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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
57 お飾りの正妃の側近(3)
しおりを挟む目の前には、これまで私に協力して不正を調べてくれたアドラーが立っていた。
そもそもアドラーは領主代理になりたくて何年も努力していたはずだ。
それなのに……折角、領主代理試験に合格したのに、私の側近になどになったら夢は叶わない。
「アドラー、どうして? 折角努力して領主代理になったのに!!」
私は思わずアドラーに向かって大声を上げた。
最近大人しくしていた私が、急に大声を上げたのが珍しかったのか、アドラーだけではなく皆も驚いた顔をしていたが、私は構わず大声でアドラーに言った。
「私の側近なんてダメだよ!! もったいないよ!! アドラーならたくさんの人を助けることができるいい領主代理になれるのに!!」
もったいない。すぐに王族でなくなる自分の側近になるより、絶対に領主代理になった方がみんなのためになる。
私が涙目でアドラーを見ると、アドラーがゆっくりと私の前に歩いてきて、自分の胸の前に手を当てながら言った。
「クローディア様。私が側近ではご不満ですか?」
私はじっとアドラーを見ながら言った。
「そんな言い方……ずるいわ……。不満はないけれど、残念だとは……思うわ。折角、素晴らしい領主代理が誕生したのに、私なんかの側近になるだなんて……才能の無駄遣いだわ!! お願いアドラー。まだ間に合うわ。考え直して!!」
アドラーは、騎士団の実力トップのラウルと並ぶ程の腕前で、難関と呼ばれる領主代理試験に満点で合格するほどの頭脳を持ち、陛下の目に留まるほどの礼儀作法も持ち合わせている。
これほど完璧な人材がお飾りの王太子妃の側近になどなるべきではない。
アドラーは困った顔をしながらも、私を真っすぐに見つめながら言った。
「クローディア様、そんな風に言わないで下さい。私はあなたの力になりたいのです。他の誰でもない、あなたを助けたいと思いました。あなたが拒絶されても、私はあなたの側近になりたいです。それにあなたを守ることは、この国にとっても重要なことです。どうかクローディア様。私をあなたの側近に選んでくれませんか?」
そう言ってアドラーは私の前に跪いて頭を下げた。
アドラーが私の側近になってくれるなら嬉しい。でも、私の側に居て本当にいいのだろうか?
どうしても決められなくて、私は眉を寄せて、アドラーを見つめることしかできない。
皆が唖然としながら見つめる中、ガルドが口を開いた。
「クローディア様。横から口を出して恐縮ですが、『自分が仕えたい』と思える人物に出会え、自分にその方を支える力があるということは、この上もなく誉なことです」
「え?」
私がガルドの言葉に目を大きく開けてガルドを見ていると、今度はフィルガルド殿下の側近のクリスフォードが口を開いた。
「ガルド殿の言う通りです。失礼ですが、私なら、例え主の口からでも主を侮辱されるような発言を聞かされるのは許せません。クローディア様、あなたを支えたいという彼を尊重するというのなら、彼の能力や人となりで自分の側近として相応しいか、ただそれだけを考え判断されるべきだと思います。例えどんな事情があっても主の事情を全部含めてお支えするのが、我々側近の矜持です」
私がアドラーの方を見ると、アドラーは相変わらず私の前に跪いて真剣な瞳で私を見ていた。
アドラーが、王太子妃である私の側近として相応しいか?
そんなの、これまで一緒にいて十分過ぎるほど知っている。
アドラー・ルラックは――王太子妃の側近として相応しい。
私が小さく息を吐いて、ブラッドの方を見るとブラッドは、静かに頷いた。
次にフィルガルド殿下を見ると、フィルガルド殿下も力強く頷いた。
私は今度は大きく息を吐くと、大きな声を上げた。
「アドラー・ルラック。あなたを私の側近に任命致します」
アドラーはそれを聞くと、ゆっくりと頭を下げた後に私を見据えながら言った。
「光栄にございます」
私はアドラーの手を取ると、ありがとうと感謝を込めて笑顔で言った。
「アドラー。これからもどうか、よろしくね」
「はい!!」
こうして私の側近はアドラーに決まった。
「決まったな!! では、早速これからのことを話合おう!! 急ぎ執務室に戻ろう」
空気の読めない。いや、あえて空気を読まないブラッド君は感動的な場の空気を破壊して、すぐに執務室に戻ろうとした。
「もう、ブラッドったら!! せっかちなんだから……」
そう言って、私がブラッドについて行こうとしたら、フィルガルド殿下に手を握られた。
「待って下さい、クローディア」
「フィルガルド殿下……」
フィルガルド殿下は、真剣な顔で私を見ながら言った。
「クローディア。今日は……今日こそは、夕食をご一緒しませんか? あなたとの時間が欲しいのです」
普段の私ならきっとこの誘いを断っていただろう。
でも、今日は違う。
ここ数日部屋に監禁されて、体調はすこぶるいいし、毎日のように手紙や贈り物をくれたフィルガルド殿下にゆっくりとお礼が言いたいと思っていた。
でもフィルガルド殿下と二人になるのは――怖かった。
私は早速だが、アドラーに頼ることにした。私はアドラ―の方を見ると、心の中でアドラーに『ごめん』と詫びて、殿下を見ながら言った。
「では、フィルガルド殿下。アドラーとクリスフォード様も同席してのお食事会にいたしませんか?」
フィルガルド殿下は一瞬驚いていたが、すぐに頷いた。
「クローディアがそれを願うのであれば、私はそれでかまいません」
フィルガルド殿下が納得してくれた。クリスフォードは驚いていたが、側近なら主の食事会に同行することもある。側近になると一代限りの伯爵の位を授かるのだが、それも側近として王族と共にあらゆる場に同席するためでもあるのだ。アドラーはと言うと、顔色一つ変えてはいなかった。
「では、フィルガルド殿下。夕食を楽しみにしておりますわ」
こうして私はその場を去ったのだった。
◆
クローディアが側近を任命していた頃。
ハイマ国と、ダラパイス国境付近の砦には、見張りの大きな声が響いていた。
「スカーピリナ国の一団が確認できました!!」
――スカーピリナ国の王の到着の知らせ。
待ちに待った報告に、騎士団団長のカイルは、執務机に座ったまま閉じていた瞳をゆっくりと開いて言った。
「ようやく、来たか……随分と時間がかかったな」
そう言って、すぐに王都への報告を書き始めた。この砦から王都までは3日程だ。早馬なら1日といったところだろう。
カイルは、手紙に封をすると声を上げた。
「これを至急。フル―ヴ侯爵家へ」
「はっ!!」
そして、椅子から立ち上がると、かけていたマントをヒラリと羽織って誰にも聞こえぬ声で呟いた。
「さぁ、スカーピリナ国の王の顔でも拝ませて貰うか……」
そしてカイルは執務室を出たのだった。
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