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第二章 お飾りの王太子妃、国内にて
55 お飾りの正妃の側近(1)
しおりを挟むクローディアたちが、アドラーの合格を喜んでいた頃。
ハイマ国とダラパイス国の国境付近の砦では、騎士団長のカイル・フォン・フル―ヴが、砦の見張り台の衛兵に話かけながら眉を寄せていた。この場所は遠くまで見渡せる見張り台としては絶好の場所だ。
「まだか?」
「カイル団長!! はい。まだ何も見えません」
見張りの衛兵が首を振りながら答えた。
「そうか……スカーピリナ国の国王の到着は随分と遅れているな……本来であればもう到着していてもいいのだが……」
騎士団長のカイルは、王妃並びに王太子妃暗殺の件で隣国ダラパイスに出向いていた。丁度ダラパイス国から、この砦に戻った時にスカーピリナ国の王の訪問の知らせを聞き、出迎えるべくこの砦で待機していた。
本来ならスカーピリナ国の国王はすでにこの砦には着いているはずだ。それなのに、まだスカーピリナ国の一団は姿が見えない。
カイルは、ダラパイス国の王と話をした時に耳にしたあることが気にかかっていた。
「何もなければいいが……」
カイルは眼前に広がる雄大な景色を見ながら、そう呟いたのだった。
◆
レナン公爵子息様から言い渡された慈悲の監禁生活が終わり、私は今日から復帰することになった。不正を暴くという大役を果たしたばかりなので、しばらくはのんびりと調理場に行ってクッキーを作ったり、馬小屋に行って馬を愛でたりという、私の望んでいた視察が出来るかもしれないと、胸を躍らせて執務室に向かった。
「おはよう!! ブラッド、ガルド!!」
私は、にこやかにあいさつをしながら執務室の扉を開けた。
「クローディア様、おはようございます。顔色が良くなっていますね。お元気そうで安心いたしました」
するとガルドのいい声が耳に届いて思わず身体の力が抜けそうになった。久しぶりに聞くガルドの美声は少し戸惑ってしまうくらいの破壊力なので、やはり定期的に聞いて耐性をつける必要がある。
「……うっ!! 声がいい……じゃなくて。ガルド、お見舞いありがとう。みんなで美味しく頂いたわ」
私はガルドからお見舞いの果物を貰っていたのだ。たくさんあったので侍女や執事のみんなにも分けて美味しく頂いた。するとブラッドがじっと私を見た後に、口角を上げながら言った。
「元気になったようだな」
「おかげ様で。ブラッドもお見舞いありがとう。でも……あれは一体何?」
私はブラッドから、最高に肌ざわりのいい、謎の布製筆箱のような物を貰った。筆箱と言っても何かを入れる入口はなく全方向を縫い付けてある。細長くてふわふわとした裁縫の時に使うピンクッションのような物と言ったほうがわかりやすいかもしれない。
リリアや他にも色々な人にこの布製品が何かを尋ねたが、皆『とても高そうな布を使った何か』ということしかわかなかった。私の知識で恐縮だが、肌ざわりなどはカシミアに近いと思う。とにかくふわふわなのにすべすべでずっと撫でていたいくらい気持ちがいい。だが、使用用途が不明なので使いようがなかったのだ。
「わからなかった……ということは使わなかったのか?」
「うん。だって、使い方わからないし……」
ブラッドが息を吐くと、拗ねたように言った。
「あれは目枕と言って、寝る時に目の上に乗せるとよく眠れるという代物だ」
私はあの謎の布製品を思い浮かべて大きな声で頷いた。
「ああ!! なるほど!!」
あれはどうやらアイピローだったらしい。確かにかなり肌ざわりが良くて少し伸縮性もあるので、しっかりとフィットしてよく眠れそうだった。
「ありがとう、ブラッド!! 今日から早速使わせてもらうわ」
「……そうか」
少しだけ嬉しそうに口角を上げるブラッドを横目に、自分の執務机に向かうと、ブラッドが口を開いた。
「クローディア殿。5日後、船の完成披露式がある。そこに王妃殿下の代理としてあなたが出席することになった」
「へぇ~~船が出来たの……それは便利になってよかったわね……わかった、出席するわ」
私は、王太子妃としての公務は初めてだったが、特に深くは考えずに頷いた。
「そうか……本来、このような式典に王太子妃が出席することはほとんどないが……王妃殿下の体調が優れない。今後あなたが王妃殿下の代わりとして出席することになる。そこで、あなたに側近を付けようと思う」
