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第二章 令嬢の時が流れる
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しおりを挟む王妃教育を断り、アルバート殿下とのダンスレッスンを断り、今までとは違う選択をした帰り道。
城からの馬車での帰り道はこれまで以上に長く感じた。
(家までの道って、こんなに遠かったかな……)
私は馬車の中から変わりゆく景色をぼんやりと見ていた。
王妃教育に通い始めて四年になる。
毎日のように見ていた見慣れた景色のはずなのに……
とても新鮮に思える。
(それとも私にとって、お城が精神的に遠い存在になったのかな?)
これまで選ばなかった道を歩くのは正直に言うと怖い。
でも、この道の先には絶望が待っていると思うと、無理やりにでも今を変える必要がある。
(今を変えないと、未来も変わらない……わよね……)
不安に押しつぶされそうになるが、もう戻れない。
――戻る気もない。
私は不安を抱えたまま馬車からの景色を見ていたのだった。
◇
その後、私はようやく家に戻り、自室に入るとすぐにベッドに倒れ込んだ。
ベッドの柔らかが頬に触れると『ああ、戻って来たんだ』と思ってほっとした。
そして私は見慣れたはずの天井を見ながら呟いた。
「今日一日はいつから、いつまでなのかしら?」
身体はそれほどでもないが、心の整理が追いつかない。
前にベッドから出たのは、アルバート殿下の生誕祭の日だ。
そして今日は……その日から半年も前。
いろんな事が在り過ぎて頭が混乱している。
(忘れないうちに書いておいた方がいいわね)
私はベッドから起きて、忘れないうちに日記にこの一連の出来事を記録することにした。
・青の月(生誕祭当日):みんなの前で婚約破棄。さらにツェツィーリアに陥れられて捕縛。
・青の月(生誕祭の前日):殿下とツェツィーリアは奥庭園で生誕祭の打合せをして、キス
・赤の月(生誕祭の一ヵ月前):結婚式の打合せ
・黄の月(生誕祭の三ヵ月前):生誕祭のドレス作成
・緑の月(生誕祭の半年前):殿下とツェツィーリアが心を通わせる
私はペンを置くとじっくりと内容を見直した。
「生誕祭の当日以外、私にほとんど関係ない出来事ばかりだわ」
二人の様子を目の当たりにした時は必死だったので、ただ悲しみや絶望が胸を覆っていた。
だが、今、こうやって全て並べて書き出して整理していくと、ここに書いてあることはアルバート殿下とツェツィーリアの行動で、殿下と婚約破棄をすると決めた今の私には全く関係のない出来事ばかりだった。
そして気が付いた。
「そうだわ!! これは、他人事だわ……」
この軌跡は、アルバート殿下とツェツィーリアの軌跡だ。
生誕祭以外、ここに私は入っていないし、今後も入る必要はない。
もし入ったとしたら私は殿下の婚約者というポジションにいるのでどうしても二人にとって邪魔な存在になる。
考えたくはないが、私の存在が二人を燃え上がらせている可能性さえある。だとしたらかなり迷惑な話だ。
さらにアルバート殿下はツェツィーリアが相手では恐らく、陛下と王妃殿下から婚約破棄の許可が降りないと判断したのだろう。
王妃様が私をかなり引き立てて下さっているというのは有名な話だ。
・二人の障害の私という存在
・親の反対
(……障害のある恋は燃えるって聞いたことがあるわ。やっぱりそれが二人の仲を深めたのね……)
二人は、ずっと二人でどうやったら結婚できるのかを考えたはずだ。
ずっと二人だけで……
そして二人は考えついた。
まず、私を大切なアルバート殿下の生誕祭に遅れるように仕向けて、国王陛下と王妃様を落胆させた。
その後、落胆していた二人には内密に、強引に皆の前で私に婚約破棄を言い渡す。
しかも、『女神の雫』を持ち出し皆に正当な相手だと印象付ける。
そこまでがアルバート殿下とツェツィーリア二人の作戦。
そして、殿下を誹謗中傷から守り、婚約破棄を正当化するためにツェツィーリアが独断で、女神の雫を利用して、私を罪人に仕立て上げたのだろう。もし私が女神の雫を盗むような罪人なら、周囲も私を選ばなくても納得するだろう。
(はぁ、やはり私は二人には関わらず、罪人にだけはならないように細心の注意をして、婚約破棄を受け入れるしか方法はなさそうね……)
小さく息を吐いた後に、ふと机に飾ってあった殿下から頂いたガラスの置物が目に入った。
これをくれたのは、殿下と婚約したばかりの頃だった。
『町に行ったら綺麗な置物を見つけた、その、ビアンカに……いらないか?』
そう言って笑いながら手渡してくれた。
『嬉しいです、ありがとうございます。アルバート殿下』
私も嬉しくて笑顔で受け取った。
あの頃は、会う度に少し照れたようなアルバート殿下の笑顔が見れた。
それが見られなくなったのはいつだろう?
私にとって、殿下と一緒にいるのは当たり前なので覚えていない。
「十四歳から一緒にいるのにな……」
私も殿下も今年で十八歳になる。
つまり四年は婚約者として一緒に過ごしているのだ。
そして私は、行儀が悪いと思いながらテーブルに頬を付けて呟いた。
「一言、相談してくれても……」
そこまで言って私は口を閉じた。
今日の時点で、殿下にとって私はすでに彼の人生に――必要ない人間と判断されたのだ。
そんな人間に相談なんてするはずがない。
私はこれまでの殿下の不快そうな顔や、イヤそうな顔を思い出した。
(殿下のためと思っていたけれど……疎ましい相手から何を言われても通じるはずがなかったのね)
そして私は再び日記を見た。
(今日、心が通じ合ったのなら二人は、もっと前から隠れて会っていたということよね? ……でも全く気付かなかった)
これまでも、これから生誕祭までも、あの学園で二人で会っていて、噂一つ立てずに秘密裏に事を進めることができた二人は見事としか言いようがない。
学園も王宮も街中だって、人の目があるのだ。
しかも生誕祭まで陛下や王妃殿下、さらにあの心配性の側近にまでバレなかったのだ。
きっと今回も上手くやるのだろう……
「応援はしなけど……邪魔もしないわ……私も早く婚約破棄をしたい……」
そして私はその日、アルバート殿下の婚約者であることから精神的に卒業したのだった。
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