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13 新たな訪問者
しおりを挟む源が鉄の家を尋ねて来てから数日が過ぎた。
紙を作り終えて、源氏物語の写本を作っていると表から声が聞こえた。
ガラッ。
扉は開く音がして鉄は顔を上げた。
「すまぬ。ここは研ぎ師殿の庵だろうか?」
鉄は筆を置くと、素早く立ち上がって土間に向かった。
「そうだ。俺は研ぎ師の鉄だ」
「そうか……そなたの腕の噂を聞いてな。
私の刀も見てはくれぬか?」
「あ、ああ。もちろんだ。入ってくれ」
御仁は身なりはそのあたりの武士と変わらないが、立ち振る舞いに優雅さを感じた。
(この御仁只者ではないな……)
「刀を頼む。見ていてもいいだろうか?」
「ああ、もちろんだ」
御仁は刀を鞘ごと腰から引き抜くと、鉄に手渡した。
「頼む」
鉄は丁寧に両手で刀を受け取った。
「ああ。任せてくれ」
刀を持つとまず刀の状態を見た。
(鎌倉で出会った中で一番まともな刀だな)
「ふっ」
鉄は自分でも気づかないうちに笑っていた。
「何がおかしい?」
御仁が怪訝そうな顔を向けてきた。
「いや~~。俺は鎌倉に来てからひっでぇ~刀ばかり見てきたからな。
この刀なら元に戻せるから嬉しくてな」
「元に戻す? どういうことだ?」
「ああ、まぁ、研いで見て確認してくれ。
口で伝えられるほど達者な方じゃないんでね」
鉄はニヤリと笑った。
「ほう? 結果で示すと?
面白い」
御仁もつられるように口角を上げた。
鉄は刀を持つと作業スペースに移動した。そして刀を解体しながら尋ねた。
「御仁。右足にケガでもしてんのかい?」
鉄がそう尋ねた途端、先ほどまで無表情だった御仁の顔に警戒の色が滲んだ。
「……何? なぜだ?」
鉄はなんでもないといった風に言った。
「いや、刀に歪みが出てるんだが、右足にケガとかして悪くなってると踏ん張りが足りなくてどうしても歪みがでとまう。この刀にはそんな歪みが見れる。
こりゃ~昨日今日のケガじゃなねぇ~な」
するとこれまで無表情だった御仁が笑い出した。
「あははは!! これはこれは!! 研ぎ師とはそんなことまでわかってしまうのか……」
シャキン!!
すると鉄の目の前に小刀が出された。
「鉄と言ったか……。はは……これは囲って口封じをしたくなるな」
御仁はまるで矢で射貫くように鉄を見据えたが、鉄は口の端を上げた。
「随分と物騒だな……御仁。
この小刀も研いでやろうか?」
そうして今まさに鉄の喉元につきけられている刀を指さした。
「何?」
「錆が浮いてきてる……」
鉄の態度に毒気を抜けれたのか、御仁が小刀をひくと、鉄の横に置いた。
「これも頼む」
「はいよ」
鉄は刀を受け取ると小さく息を吐いた。
「まぁ~信じてもらえるかどうかわからねぇが、俺は自分が刀を研いだ相手には死んでほしくねぇ。
だから全力で刀を使う人間が死なないように尽力してる。
それに……こう見えて人の口ってのが、人を殺すっていうのを身に染みて知ってるんだ。
だから誰にも刀のことを言う気はねぇな。
それより長生きしてまた、俺に刀を研がせてくれ」
するとまたしても御仁は豪快に笑い出した。
「ふははは!!
そうか!!
私が鉄の元に通う限り私は鉄にとって守るべき人間ということか!!」
「ああ。そうだ。
長生きしてくれよ? 御仁」
「ああ。くっくっく!!
そうしよう」
こうして鉄は御仁の刀を研いだのだった。
(よし!! できた!!
頼むなこの御仁を守ってやってくれよ)
「確認してくれ」
鉄は研ぎ終わった刀を御仁に手渡した。
「これは!! 蘇った。いや、むしろ初めてこの刀を手に入れた時よりも輝いている。
なるほど……研ぎ師とはこれは凄いものだ」
「そりゃどうも」
御仁の刀を研ぎ終わる頃にはすでに辺りは暗くなっていた。
「世話になったな」
御仁は鉄が驚くほどの宋銭を台に置いた。
「おい!! こりゃ~多すぎる!!」
「取っておいてくれ……。
脅すような真似をしたことを詫びたい」
「あ~~~。
じゃあ、まぁ、迷惑料ってことで有難くもらっとくよ」
「ああ、そうしてくれ。
鉄よ。
また来る」
「ああ」
鉄は御仁を見送りと「ふぁ~~」と伸びをした。
「さて、もう少し写本するかぁ~~」
そうしてまた家代である源氏物語の写本を続けたのだった。
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