ブラッドの言葉に私は思わず声を上げた。
「え? 側近? もう?」
「本来ならまだ早いのだが、あなたはスカーピリナ国行きも決まっているからな。早めに側近を決めて、あなたの補佐を頼むことにしたのだ。今後ガルドだけでは対応できないこともあるだろうかな」
刺客に狙われている私をガルドだけで護衛するのは大変だというのはよくわかる。それに、ガルドは本来ブラッドの側近なのだ。だから、これから公務で外に出ることになる私に側近が付くのはわかる。
だが……私は側近を断りたいと思っていた。
高位貴族といえど通常の貴族の側近は、雇い主の貴族の裁量で決まる。
ところが王族の側近は、知力、体力、礼儀作法などあらゆる分野を多方面の人間から審査されて選ばれる。いわゆるエリート中のエリートなのだ。
私は王族だが、お飾りの王妃なので殿下とは二年で離婚して実家に戻るつもりだ。王家の側近とは何十年も同じ人に仕えるという誇りと遣り甲斐があるからこそ、つらい審査にも耐えられると聞く。
すぐに王族ではなくなる私の側近など申し訳なくて頼めない。
「ねぇブラッド……秘書と護衛という形ではダメなの? 王家の側近ってなるのがとても大変だって聞いたわ……そんなに頑張って側近になったのに……私の側近をさせられるなんて……気の毒だわ」
秘書と護衛なら側近試験よりも厳しい試験をしなくても採用することが可能だ。どうせすぐに私は王妃ではなくなるのだ。あまり大袈裟なことはしたくないというのが本音だった。
私が眉を下げていると、ブラッドが私を安心させるように言った。
「あなたならそう言うと思って、こちらからの指名制ではなく募集する方式にした。だから『お飾りの王太子妃』の側近を引き受けると覚悟した者が応募して来たのだ」
指名制ではなく、募集?!
確か、側近候補者は王家より優秀な者を指名する指名制だったはず。でも募集ということは、こちらから強制的に『君は優秀だから、お飾りの王太子妃の側近審査のために努力をしたまえ!!』などとイヤだと言えない状況を作るというのは回避される。
「ブラッド!! ありがとう!! それは嬉しいわ!! じゃあ、応募者がいなかったら、護衛と秘書ということで期間限定で雇いましょう!!」
私の側近の応募など来るわけがない。お飾りの王太子妃と言えども、側近になるのは並大抵の努力ではなれないのだ。
「そんな心配はいらない。すでに候補者は、体力を騎士団の幹部が確認して認められ、知力を大臣数人が確認して認められ、礼儀作法を陛下がご覧になって認められている。すでにあなたが実際に候補者に会って、候補者の人となりを見て決める最終選考の段階まできている」
……は?
いやいやいやいや。
なんで?!
いつ募集したの? しかも集まったの? お飾りの王太子妃の側近が?!
しかも、騎士団幹部、大臣数人、陛下に認められたって……エリートじゃない!!
罪悪感が半端ない!!
「ブラッド……ちゃんと私の名前で募集した? フィルガルド殿下を大きな文字で書いて、裏面に小さく私の名前を書いた紛らわしい募集要項になってない? 大丈夫?」
私は自分の側近に応募があったことが信じられなくて、ブラッドにもう一度確認した。
するとブラッドは残念な子を見る目を向けながら、書類を私の前に掲げた。
「これが募集内容だ」
そこには、しっかりと一番上に大きな文字で『王太子妃クローディア・ハイマ殿の側近募集要項』と書かれていた。
スペルも間違っていないし、間違いなく私の名前が書かれている。
「……ちゃんと私の名前だ。……でも、早くない? ブラッド、仕事早すぎない? 優秀過ぎて怖いんだけど?!」
私が展開の早さについて行けずにブラッドに文句を言っていると、ブラッドがニヤリと笑った。
「お褒め頂き光栄だ。さぁ、行くぞ。すでに候補者は別室に待機している」
「ええ?! もう? 知恵熱復帰一日目に、そんな一人の人生を左右しちゃうような重要な案件持ってくる?!」
本当にブラッドは安定の……鬼だ!!
そうだった。私の上司は鬼のブラッドだったことを今、思い出した。だが、すでに待ってくれているというなら待たせるわけには行かない。私は緊張しながらもブラッドについて行ったのだった。
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