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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

62 空席の食卓(2)

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 クローディアが食堂を去って一刻ほど経った頃。

 ヒヒーン!!

 城に王家の紋章が入った馬車が到着した。その馬車に乗っていたのは、フィルガルドだった。
 今日は、公務で王都から数キロ離れた場所に視察に行っていたのだ。予定では夕方には城に戻れる予定だったが、突然の雨で王都の川下の水門開放が遅れて、運河の手前で何時間も足止めされてしまった。

「クローディア!!」

 フィルガルドは、大急ぎで馬車を降りると、クリスフォードと共に足早に、食堂に向かったが、すでに食堂の灯りは消されて人の気配がまるでなかった。

「……間に合わないかったか……」

 フィルガルドは『もしかしたら、クローディアは自分を待っていてくれるかもしれない』と、心の中では期待していたのだ。

「フィルガルド殿下? お食事はお済だとお伺いしたのですが……」

 執事がフィルガルドの姿を見つけて慌てて駆けつけて言った。

「ああ。食事は済ませた。クローディアは? やはり長く待たせてしまったのか?」

 フィルガルドは、焦った様子で執事に尋ねた。

「クローディア様は、つい一刻前まではこちらでお食事をされていらっしゃいました。フィルガルド殿下からの伝言が届くまで、数刻の間、クローディア様は食事もされずに、ずっと殿下を待っておいででした」
「数刻……そんなに私を待っていてくれたのか……」

 フィルガルドは、自身の胸ポケットに入れていた懐中時計を開いて時刻を確認すると、もうすぐ日付が変わりそうな時間だった。

「こんな時間に……クローディアが待っていてくれるはずはないか……会いたかった……」

 フィルガルドは、真っ暗な食堂を見ながら、がっくりと肩を落としたのだった。





「フィルガルド殿下、おかえりなさい。ご無事でよかった」

 私は食事を終えて一度寝室に戻った。だが雨が激しく降って来てどうしても心配だったので、アドラーと一緒に食堂近くの応接室で、殿下の帰りを待っていたのだ。

 ――食事を終えた私は、一度、部屋まで戻った。
 だが、アドラーが心配そうに『クローディア様、このままベッドに入って眠れますか? もう少しフィルガルド殿下をお待ちして、無事を確認してお休みになられた方がよろしいのではありませんか?』と言った。時計を見ると遅い時間だった。殿下の無事は気になったが、アドラーを休ませたかったので断った。しかし、アドラーはもう一度『それでクローディア様はゆっくりとお休みになれるのですか?』と言った。
 さらに悩む私、アドラーはこう言った。

 ――「ここでお休みになると、クローディア様があの方を想う時間が長くなりますので、待った方が今後のためには良いと思います」――

 確かにこのままでは一晩中フィルガルド殿下の心配をして眠れないかもしれない。
 私はアドラーに『会う必要はないので、無事だけ確認したい』とお願いして、一緒に食堂近くの応接室でフィルガルド殿下の帰りを待っていたのだった。

 執事から殿下が戻ったこと報告を受けて、ほっとした私は疲れている殿下には声をかけずに、このまま部屋に戻って寝ようと思っていた。本当にフィルガルド殿下の無事さえ確認できればよかったのだ。 
 ところが、私が部屋に戻るために応接室を出ると、食堂の前にフィルガルド殿下の姿を見つけて、思わず声をかけてしまったのだ。

「え? クローディア? なぜここに?」

 私が声をかけるとフィルガルド殿下は呆然としながらこちらを見ていた。

「私は、心配で応接室で待っておりました。殿下こそ……なぜここに? もしかして、まだ食事を済ませていらっしゃらないのですか?」
「いえ……食事は済ませました……心配……?」
 
 フィルガルド殿下は相変わらず呆然とした様子でこちらを見ていた。明らかにいつもとは違った様子に疲れているのだろう、と思った。私は本来の目的であったお見舞いのお礼だけを伝えて、すぐにその場を去ることにした。

「引き留めてすみません、お疲れでしたよね。フィルガルド殿下、お見舞いのプレゼントとカードありがとうございました。……嬉しかったです。それではおやすみなさい、失礼致します」

 私はまさか今日中にお礼が言えるとは思っていなかったので、ほっとして殿下に背を向けて歩き出した。次の瞬間、背中にあたたかさを感じた。

「こんな遅い時間まで、待っていてくれて、ありがとうございます……顔が見れて……嬉しいです」

 気が付くと私はフィルガルド殿下に背中から抱きしめられていた。
 ふと雨の降りしきる窓ガラスを見ると、殿下に抱きしめられている自分が映っていて不思議に思った。
 なぜだろう。いつもは殿下に抱きしめられると酷く動揺していたが、最近ではアドラーやラウルにジーニアスにリリア、ガルド……そして、ブラッドがいつも側に居てくれるからか、フィルガルド殿下に抱きしめられても不安で心が壊れそうにはならなくて、自分でも不思議だった。

 ふと顔を上げると心配そうに私を見つめるアドラーと目が合った。
 私はアドラーを見て微笑むと、ゆっくりとフィルガルド殿下から離れた。

「私もフィルガルド殿下のお姿を見れて安心しました。お疲れでしょう? おやすみなさい、殿下」

 私が微笑むと、フィルガルド殿下も微笑んでくれた。

「ありがとうございます……おやすみさい、クローディア」

 私は今度こそ、フィルガルド殿下と別れてアドラーと共に自室に戻った。自室に戻る途中、私はアドラーを見上げながら言った。

「ありがとう、アドラー」

 すると、アドラーは慈悲に満ちた眼差しで私を見ながら微笑んだ。

「いいえ、表情が明るくなり安心しました。あの方のせいで、クローディア様が一晩中気に病むなど、許せないことですから……ハグくらいは……許容範囲です」
「ふふふ、アドラーったら」
 
 私はアドラーのおかげで、心軽く部屋に戻った。
 そして、その日は、外は凄い雨で雷まで鳴り始めていたが、ぐっすりと朝まで眠れたのだった。





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