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50 同じ釜の飯を食う
しおりを挟む鉄は家に帰り、汚れた身体を洗うために水を浴びた。
衣も着替えて、握り飯でも食べようかと思った時に、宗がやってきた。
「鉄~!!いるか~!!」
相変わらずの登場に鉄は大きな声を上げた。
「だから・・表戸は優しく開けろ!!」
「ああ。すまねぇ。」
宗はすまなそうに頭を掻いた。
そして鉄は溜息を付いた。
「まぁ。今日からは自分家の表戸も優しく開けろよ?」
「へ?」
鉄が、奥にある囲炉裏の近くに手招きした。
「握り飯。イトさんに持たせて貰ったんだ。夕餉はまだだろ?」
「ああ。助かる。」
宗が遠慮することなく囲炉裏の前に座った。
鉄が薬草茶の準備をして、囲炉裏の前に座ると宗が愉しそうに言った。
「なぁ。網あるよな?」
「網?正月に餅を焼く網か?」
「ああ。鉄のことだ。正月にしか使わない網もすぐに出てくるだろう?」
鉄は立ち上がり、網と五徳を出した。
「ほら。」
「さすがだな~。家なら思いついても3日は道具が見つからないだろうさ。」
「そんなことないだろ?」
「ある。」
宗が両手を出して、網と五徳を受け取った。
「何するんだ?」
鉄が首を傾げた。
「俺にいい考えがあるんだよ!!鉄。醤油と味噌貰うぞ?」
「おお。」
鉄は状況がわからないまま、囲炉裏の前に座った。
宗が炊事場から味噌と醤油を持って来ると、庵の前に座り、五徳の上に網を乗せた。
そして十、用意してあった握り飯のうち、六つを網の上に乗せた。
「おい、宗!!何してんだ!!折角の握り飯を!!」
鉄が慌てて宗を見ると、宗が愉しそうに笑った。
「まぁ、見てろよ。目ん玉落ちそうになるからよ。」
「・・・・?」
米など滅多に食べない鉄にとって、握り飯は贅沢品だ。
その握り飯を網の上で焼こうと言うのだから正気の沙汰とは思えなかった。
(魚や餅じゃあるめーし。何を考えてんのかねぇ?)
だが、こんなに愉しそうな宗を止められるとも思えなかった。
(はぁ~仕方なねぇな。どんな物が出来ても食うだけだがな・・。)
「・・・・・。」
鉄は諦めて無言で握り飯の行く末を見守ることにした。
途中で宗が握り飯に醤油をかけると、ジュー、という音がして、辺り一面に醤油の香ばしい香りが広がってきた。
「いい匂いだ・・。」
鉄が呟くと、宗が「だろ?」と言って笑った。
2人が握り飯に見とれていると、表戸が開いた。
「こんばんは。もしかして、お邪魔かい?」
見ると景時が立っていた。
宗が少し緊張して顔が強張った気がしたが、鉄は構わず立ち上がった。
「あ~景時殿。夕餉はすんだかい?」
「いや・・。」
「じゃあ、一緒に食べないかい?」
すると、景時が固まった。
「いいのか?」
鉄が頷くと、景時は宗を見た。
「はい。たいしたものではございませんが、よろしければどうぞ。」
宗は、大倉御所の時のような言葉を使った。
景時は「かたじけない。」と言って座った。
景時が囲炉裏の前に座ると、3人は無言で握り飯を見つめた。
すると、景時が不思議そうに尋ねた。
「これは何だ?握り飯を焼くのか?」
「「え?」」
宗と鉄は同時に驚いた。
すると、景時が片眉を上げた。
「なんだ?その反応?」
宗が困ったように口を開いた。
「景時殿に知らないことがあるとは・・思いがけないことでしたので・・。」
「そうだな・・。なんでも知ってそうだからな。まぁ、そういう俺も初めて口にするんだけどよ。」
すると、景時が愉しそうに笑った。
「あはは。私には知らない物はないという心像を持ってくれているのか。光栄だな。」
「実際、知らないことなどないんじゃないのか?」
鉄が小さく笑った。
「ははは。まぁ、そういう風に見せているからな。上手くいっているならなによりだ。」
