぞ」
「え、ええ」

 ブラッドに促されて私は急いで馬車に乗り込んだ。馬車は外も随分と立派だったが、内装もとても豪華だった。
 今回は馬車の中に私とブラッド、リリアとジーニアスが乗り、ガルド、ラウル、アドラーは馬で私たちの馬車の周りをついて来てくれるらしい。

 私は馬車に乗った途端、ブラッドに詰め寄った。

「ねぇ、ブラッド。何を隠しているの?」

 ブラッドは、表情を変えずに答えた。

「なぜそう思う?」
「もう!! 質問に質問で返さないで!! 私だってそれなりに、あなたと付き合いが長いのよ? 疑い深いブラッドが急に私の会ったこともないような人を同行者に選ぶわけないでしょう?! どうして、薬師なの? なぜ彼はここにいるの?」

 ブラッドは表情では全くわからないが、彼の行動には意味があると言うことがわかって来た。
 数日前に、ブラッドとガルドとラウル。そしてアドラーとリリアでシーズルス領に向かうと決めていたのに、突然見も知らずの薬師が増えるなんて、絶対におかしい!!
 これは絶対に私に関することだ。
 それも――暗殺とかそういう命に関わることだと、言われなくても理解できた。

 私がじっと見つめると、ブラッドが観念したように言った。

「あなたに媚薬を使わせたい者がいるようだ」
「え……?」

 媚薬という言葉に私は思わず固まってしまった。
 媚薬といったら、ラノベに出て来るあのシーンを思い出さざるを得ない。ラノベの中のクローディアが嫌がるフィルガルド殿下に無理やり媚薬を使うあのシーン。
 私は思わず鳥肌が立った。

 イヤだ!!! 怖い!!
 媚薬なんて物と関わりたくない。
 私は、全身で媚薬を否定していた。

 「クローディア殿、クローディア殿」

 ブラッドの声が聞こえるが、私は震えが止まらなかった。
 媚薬……そんな物を使ってしまっては――もう後には戻れない。

 私の中を恐怖が支配した。
 だが、私は大切なことを思い出して、縋るような視線をブラッドに向けた。

「ねぇ……今回、フィルガルド殿下は来ない……わよね?」

 ブラッドは、どこか苦しそうに答えた。
 その表情で私はなんとなくわかってしまった。

 フィルガルド殿下、今回いらっしゃるんだ……。

「フィルガルド殿下は、明日の船の披露式にだけは来られる」
「そう……」

 ラノベのクローディアは、やはり媚薬を手に入れられる環境があったんだ……。
 そう考えると、納得した。

 船の披露式は夕方から行われる。きっとその日はフィルガルド殿下も泊まりになるだろう。
 
「なるほど……。それで薬師のヒューゴを連行してきたのね……」

 私はブラッドを見ながら言った。
 ブラッドが無理やり薬師を連行したということは、ヒューゴという人のおかげで媚薬になんらかの対策が打てるということなのだろう。
 ブラッドは呆気にとられた後に少しだけ口角を上げながら言った。

「連行ではない……本人の意思だと言っただろう?」

 私は前に座っているブラッドの手を取って笑った。

「ブラッド、ありがとう!! あの人こき使いましょう!! 媚薬なんか蹴散らしてやるわ!!」

 ブラッドは、今度は口角を上げるだけではなく楽しそうに笑った。

「本当に……あなたは私の想像の斜め上を行くな」
「それって、褒めてないよね?」

 私はムッとしながら言った。するとブラッドが目もくらむような極上の笑顔で言った。

「最大の誉め言葉のつもりだ」

 外はどんよりとした曇り空だったが、ブラッドの滅多に見れない笑顔が見れてなんだか私の心まで明るくなったのだった。

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