婚約破棄された令嬢は何度も時を遡る

たぬきち25番

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第二章 令嬢の時が流れる

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 ビアンカが特別課題のメンバーとダンスを踊っていた頃。
 アルバートも最後のダンスの相手としてツェツィーリアを選んでいた。
 人前で堂々と密着できるのが嬉しいのか、ツェツィーリアはとても上機嫌だった。

「ふふ、人前で殿下にこれほど寄り添えるなんて幸せです」

 反応のないアルバートにツェツィーリアは顔を上げた。

「殿下? どうされたのですか?」

 アルバートは課題のメンバーと楽しそうに踊るビアンカを見ていた。

「いや、ビアンカは随分に楽しそうに踊っていると思って……痛い」

 ビアンカを見ていたアルバートだったが、ツェツィーリアに足を踏まれて彼女の顔を見た。
 目が合うとツェツィーリアが謝罪した。

「申し訳ございません。緊張して……」

 アルバートは何気なく答えた。

「いや……あまり足を踏まれたことなどなかったから、驚いただけだ」

「ひどいです……それ……私がビアンカ様よりもダンスが下手ってことですか?」

 ツェツィーリアが頬を膨らませながら言った。アルバートはいつもなら可愛いと思う仕草が、今日は可愛いとは思えなかった。

「実際にそうだろう? 痛い……ステップが違う。少し遅れているんだ」

 何度も足を踏まれ、ステップを間違えるツェツィーリアに少しだけ呆れていた。

(ツェツィーリアはこれほどまでにダンスが下手なのか……)

 ツェツィーリアはアルバートに注意を受けて眉を下げながら言った。

「え、でも、さっきの人はそんなこと……痛い……」

 ツェツィーリアもアルバートに足を踏まて思った。

(アルバート殿下……普段はダンスがお上手なのに……私相手だとどうしてこんなに踊れないの……?)

 ダンスが終わると、アルバートはすぐにツェツィーリアから手を離した。元々皆の前では親しいところは見せないという約束なのでこれは打合せ通りだが、二人はお互いから離れてほっとしていた。

「足を踏んでしまってすまない、ようやく曲が終わったな……では」

「そうですね……失礼いたします」

 そして二人は何事もなかったかのように別れたのだった。







「ああ、楽しかった!! ビアンカ嬢は本当にダンスが上手いな。私まで上手くなったように錯覚してしまうな」

「本当に楽しかったです。ゲオルグ様こそ、素晴らしいですわ」

 私は最後のお相手のゲオルグ様とのダンスが終わって笑い合っていた。

「ビアンカ!!」

 私がゲオルグ様とまだ手を繋いだまま話をしているとアルバート殿下がやってきた。

「これはアルバート殿下。どうされましたか?」

 私はゲオルグ様と手を離してアルバート殿下に尋ねた。
 アルバート殿下は当たり前のように言った。

「これから結果発表だろう? 共にいるべきだろう? 表彰に呼ばれるかもしれない」

 殿下と話をしていると、クリス様たちも近くにやって来た。

「アルバート殿下、お久しぶりです」
 
 クリス様が声をかけると殿下は「ああ、久しいな」とにこやかに話をしていた。
 やはり同じ学年なので話はするようだった。
 そしてクリス様が殿下に小声で言った。

「アルバート殿下、お言葉ですが……ダンスの相手は選ばれた方がよろしいかと……」

 小声だが、近くにいたので私にも聞こえてしまった。

(アルバート殿下、どんな方と踊ったのかしら?)

 私は、自分のダンスが楽しくて殿下が誰と踊ったかなど全く知らなかった。

「どういう意味だ?」

 アルバート殿下が尋ねるとクリス様が答えた。

「最後に踊った令嬢とのダンス。皆に失笑されておりました」

「なんだって?」

 アルバート殿下は驚いていたが、私も少しだけ驚いた。

(ダンスに自信のない方が殿下にダンスを申し込んだのかしら!?)

 私の心の声をクリス様が代わりに説明してくれた。

「通常、殿下にダンスを申し込むほどの令嬢は自分のダンスに自信のある方が多いでしょう? 王族相手に不敬を働くわけにはいきませんから。――ですが、自分の実力を理解していない令嬢もいるようだ。殿下がお忙しくてダンスの練習に時間が割けないのは仕方ないのですが……――その辺りをフォローできる令嬢と踊ることをご忠告いたします」

 私はゲオルグ様と踊っていたので知らなかったが、どうやら殿下が最後に踊った令嬢は酷くダンスの出来ない令嬢だったらしい。
 しかも遠回しにクリス様は殿下にもっとダンスを練習するようにと伝えた。

(クリス様、ナイスだわ!!)

 殿下は昔からダンスの練習が好きではなく、よくサボっていた。それなのにできると思っていたのでどうしようかといつも思っていたが、これで少し殿下がダンスの練習を真面目にしてくれればいいと思ったが、口にはしなかった。
 なぜなら、もう私には関係のない話だ。

「あ、入賞者が発表されるぞ」

 そして学園長から入賞者が発表されたが、やはり私たちの名前は呼ばれなかった。

「入賞……しなかった……」

 アルバート殿下は唖然としていた。

(あれだけステップを間違えて、足も踏んだのだから当然だわ……)

 私は当たり前の結果だと思っていると、急に令嬢たちから「きゃ~~~」という歓声が上がって、前を見るとなぜか壇上にはギルバート様が立っていた。

「それでは今年から試験的に取り入れられましたフリーの部の入賞者を発表します」

 そういえば、今年からフリーの部が始まったのだ。

「え? フリーの部??」
「去年まではなかったわよね!?」
「ああ~~ギルバート様から表彰して頂けるのなら、私も踊ればよかったわ……」
「本当に、話をしている場合ではありませんでしたわ」

 皆とても驚いて会場はざわざわしていた。
 前回私はずっと踊らずに話をしていたのですっかりフリーの部があったことを忘れていた。

「クリス・ガイラル様とビアンカ・リョーシュ様」

 私は思わずクリス様と顔を見合わせた。
 そして二人同時に声を上げた。

「ええ?」

「私たち!?」

 私たちが驚いていると、壇上からギルバート様が「さぁ、こちらへ」と言った。
 クリス様は私を見て微笑むと手を差し出した。

「行きましょうか、ビアンカ嬢」

 私もクリス様に手を添えた。

「ええ」

 そして私はクリス様と壇上に立った。
 
「とても難易度の高いダンスを楽しそうに踊っていらして最高のダンスでした。審査員の全員一致でした。おめでとうございます」

 私は笑顔のギルバート様から賞状を貰った。
 私も笑顔で「ありがとうございます」と賞状を受け取った。
 周りからは「ギルバート様から賞状をいただけるなんて……」「来年こそ、私が!」と言って燃えているようだった。

 こうして私は、『歴代』の方と同じように入賞の栄誉を手に入れた。ただ……相手はアルバート殿下ではなかったが……
 賞状を貰った後に、みんなの元に戻ると、アルバート殿下はつらそうな顔をしていた。
 その顔はまるで婚約破棄を告げた時の顔のようで心が痛んだ。
 だからまた私の心が傷つけられるような言葉が飛び出してくるのかと思っていた。

「ビアンカ……私は今後、ダンスの練習を増やすことにする」

 だが飛び出して来たのは長年ずっと殿下の口から聞きたかったセリフだった。

「はい、楽しみにしています」

 私は嬉しくて気が付けば笑っていたのだった。

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