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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて

60 チームお飾りの正妃の復活(3)

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 リリアが薬師の喉元に剣を付けて睨んでいると、薬師は驚いた後に困ったように言った。

「どうされたのですか? 何かありましたか?」

 薬師は特に悪びれる様子もなく、平然としていた。リリアはそんな薬師の態度にますます眉を寄せた。普通、喉元に剣を突き付けられたら皆、動揺するはずだ。それなのにこの男は平然としていた。

 ――やはり、この男怪しい。

 リリアは、鋭い目つきであえて殺気を放ちながら言った。

「この匂い………媚薬でしょう?」

 リリアの言葉を聞いた薬師は真剣な様子で答えた。

「ええ。クローディア王太子妃様には、必要だと思いましてご準備させて頂きました」
「……媚薬が必要? なぜ?」
「それは……」

 リリアは殺気を放っていたにも関わらず、男は平然と理由を答えたのだった。

 

 ◆


 リリアは、薬師の男に話を聞いた直後に薬草保管室を出るとその足で、フィルガルド殿下担当の侍女たちの休憩場所に向かった。
 そろそろ昼間担当の侍女と夜間担当の侍女が入れ変わる時間なので、この時間なら絶対に休憩場所に夜間担当の侍女が待機していると思ったのだ。案の定そこには数人の侍女が控えていた。
 ここには滅多に顔を出さないクローディア付きの侍女のリリアが顔を出すと、彼女たちは少し驚いたが、特にいつもと変わらない様子でリリアに話かけた。

「あら? リリアじゃない。どうしたの?」

 リリアは、動揺を隠して普段通りの態度で彼女たちに尋ねた。

「少し確認したいことがあるのだけど、いいかしら?」
「確認? ……ええ。何かしら?」

 そして、さきほど薬師に聞いた内容を彼女たちに確認した。すると彼女たちは、リリアの質問に眉を下げながら答えた。

「そうなの……おかげでフィルガルド殿下。とてもお忙しくて、お身体を壊されないか心配だわ」
「でも、ずっとご自身が手掛けてこられたことですもの……お気持ちはわかるわ……」

 フィルガルド殿下付きの侍女たちは、あっさりと薬師の男の話を肯定した。 
 男の話が事実だったことを知ったリリアは彼女たちにお礼を言った。

「ありがとう!」

 リリアはすぐに休憩場所を出ると、クローディアたちの待つ執務室に戻ったのだった。
 一刻も早くクローディアやブラッドに伝える必要がある……と、そう思った。







 



「ここまでにするか」

 鬼のブラッド先生の言葉で私は顔を上げた。

 やっと、終わった……。長かった……。

 私は本をパタリと閉じると茫然自失としながら、ブラッドを見つめた。
 これまで私は、なぜブラッドが私に王妃に必要なことを教えてくれないのか、と思ったこともあった。
 だが、そんなことを考えていたあの頃の私を捕まえて伝えたい、心から!! 

 ブラッドは頭が良すぎて、凡人への指導者には壊滅的に向いていない……と。

 高速で濃厚な内容をぎゅっと凝縮したブラッド先生の講義を終えて、白目をむいていた私に更なる衝撃的な事実が襲いかかった。

「クローディア殿。そんなにのんびりとしていていいのか? そろそろ、フィルガルド殿下と食事の時間だぞ」
「…………………え?」

 この精神状態で、フィルガルド殿下と食事……私……詰んだ?

 本心では、このままブラッドたちとこの部屋で手早く食事を済ませて寝たかった。
 でも、プレゼントとお見舞いのカードのお礼は早い方がいい。
 それにすでに約束してしまった。ここで断ってしまっては、次こそ絶対にフィルガルド殿下が部屋までやって来るのは確実だ。

「そう……だったわ」

 私がようやく意識を戻すと、アドラーの姿が見えた。アドラーが癒し効果のありそうな優しいお兄ちゃん光線を出しながら私に手を差し伸べてくれた。

「クローディア様、参りましょう」

 私は差し伸べられた手を取るとゆっくりと立ち上がってアドラー手を離した。そしてアドラーを見ながら微笑んだ。

「ありがとう、アドラー。……行きましょうか」
「はい」

 私は、今度はこの部屋に残っている他の人たちの方を見ながら言った。

「みんな、今日はありがとう。では、お先に失礼するわ」

 みんなに「お気を付けて」や「ご無事で」などこれから食事に行くとは思えない声かけをされながら私が部屋を出ようとするとブラッドが声を上げた。

「クローディア殿」
「何?」

 ドアの前でブラッドを振り返ると、ブラッドは余裕の笑みを浮かべながら言った。

「眠れなかったら、今日の復習をするといい」

 私は思わず今日のブラッド先生の講義を思い出してゾッとした後に、小さく笑って答えた。

「ええ。そうするわ。じゃあ、また明日ね」
「ああ。また」

 そう言って私は、執務室を出てフィルガルド殿下との食事に向かったのだった。
 確かに眠れなければ今日のブラッドの講義を思い出せば寝れるかもしれない。
 それに心地よいアイピローもある。

 うん、――大丈夫だ。

 私は、少しだけ足取りが軽くなっていたのだった。
 







 クローディアとアドラーが執務室を出た数分後に、リリアが執務室戻って来た。
 リリアは執務室に残っていたブラッド、ガルド、そしてラウルとジーニアスに先ほど、薬師との会話の内容を伝えることにした。
 クローディアはすでにいなかったが、ブラッドには先に伝えた方がいいと判断した。

「ブラッド様。至急お伝えしたいことがございます」

 いつも冷静なリリアの慌てた様子に、ブラッドや他の皆もどこか緊張した顔でリリアの話に耳を傾けた。
 そんな中ブラッドがじっとリリアを見つめながら尋ねた。

「どうした?」

 リリアは息を整えて、口を開いた。

「先ほど、王宮の薬草保管室の薬師にクローディア様の今回の旅のために薬を貰いに行ったところ、胃薬や酔い止めなどの常備薬の他に……媚薬を処方されました」
「……媚薬……だと? なぜ?」

 ブラッドが眉を寄せ低い声で尋ねた。その姿にリリアは一瞬恐怖を感じて怯んだがなんとか話を続けた。

「薬師の話ですと、船の完成披露式に、フィルガルド殿下がご出席されるとか」

 ブラッドは、怖いほど眉を寄せながらジーニアスを見ながら尋ねた。

「……聞いていないのか?」

 ジーニアスは首を振りながら答えた。

「聞いておりません」

 ブラッドは表情を消し去り、この場が凍てつくような低い声を上げた。

「ガルド……その薬師を早急に連れて来い」
「はっ!!」
「私も同行します」

 ガルドとラウルは素早く立ち上がると、薬師の元に向かうために執務室から出て行ったのだった。

「私も記録部に戻って確認します」

 ジーニアスも二人に続いて部屋を出て行った。

「…………」

 ブラッドは執務机に座ったまま黙って皆の出て行った扉を見つめたのだった。
 








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