「ふっ。まぁ。知らないことがない人間など、もう人ではないんだろうがな。」
「そういうことだ。」
鉄と景時の愉しそうな様子を見て、宗が目を丸くした。
「景時殿が笑って・・?」
宗の言葉を聞いて、景時が首を傾げた。
「私は笑わない人物だと思われているのか・・。ふむ。自分では笑ってると思っていたのだがな。」
「景時殿の笑いには含みがあるように見えんだろうよ。」
鉄がボソリと呟いた。
「ふむ・・。」と景時が考えこんだ。
すると宗が急いで、鉄の袂を引っ張った。
「おい!鉄!!本当のことを面と向かって本人にいうヤツがあるか!!」
「宗・・。おまえ、それ言ってるも同然だからな?」
鉄が呆れた口調で返した。
「・・確かにな。」
景時が同意したことによって、宗が急いで、景時に頭を下げた。
「景時殿、申し訳ない。」
「ははは。気にしていない。だが・・・。」
景時が目を細めて興味深そうに宗を見た。
「私も宗はもっと隙のない人物だと思っていたが、鉄の前ではまるで違う人物のようだな。」
「隙のない人物・・?」
鉄が困惑した眼差しを宗に向けた。
宗は真っ赤になって、顔を伏せた。
「鉄・・。言いたいことはわかる・・。だが、俺だって大倉御所ではそれなりにやってんだ。」
「ほー。」
鉄は宗から視線を逸らすことなく、宗を見ていた。
居たたまれなくなった宗は、鉄の顔を手で押し、視線を外させた。
「あ~もう!!鉄!景時殿!握り飯、出来ましたよ!!」
宗が率先して、焼かれた握り飯に手を伸ばした。
「あちっ!!」
そう言って、手をひっこめた。
「何してんだ。そりゃあ、あちぃだろうよ。ちょっと待ってろ。」
鉄は立ち上がると、箸と皿を持ってきた。
「ほら。」
鉄が宗と景時に皿と箸を渡した。
「頂くとしよう。」
「こっちが、醤油で、こっちが味噌です。」
「では・・。」
景時は、味噌の握り飯をとり、宗と鉄は醤油の握り飯をそれぞれ皿に取った。
「頂きます。」
「恵に感謝を。」
「頂戴致す。」
3人は熱々の焼き握り飯を口に入れた。
「・・・・!!」
鉄は思わず二度見してしまった。
「やっぱり旨ぇ~~~!」
宗は口一杯に握り飯を頬張った。
「これは、想像以上の味だな。ただ握り飯に味噌を付けて焼いただけなのにこんなにも香ばしく深い味になるのか・・。味噌の甘味が引き立てられて止まらないな。」
景時も感心していた。
鉄は無言で握り飯を食べ続け、そして無言で残りの握り飯も網の上に乗せた。
「お?鉄?おまえこれが気に入ったのか?」
すると、黙々と食べていた鉄が宗の顔を見た。
そして口の中の握り飯を急いで飲み込んだ。
「宗~~。俺にこんな旨い物食わせやがって!!この世に執着が増えたじゃねぇか!!どうしてくれる!!」
「あはは。いいじゃねぇか。あんまり早く冥途に行かれても困るからな。これ食って、もう少しでも長くこっちにいろ!!あはは。」
宗は愉しそうに笑った。
すると、景時が「う~ん。」と唸った。
「握り飯を焼けばいいのなら、これは戦場で、士気を上げられそうだな・・。食べ物で士気を上げるなど考えたこともなかったが、いいかもしれないな。」
「なるほど・・。」
宗が景時の言葉に感心している一方、
鉄は味噌の握り飯を皿にとり、先程追加で網の上に乗せた握り飯をひっくり返した。
そして、はふはふと熱々の握り飯を口に入れた。
宗と景時もつられるように網の上にある握り飯を皿に移した。
「・・・・。」
「はぁ~、味噌も旨い~~!!」
鉄が無言で食べる中、宗はまたしても口一杯に頬張った。
「味噌もよかったが、醤油もいいな。醤油の焦げ目と、中のふっくらとした米の食感の違いが癖になるな・・。」
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