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27 研ぎ師の戯言(1)
しおりを挟む和田義盛に認められた日から、鉄の店には、多くの武士が出入りするようになっていた。おかげで最近は、紙やカゴを売らなくても生活できるようになってきた。
今も、待合所には3人の武士が、刀を研ぎ終わるのを待っている。
「たっつん、研げたぞ、確認してくれ」
「おお、有難てぇ」
鉄は、待合所で待つ武士の1人、辰之助に声をかけた。
辰之助は、刀を持つと「ふぅ」と息を吐いた。
「ああ、いいな。なんだかよぉ、刀が良くなると、男っぷりが上がる気がするな」
「あははは!! ちげぇねぇな」
待合所から同意の声が上がる。
先程、刀を渡した辰之助が、勘定を支払いながら尋ねた。
「鉄、稽古場には、次、いつ顔を見せる? 三蔵が鉄が来る日を、心待ちにしてたぞ。あいつ、鉄に言われて、薙刀に変えてから、人が変わったように動けるようになった。見てやってくれ」
鉄が顎に手を当てて、考えながら答えた。
「そうか、じゃあ、一度見ておくか……。宗からも来いって言われてるからな~。明日にでも邪魔するか」
「おお、じゃあ、三蔵にも伝えておく」
「頼んだ」
辰之助が脇に差した刀に手を置きながら目を細めた。
「これで心置きなく西国に行けるな。じゃあな、鉄」
「そうか、西国に行くのか……たっつんも、息災でな!!」
「ああ!!」
鉄は、辰之助を見送ると、小さく息を吐いた。
――西国に行く。つまりこれは、平氏との戦に向かうという意味だ。
西国に発つ前に『刀を研いでほしい』と頼みに来る者も多い。
ここ数日、多くの武士を西国へと見送った。自分の研いだ刀を持って皆、戦場に向かうのだ。
自分の責任は重大だと、怖くなることもある。
だが、そんな時、鉄は決まって、まだ京にいた頃、毎日のように自分の元に現れていた、男の言葉を思い出す。
――生きることに、執着はなかったんだが……鉄に刀を研いで貰うと極楽に行くのが惜しくなる。って生きてると、他に守りたいもんも出来ちまって、ますます極楽が遠ざかる。本当に罪な男だよ、鉄は。
刀を研ぐことで、極楽行きを妨げているにであれば、自分は、確かに業が深い罪な男だ。
だが、自分も研いだ相手の業を背負っていると思うと、どこか肩の力が抜けた。
自分の研いだ刀は、研いだ人間の行く末を握っている。
これは、物を作ることに携わっている人間なら誰でもそうのだろう。
大工は家を作る。そして、その家には、そこの住む人の命を預かっている。
鍛冶屋が刀でなく、包丁を作る時だってそうだ。
包丁が切れずに、料理人に無理をさせれば、味を損なわせるだけじゃなく、その料理を作る人の笑顔や身体も奪てしまう。
自分の仕事の行く末さえも、業だと思えば、刀に魂を込める意味もある。関わる人間が増えれば、それだけ業も深くなる。鉄は、それを感じて、手を握り締めた。
鉄は、深く息を吐くと、待合場に向かった。
「待たせて悪いな。刀を見せてくれるか?」
こうして鉄は、また次の刀を研ぎ始めた。
己の業が深くなることを覚悟しながら……。
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