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第三章 令嬢の新たな時の流れ
4 生誕祭まであと4ヶ月(2)
しおりを挟む「クリス様、ごきげんよう。資料確認いたしましたわ」
放課後、特別課題のメンバーの集まる教室に行くと一番に来ていたクリス様に声をかけた。
「ああ、見て下さったのですね。急に予定を空けて下さってありがとうございます。あちらの王太子妃殿下がどうしても、アルバート殿下とビアンカ様にお会いしたとおっしゃって」
「いえ、大変わかりやすい資料で助かりましたわ。いくつか確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」
私は、資料を取り出しながら言った。
「はい。どうぞ」
そして、私は当日の流れを確認した。
私たちが確認をしていると他の皆も教室にやってきた。
「あれ、リゲル国の大公家って、うちの領のチーズがお好きでいつも大量に注文を頂きますよ?」
ニック様が資料を見ながら言った。
「そうなのか? では料理にベアニクル伯爵領のチーズ料理を追加しよう」
クリス様が驚きながら言った。
「クリス殿。この辺りは先日道が壊れてしまって迂回路はかなりの悪路だったはずだ。王太子妃殿下がお見えになるのなら、お疲れかもしれない。あいさつの人数は減らした方がいいかもしれない」
するとゴードン様が言った。
「そうだな……もう少し短くして早く休めるようにしよう」
私たちは色んな意見を出し合って、使節団の方々をどうお迎えするのがいいのかを考えた。
ここ数日、皆で様々なことを話し合っていたので皆で今回の歓迎パーティーのことを話し合うのも自然な流れだった。私たちとしては特に何かを意識することなくやっていたことだったが、ふと気が付くと、ドアのところでギルバート様が嬉しそうに目を細めていた。
私はギルバート様を見ながら「ギルバート様、どうされたのですか?」と尋ねた。
するとギルバート様は嬉しそうにこちらに歩いて来て言った。
「いえ、まさにこれが私の理想だったのです。一つの問題を様々な方が意見を出し合って協力しあう。その姿がこんな短期間に見ることが出来て、感慨深く思っておりました」
ギルバート様の言葉を聞いて私たちは顔を見合わせた。
そしてクリス様が楽しそうに言った。
「確かに、会議など堅苦しい場ではなく、こんな風に集まり自然と意見を出せる場というのはいいかもしれないな」
「ええ、そうですね」
私もクリス様の言葉に頷いた。
「なるほど、ギルバート殿はこれが目的で新しい機関を……素晴らしいな」
ゲオルグ様も頬を緩めながら言った。
皆、ギルバート様の意図が的確に伝わった、そんな素晴らしいきっかけになった出来事だった。
◇
「ビアンカ嬢、ギルバート殿。我々はお先に失礼いたします」
皆との課題の意見交換が終わり、クリス様は使節団を迎える準備をするというので、意見の交換が終わると戻られた。ゲオルグ様もクリス様がいないので、先に帰られた。
そして今まで残っていたニック様とゴードン様も帰って行った。
「お気をつけて」
二人に声をかけるとギルバート様が私を見ながら言った。
「我々も戻りますか?」
私は、どうしてもキリのいい所まで終わらせたかった。
「もう少しだけよろしいでしょうか? ここなのですが……」
私が尋ねるとギルバート様は「はい」と言って意見をくれた。
そして辺りが暗くなった頃、ようやく終わった。
「ああ、もうこんな時間ですね、いつも申し訳ございません、ギルバート様」
私が謝罪をするとギルバート様が目を細めながら言った。
「いえ、ビアンカ様と共に過ごす時間は私にとって……」
そこまで言って、少し言葉を詰まらせたギルバート様が困ったように笑うと「……勉強になります」と言葉を続けた。
――今のは、ギルバート様が本当に言いたかった言葉ではない気がする。
直感でそう思った。
でも、ギルバート様が詰まらせて言い換えた言葉を聞き出すということもできない。
「そろそろ帰りましょう」
「ええ……」
私は椅子から立ち上がって荷物の整理をしていると、荷物が多くて体勢を崩してしまった。
「あ……」
「ビアンカ様、危ない!!」
気が付くと、私はあたたかい大きなギルバート様の胸の中にいた。
ギルバート様はただ支えてくれただけなのに、私はまるで彼に抱きしめられている気がした。
心臓の音が大きくなって、顔に熱が集まる。
だが、離れたくないと思ってしまった。
「ビアンカ様、大丈夫でしたか?」
ギルバート様がゆっくりと私から身体を離した。
「ありがとうございます。ギルバート様が支えて下さったので大丈夫です」
私も離れようとすると、まるで離れたくないというようにギルバート様の服のボタンに私の髪が絡まっていた。
「あ、ビアンカ様動かないで下さい」
ギルバート様は私の絡まった髪を外してくれた。
そして、絡まった髪をじっと見つめると髪に唇を寄せた。そして何事もなかったかのように私の荷物を持った。
「随分と荷物が多いですね。私が馬車まで持ちましょう。……行きましょうか」
鞄を持ちながら言った。
「そんな悪いです」
「いえ、こう見えて力はありますので、お気遣いなく」
「では……お願いいたします」
「はい」
私はそれからギルバート様に馬車乗り場まで送ってもらって馬車に乗った。
馬車が走りだして完全にギルバート様の顔が見えなくなった途端。
気が付けば私は顔を両手で押さえて頭を下げた。
(髪にキスされた、髪にキスされた、ギルバート様にキスされた!!)
頭の中がまるで沸騰しているように沸き立つ。先ほどのギルバート様の姿が頭の中から離れない。
「今の……何?」
私は酷く混乱していた。
手の甲のキスはあいさつ。
でもそれ以外に特別な女性以外にキスはしない……と学んだ。
「髪のキスは、どんな意味があるのかしら……」
私は結局一晩中悩むことになってしまったのだった。
◆
ビアンカを見送った後、ギルバートは片方の手を顔に当てて、真っ赤になっていた。
(しまった、つい、我慢出来なかった!! 絶対に不審に思われた!!)
ビアンカの身体がバランスを崩した瞬間、ギルバートはビアンカを抱き止めた。
本来ならそれですぐに離れるべきだ。
だが……
(あの時、私はついビアンカ様を抱きしめてしまった……!!)
腕をビアンカの背中に回してぎゅっと抱き寄せてしまったのだ。
さらには、ビアンカの髪が服に絡まった時、まるで自分を引き留めてくれているようなそんな錯覚に陥った。
髪を取った後に顔を上げると、真っ赤な顔でじっとギルバートを見ているビアンカが目に入り、気が付けば身体が動いて……髪にキスをしていた。
「何をやっているんだ……」
この国では手の甲以外へのキスは恋人や婚約者、夫婦などに限る。
それなのに……
ギルバートは自分の行動に動揺していたが、ビアンカはいつも通りの対応だった。
「ビアンカ様……特に何もおっしゃらなかったな……」
ビアンカのいつも通りの対応は、ギルバートをほっとさせたと同時にある感情を覚えた。
(……淋しい……な)
そう思ってはっとした。
「いや、何を考えているのだ」
ギルバートは頭を振ると大きく息を吐いた。
「本当に、何をやっているだ……私は……」
そして馬小屋に向かうと愛馬にまたがって家に戻ったのだった。
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